力を持つ者
「魔王の城内部については詳細がわからない以上、どう動くかなどの指示は意味がないでしょう」
まずフロディアはそう切り出した。彼の言う通り、現状ではわかっていることが少ないので、場当たり的な対処しかできないのは事実。
「本来ならば魔王城をそのまま魔界に戻すことが一番被害の少ない方法なわけですが、それは私達にはできない……となれば、やることは一つしかない。すなわち、魔王の討伐」
この場にいる者達に再度認識させるようにフロディアは言い――全員沈黙する中で、彼はさらに続ける。
「ここには選抜試験に参加してもらった方も多くいます……魔王の存在を見たことがある人も多いでしょう。その過程で一つ、情報を得ることができました。それは英雄アレスが使用していた魔王を滅する力……あれを現魔王は警戒していた。おそらく、それが通用すると思われます」
フロディアが語った瞬間、騎士や戦士の中で俺へと視線を投げかける者がいた。統一闘技大会のこともあるので、面が割れているのだろう。
「それがブラフであるという可能性もゼロではない……ですが、もし通用しなかった場合のことも考えすぐにフォローを入れることのできる態勢を整えておけばいいと私は考えます。よって、ひとまず先代魔王を滅した力を現魔王に当て倒す、というのが最終目的だと考えてください」
フロディアはそこまで話すと、まず俺を見た後さらに視線を変える。
「……魔王を滅する力を完全に習得しているのは現在の所三人。その内誰かを、魔王の下まで到達させます」
――聖剣護衛以後、俺が持つ魔王を滅する力もフロディア達によって解析が行われた。わかったことは習得に多大な訓練が必要で、なおかつ壁を超える技術とは大きく異なるものであること。よって熟練の戦士であっても時間が必要だった……結果として、今に至るまでに修得したのは俺以外では二人というわけだ。
「その三人について今から名を呼びます。全員顔を記憶し、三人をフォローできるよう心構えをしておいてください」
語ったフロディアはまず、俺へと目を向ける。
「まずは、英雄アレスの後継者である、勇者レン」
「……はい」
視線が集まる。少しばかり緊張したが、誰も声を発さないままフロディアが次に名を呼ぶ。
「次に、戦士ルルーナ」
「ああ」
手を上げた彼女――フロディアの隣にいた。そちらにも視線が集まり――彼女はなんだか不服そうな面持ちとなった。
ここにいる全員から見下ろされているような視線を受けているのだろう。低身長がコンプレックスの彼女は、あまり面白くないというわけだ。
「最後に――騎士、イーヴァ」
そして最後に呼ばれた相手は――パッと見俺よりも身長がある年配の騎士だった。
鎧を見るとルファイズ王国の騎士であるとわかる。髪は一瞬白髪に見えたのだが、よく見れば銀色。とはいえ顔にある皺の数を考えると、その髪の中には白が混じっているのかもしれない。
年齢的に、先の戦争にも加わっていそうな人物……俺が視線を送る間に、フロディアがなおも話す。
「この三人の顔を他の方々は憶えるように……一番理想的な形はこの三人が全員魔王の下へ辿り着く事。それはまさしく、私達が勝利する可能性が一番高い状況です」
騎士や傭兵の何人かが頷く。この三人をメインにして魔王の城を攻略することになりそうだ。
「では、城に入るまでの手順を確認します」
続いてフロディアは突入までの話を始める。
「結界については解析の結果、一時的に穴を作り出すことが可能であると判明しました。ただあの結界自体大気中の魔力を利用し構築しているため、広げられる時間はそれほど長くありません。おそらくこの場にいる面々が中に入るくらいで閉じてしまうでしょう」
そこでフロディアは自身の胸に手を当てる。
「私は結界外から皆様を援護します……というより、外側からではないと結界に穴を作ることができない可能性もありますから、私は退路を確保するという役目とさせていただきます」
これについては異論もないため俺は黙る。他の人々も同じようだった。
「皆様には作戦決行時、先ほど名を呼んだ三名の方々を護衛しながら突入して頂きます。結界の中については今の所変化はありませんが、入り込んだ瞬間どうなるかも未知数です。よって、突入直後から最大限の警戒をお願いします」
フロディアの言葉に、俺の横にいるリミナが頷くのが見えた。そして視線を俺に――
「そこから魔王の城へ……そこからは、臨機応変に対応するようお願いします。重要なのは先ほどのお三方を護衛すること……城内でバラバラになるようなケースもあるでしょう。そうした場合、まずはお三方を見つけ出すところから始めてください。もし単独で魔王の下へ進んだとしても……勝てないでしょうから」
フロディアはそこまで語った後、話をまとめるべく最後に告げた。
「これで、私から説明は終わりです。解散し、何か疑問があるならば私に直接尋ねるようお願いいたします。それと、作戦決行まではこの拠点から出ないようにだけお願いします――」
テントを出た俺達はひとまずどうするか相談し……自由行動とした。さすがにこんな場所ではリラックスもできないだろうが、時間までしたいようにさせた方がいいだろうという判断だった。
「勇者様」
仲間達が離れていく中で、リミナが横に来て告げる。
「その、必ずお守りしますから」
「ありがとう……しかし、ずいぶんな大役だな」
「作戦重要性から考えれば、貴殿が一番重要だろう」
ルルーナの声が背後から。振り返ると、腕を組む彼女がいた。
「私やイーヴァについては貴殿の技法を解析したものを習得している……直接英雄アレスから教わった貴殿と比べれば劣っている可能性も十分ある。だからこそ、突入後は命を大切にしてくれ」
「はい」
――俺は、他の面々と立場が違う。俺は魔王と戦うまで絶対死なないようしなければならない。それはルルーナや騎士イーヴァも同様。しかし他の面々は、俺達を護衛し、いざとなれば俺達を守って――
「そう深く考えるな」
ルルーナが言う。俺の考えたことを読むような口ぶり。
「これから戦う相手は魔王……当然、犠牲がゼロで済むはずがない。それについては貴殿も思う所はあるだろうが、あの場にいた者は全員、それを覚悟の上でいたんだ。だからこそ、前だけを見るべきだ」
「……はい」
共に戦う人々の覚悟を背負い、戦えとルルーナは語りたいのだと思い……俺は、頷いた。
その時、テントからイーヴァの姿が。こちらと目が合い、彼は近づき右手を差し出す。
「私は闘技大会で観戦していた身だが、こうして話すのは初めてだな……ルファイズ王国、騎士イーヴァだ」
「……よろしくお願いします」
握手を交わす。すると今度はルルーナが彼へ向け口を開いた。
「しかし、イーヴァ殿。まさか魔王を滅する技術を習得するとは思いませんでしたよ」
「私はああいう技術が得意だったからだろう。とはいえ私自身は他の騎士や戦士に教えるつもりで習得したのだが……結局、こうして最前線に立つことになった」
「大丈夫なのですか?」
「そう心配しなくてもいい……幼い孫がいるくらいの齢だが、それでも君ら以上に動ける自信はあるぞ」
彼は優しげな笑みを浮かべる――風格だけを見れば、俺の方が相当みずぼらしく思えてしまうくらいの人物だった。
「さて……作戦まではまだある。この辺りで少し、魔王を滅する力を持つ者同士少し話をしておこうか」
そしてイーヴァは提案する……俺とルルーナは同時に頷き、承諾の意を示した。