魔王との戦争
「変わった方が同行しているね」
ナーゲンが先に口を開く。俺はそれに首肯し、
「えっと……まず確認ですが、準備はしなくていいんですか?」
「まだ私の出番はないよ。フロディアに裏方を任せ、私はギリギリまで体を休めろと言われているし」
「そうですか……で、今日もここに?」
「ここに毎日来る人もいるから様子を見に。私も少し気が高ぶっているから、落ち着かせようとここにいるわけだ」
訓練場で座り込み、弟子達の訓練を眺める……それが、ナーゲンにとって落ち着く手段というわけだ。
俺は納得すると共に、本題を切り出す。
「今日来たのは、魔王との戦争について色々尋ねたくて」
「……横にいる魔族の方に訊けばいいんじゃないのかい?」
「いえ、どうもジュリウスは人間側から見た情報が欲しいそうで」
『そもそも、先の戦争についてはあまり荷担もしていないからな』
ジュリウスが口を開く……それってつまり、あまり知らないということか。
「そうか……けど、どうして今?」
そこで俺はティルデの夢について話をする。次いで魔王との戦争が何かしら鍵になるのではということに言及すると、
「そうか……わかった。私は要人と色々会っているし、おそらくあの戦争に関する情報は詳しい部類に入ると思うよ」
「なら――」
「では客室に場所を移そう」
ナーゲンは立ち上がり、先導するように訓練場を後にする。俺達はそれに追随し、何度か利用した客室へと入った。
向かい合ったソファに、俺達三人は並んで座る。反対側にナーゲンが座ると、すぐに話し出した。
「さて……まずはどの辺りから話すべきか」
「魔王が戦争を行った理由なんかはわからないと思いますが……どんな風に戦いが始まったかはわかりますか?」
「ん、ああ。それなら……とはいっても、魔王がこの世界に出現した場所というのは完全に解明できているわけじゃない。魔王が降臨したという事実が伝播した時点で、魔族は軍となって大陸を蹂躙し始めていたから」
よっぽど唐突な戦争だったようだ……驚く間に、ナーゲンはジュリウスに問い掛ける。
「そっちは魔王の侵攻した経過などはわからないのか?」
『私は戦争に関わっていたわけではないからな。それに、そうして関わった幹部はあの戦争でほぼ潰えている』
「そっちもあの戦争により痛手をこうむったわけか」
『魔王を中心とする勢力は、だな。元来魔族は個人主義であるため、興味の無い者だって多くいる。私はあの時ロクに情報を探ろうとしなかった……だが、魔王が倒されたという事実を聞き、色々とこちらの世界について調べようと考えた』
「警戒した、ということか?」
俺の問い掛けに、ジュリウスは『そうだ』と応じる。
「戦争直後、そのまま魔族を滅しに来るのではと噂がにわかに広がったくらいだ。こちらの世界で戦争の爪痕を見ればそんなこと微塵も思いはしなかっただろうし、実際調べ始めてすぐに私はそうした可能性を捨てたが……ともかく、警戒に値することだったというわけだ」
そこまで言うとジュリウスは一拍置き、
『というわけで、悪いが私は何も知らない』
「わかった……では、私が知り得る限りであるけれど、最初から説明しよう。まず魔王が出現した場所だ」
前置きして、ナーゲンは説明を始めた。
「魔王は大軍率い人間達に対し宣戦布告を行ったんだが……その前にとある国に攻撃を仕掛け、滅ぼした。大陸南西部……とある小国の首都だった」
「小国……?」
「魔王がなぜその国を最初に狙ったのかは不明……だが、その国が最初のターゲットとなり、すぐに滅んだ事実は紛れもない」
『そこの調査は行ったのか?』
ジュリウスが問い掛ける。ナーゲンは口元に手を当て、
「魔王の正体について調べようとした学者の調査によると……首都や複数の街が滅されていたらしい。中には小さな村まで……無論全部が全部というわけではないが、その小国の被害はかなりのものがあったし、現在も人が住まなくなった地域も多い」
「まだ戦争の爪痕が残っているというわけですね」
リミナの言葉に、ナーゲンは頷く。
「そういうことになるね……と、ここで私からジュリウスに質問が」
『何だ?』
「魔王の正体についてだが――」
『魔王自身、何代も表立って姿を現していなかったといのが実状だからな……現在のアルーゼンが逆に目立っているくらいだ』
「それには、何か意味があるのかい?」
『人間は、正体がわかっている存在よりもわかっていない存在の方が恐怖の度合いなどが増すだろう? それと同様で、個人主義の魔族達をある程度統率するには、表に立つよりベールに包まれていた方が畏怖を与えやすいというわけだ』
ジュリウスの言葉にナーゲンは「なるほど」と答えた。しかし、
「魔王アルーゼンは違うようだね?」
『彼女の場合は、力を誇示することで権威を見せようとしているのだろう。先の戦争で魔族側も大きく傷ついた。それをどうにかするために、あえて姿を見せ力を示すことによって独立性を保っていた魔族達をも取り込み、勢力を拡大させているというわけだ』
「彼女の方が例外だということで間違いないかい?」
『そうだな……魔王が実際に姿を現さなくなったのは、慣習的な意味合いも強いだろう。ずいぶんと前にそのような措置を取って以後、継続的に続けられてきた。それをアルーゼンは破ったことになる』
彼の口が止まる。話からすると、先の戦争を引き起こした魔王他、その前の魔王などは魔族すら顔を知らないケースもあったということなのだろう。
「わかった……話を戻そう。そうして第一の標的となった小国以降、周辺の国々に魔王は侵攻を開始した。魔物や悪魔を率い、絶対的な力により瞬く間に大陸を蹂躙し始めた……当時は大陸の中で人間同士の戦争などもほとんど生じていなかったため、軍備を整えている国も少なかった。そこへ力を持った存在が襲い掛かったのだから、ひとたまりもなかった」
「多くの人が、亡くなられたのでしょうね……」
リミナが俯き呟く。それを聞いたナーゲンは小さく頷いた。その所作は一瞬であったが、表情はひどく重い。その時の光景を思い出しているのかもしれない。
「さて……そうしてひたすら国々を襲い、また拠点となる現在で言う所の魔族の遺跡などを建造し……着々と大陸を支配していった。ここで登場したのがルファイズ王国を始めとした広い領土と、確固たる軍隊を持った国家。次いで、魔族に対抗することのできる武具を持った、言わば英雄などと言われる存在だった」
「ナーゲンさんや、フロディアさん達ですか」
俺が言うと彼は「そう」と短く答える。
「そして魔王も順調だった進撃を止めざるを得なかった」
「反撃開始ということですか?」
「ようやくこちらが態勢を整えた、といった方が正確かもしれない……実際、ルファイズ王国を始め、大国でも魔王は最初止められなかった。人間側も連合して戦ったのだけれど……大国の内一つは、魔王に押し切られて滅亡してしまったからね」
「滅亡、ですか」
「ああ。そうした結果、残っていた王族や諸侯などが領土を分割して再建した……アーガスト王国についても、その一つだ」
「あ、そうなんですか」
「実際、ジェクン山に大規模な軍事拠点があっただろう? あれは滅亡させた大国に攻め入るための大きな拠点の一つだったんだ」
だから、あの場所に……これは勉強になったと感じた。