彼の日常
――次に目を開ける。するとそこには、ひどく見慣れた模様のついた天井が見えた。
「あれ?」
気付けば横になっている。俺はなんとなく起き上がり、周囲を見回す。
そこは、自室だった。見慣れたベッドで眠り、見慣れた勉強机。クローゼットに、窓からは朝日が差し込んでいる。
「あれ……?」
もう一度、俺は呟く。さっきまで、俺は確か――
「……何を、していたんだっけ?」
呟いて、バカかと自分にツッコミを入れた。何をしていたかって、当然寝ていたんだろう。
枕の横に置いてある目覚まし時計を見る。七時ジャスト。起床時間は七時十分なので、今日は少しばかり早いことになる。
「……このまま起きるか」
俺は息をついてベッドから下りる。そして着替えを始め、青のブレザーに袖を通す。
そこで、俺は妙に懐かしい気分になった。
「……何だ?」
眉をひそめてみるが、原因がまったくわからず俺は戸惑うしかない。けれど、懐かしいという感覚は消えない。
少し心当たりを探ってみるが、わからない。俺はひとまず棚上げしておくことにして、椅子に置いてある鞄を手に取り部屋を出ようとする。
そこで、俺は視界に入れた――壁に立てかけてある物。
一本の、長剣。
「……ん?」
首を傾げる。けれど俺の頭はリビングに行くことを優先としていたため、それを目で流し部屋を出た。
こんなにも早く起きてどうしたの――と、母親に言われて俺は少しばかり不機嫌になる。起床時間的には十分しか違わないのだが、大層な言いようだ。
けれど反論すると母が色々言うかなと思ったので、黙って出されたご飯と味噌汁の朝食を口に入れることにする。
味噌汁を一口。そこでまた、先ほど生じた懐かしい気分に襲われた。
そんなことを思っている間に、父親も下りてくる。俺の存在を見て驚き……失礼だと一言だけ告げた後、食事を再開。不可解な気持ちは抜けなかったが、それでも何も問題なく食事を終え、支度を済ませ家を出た。
登校は駅まで徒歩で移動した後電車に乗る。駅へ近づくにつれ人も多くなる。俺と同じように学校へ登校する人間も見られ――ふと、また懐かしい気持ちを抱いた。
一体これはなんなのだろうか……俺の疑問を他所に足は駅へ向け歩き続ける。
「懐かしい……?」
口に出してみる。違和感の正体を探ることはできなかったが、それでも一つ、頭の中に浮かび上がる言葉があった。
――勇者、そして英雄。
「ゲームのやり過ぎか?」
首を捻るが、そもそも最近ゲームをした記憶もない。他には漫画とか、アニメとかそういう所に出てくる単語かと思ったが、それもずいぶんと見ていないような気がする。
見ていない、というのはそれだけ学校が忙しかったということか? いや、俺としてはそんな記憶もないが――
「……考えても仕方がないか」
これについてはまた後でじっくりと調べることにして、駅に到着。電車に乗り、学校最寄りの駅まで辿り着いた。
そこからいつものように学校まで……その時、俺はさらに思った。こうして歩くこと自体が、ずいぶん前のことのように思えた。
「一体、これは……」
俺はわけもわからず呟く。時折友人に声を掛けられるが……それもまたずいぶんと懐かしい気がする。
意味がわからない中で学校に到着し、教室へ。自分の席に座り授業を待っている間、俺はクラス内を見回す。
やはり、朝から感じている気持ちが生じる。
首を傾げている間に、チャイムが鳴り担任が教室へと入ってくる。気持ちは変わらないままだったが、俺はひとまずホームルームに耳を傾けるべく、意識を集中し始めた。
そこから――授業を受けるごとに変な感情が蘇ってくる。とはいえそれを我慢さえすればいつもの日常であることに変わりはなく……日常?
クラスメイトと机を囲んで弁当を食べていた時、俺はふと箸を止めた。
「蓮、どうした?」
男子のクラスメイトが問い掛ける。俺は適当に誤魔化しつつ、唐揚げを口に入れた。
日常……そう、これは紛れもなく俺にとって日常のはずだった。朝欠伸をしながら起床し、朝食を食べて学校へ。退屈な授業を受け、放課後になると時折友人と共にゲーセンで遊び……帰宅して、夕食の後風呂に入って、適当にゲームでもして眠る。
それが、俺にとっていつもの日常のはずだった。けれど、心がそれは違うと呼び掛けているような気がした。
午後に入り、また授業が始まる。現国で昼一の授業ということもあり寝ている人も多い。教師はそれをさして気に留めていないのか淡々と授業を進めている。
普段なら俺も眠るはずだった。けれど今日は、頭の中をグルグルと回して必死に考える。
何か……これが本当に日常なのか。俺はまとまらない頭の中で必死に考える。そこで思い浮かんだのは、そう……中世のような、ヨーロッパ的な街並みが一望できる場所。
俺はそんな所に行ったことはない……とすると、この記憶は何なのか?
次に頭の中に浮かび上がったのは、どこか……建物の中で誰かと睨みあっている光景。そこから夜の宴や大きな屋敷に訪問するなど……色々な記憶が断片的に出てくる。
けれど、俺にとってそれは記憶にないことのはずだった。
「……これは、一体何だ?」
断片でしかないそうした情報を繋ぎ合わせようとするが、それがどうにもならないのは俺も半ば理解できていた。
解決できない難題を抱え、俺は小さく息をつく。気付けば授業も終わり、放課後の時間を迎えていた。
「今日は……ずいぶんと時が経つのが早いな」
そんなことを呟きつつ俺は席を立ち、学校を出る。今日は友人と遊びに行くこともなく、帰宅部である俺はそのまま帰った。
無言で歩を進め駅に到着した時、さらに情報をかき集めようとする……この記憶は一体何なのだろうか?
朝から感じている感情の原因を探るため、俺はさらに考える。そうした中でまた思い出した……誰かと剣を交わす光景。
それは森の中であったり、城の中であったり……果ては雨の中、夜、古代ローマ時代の闘技場みたいな場所……色々と考える内に、俺は右手を見た。
そんな剣など握った事もないような手のひら。やっぱりこれは俺の妄想か何かなのかと考えた、その時だった。
「……剣?」
一つだけ、明確な違和感があった。剣――確か俺の部屋に、剣が置いてあったはず。
「剣って……あれ、どこかで買ったのか?」
レプリカであれば納得できるのだが、そもそもああした物を購入した記憶なんてものも一切存在しない。
となれば、あの剣はどこで手に入れたのだろうか。
少しずつ、疑問が膨らんでいく。一目見た限りでは本物のようにも見えた部屋の剣。あれを手に取れば、何か変わるかもしれない。
「剣……」
電車が来る寸前、俺は一つ呟いてもう一度右手を見る。そこには先ほどと同様に綺麗な手のひら。けれども、俺は部屋にあるような剣を握っていた……そんな気がしてくる。
電車が到着する。逸るような気持ちと共に俺は電車に乗り、家に帰りたいという衝動が湧き上がる。
あの剣に触れることによって、一体何があるのか――疑問は尽きなかったが、一つだけ確信していることがあった。
朝から抱いていた感情――あれを、何かしら打破できるものだと。