顕現後の状況
「まず、ベルファトラスの段取りから説明するわ」
俺達が着席した途端、ロサナは話し始めた。同時に少し髪がボサボサだったのを見て取り、疲労が溜まっているなと直感する。
「まず転移魔法を組み替えて、この場所にいる戦力をすぐに魔王城へ投入できるよう態勢を整える……それが明日には完了する。ちなみに魔王はまだ動いていない。結界もまだ破壊されていないわ」
「魔王側は、何一つ動いていないと?」
俺が問うと、彼女は首を左右に振る。
「もちろん、それだけではない……南部の塔にいた魔族が減ったわ。まあ、魔王城を守るため当然と言えば当然だけど」
「しかし、魔王城周辺で動きは無しと……」
「そういうことね。これはもしかするとシュウが何か策を施した可能性もある。彼の目的は私達に魔王を倒して欲しい……負けてしまっては元も子もないから、何かしら対処されていると」
「ジュリウスの意見はどうなんだ?」
グレンが質問。あ、そういえばターナはまだここにいたんだったか。
「先ほど確認したら、あっちはあっちで情報を集めているらしいわ。混乱しているようね」
肩をすくめて答えるロサナ。続いて、セシルが発言した。
「相手の計略に助けられているけど……そもそも奴らがこんな真似をしなければ何事もなかったんだから、礼を言う必要はなさそうだね」
彼の言葉にロサナは同調するのか「そうね」と答え、なおかつ憮然とした表情を見せる。
「今はフロディアが結界の解析をしているところ。ナーゲン他英雄や現世代の戦士達は既に動き出している……ただし」
と、彼女は俺達を一瞥し続ける。
「もちろんシュウ達の動向を調べるのも忘れてはいけない……回せる人が必然的に少なくなってしまうけど……こっちもどうにか対処する」
「といっても、潜伏先なんかもわからない以上、難しいのでは?」
リミナが質問すると、ロサナは「まあね」と同意しを示しつつ、
「シュウ達としては、魔王側も警戒する以上無闇に行動しないと思うわ……希望的観測だけど」
「来るとすれば、魔王を倒した後というわけですね」
「そう。さすがに魔王の城に踏み込むなんて真似はしないと思うし、私達もそれをさせるつもりはないけどね……シュウ達の目的は、魔王城かもしれないし」
「その城主になるってところか……」
セシルは呟きロサナの言及について吟味し始める。
俺もまたそれに倣い考えてみるが……そもそも城主になって何をするのかがわからないので、これ以上考えようがなかった。
「方針はひとまずこんな感じだけど……明日には現地へ向かえるように準備はしておいて」
ロサナがそう締めて話し合いが終わる。となると、魔王との戦争について情報を集められるのは今日しかないな。
さて、どうするか……といっても、最初に尋ねる相手は決まっているんだが。
「ロサナさん」
皆が席を離れていく中で俺は彼女へ呼び掛ける。
「魔王との戦争の時の話について、少しばかり教えて欲しいんですけど」
「あら、どうしたの急に」
ロサナが興味深く問い掛けるので、俺は夢のことを話し、
「……というわけで、鍵は戦争にあるのではないかと」
「魔王との戦争か……うーん、そうね。けど、おそらくあの戦争について語れる人はあまりいないと思うわ」
「それは……?」
「まず、なぜ魔王が戦争を仕掛けてきたのかという理由については、当の魔族達も理解できていないというのはターナやジュリウスから聞いているでしょう? だから私達もその点についてはわからない」
「はい」
「そして魔王との戦いの経過についてだけど……これも私はわからない。というのも私は戦争に途中参戦した人間だから。あまり思い出したくもなかったから、その辺りのこともロクに調べていないし」
「ロサナさんはいつ戦いに参加を?」
「後半始まったくらいじゃないかしら。ま、あの時は私も無我夢中で目の前の敵を倒すことに精一杯だったから、正直語れることは少ないわ」
そう語ったロサナは「ごめん」と言う。なるほど、事情を把握する人すら現状少ないというわけか。
「……何かしら戦争の経過について知っている人の候補とかは?」
「ナーゲンやフロディアじゃないかしら」
「でもフロディアさんは魔王城の近くですよね」
「ええ……それに、最後に魔王と戦ったメンバーは英雄アレス達だけだから、その辺りを訊くのは難しいと思うわよ?」
「わかっています……それと、ティルデさんについては――」
「あいにく私はわからない。けど、戦費を出資している人は結構いたから、そういう中の一人なのだと思うけど」
……うーん、彼女から有力な情報は得られそうもない。魔王については当然ながら、ティルデなどについても……けど、戦争については色々と知っておくべきなのは間違いないと思う。
「……ナーゲンさんなら、戦争の経過とか把握されているでしょうか?」
「かもしれないわね。彼はベルファトラスで要人と色々と会ってもいるから、情報を結構統合できる立場にいるんじゃないかしら」
「なら、ナーゲンさんに訊いてみます」
「その方がいいわ。力になれなくてごめんなさい」
「いえ、それでは今日しか時間も無さそうなので、行ってこようかと」
「ええ、どうぞ。まだ彼は闘技場にいると思うわ」
彼女の言葉に俺は頷き、食堂を出た。そこで、
「あれ?」
リミナが立っていた。
「あの、私もご一緒してよろしいですか?」
「構わないけど……どうした?」
「すいません、立ち聞きしていて……直接戦争に関わった人の話が聞きたいと思い」
「俺は構わないけど……それじゃあ行くか」
「はい」
というわけで、俺とリミナの二人で闘技場へ――
『待った』
と、さらに声が掛かった。視線を転じると背後にターナが立っていた。衣服は前と同じローブだが、今日は白い物を着ていて、緑色の髪がなんだか映える。
ただ、先ほど声を出したのは彼女ではなく、彼女が身に着けているペンダントから発せられるジュリウスの声だ。
『私達も連れて行ってもらえないか?』
「……なんのために?」
『戦争に関することで、というので少し気になった。人間側からの情報というのも欲しいからな』
「それよりも先に、今の状況について調べて欲しいんだけど」
『こちらはこちらでやっている。とはいえ、今言えることはそちらの世界に魔王城が出現し、こっちも慌てふためいていることくらいだな』
「……どうせ断ってもついてくるんだろう?」
『ああ』
「なら、許可云々なんて意味ないじゃないか……どうぞ」
と、いうわけで俺とリミナとターナ(とジュリウス)で闘技場へ向かうことに。奇妙な組み合わせ……というか、ターナがいるだけで不思議な気分になるのだが。
念の為ロサナにターナを同行させるよう伝えてから、俺達は屋敷を出る。ターナについては初期の頃はずいぶんと警戒していたし、フランクに話すようになって以後も注意していたのだが、今はそれどころじゃないというのもあって放任されている感じかもしれない……大丈夫だとは思うが、少しくらいは注意しておいてもいいだろう。
『楽しみだな』
ジュリウスが言う。それは一体どういう意味なのだろうと心の中で首を傾げつつ……俺達は、闘技場へと進み続ける。途中幾度か声を掛けられるなどしつつ到着し、受付でナーゲンがいるかの確認。
まだいるとの事だったので、俺達は闘技場の中へ。訓練場だと推察しそちらへ向かうと――いた。
彼は彼で俺達のことに気付き、手を振る。周囲に訓練している人はいるが非常に少数。そんな中俺達は無言で彼へと近づいた。