表層に現れた懸念
俺とクラリスは王子の部屋へ赴く。そこにはエンスの他、ラウニイと伏せ目がちのリミナがいた。
最初、そんなリミナに視線を向けてしまう。けれど彼女はこちらを一瞥しただけで、大した反応を見せなかった。
「どうしましたか?」
王子が問う。俺は彼に目をやり、事情を説明する。黒衣の戦士との遭遇と、その戦いの結末――
話し終えた時、最初に声を上げたのは机越しにいるフェディウス王子だった。
「大丈夫、ですか?」
「はい」
俺は端的に答え、彼に口を開く。
「それで……正直な感想としては、捕縛などは非常に難しい」
「わかりました」
王子は明瞭に答える。
勇者レンとしての立場を考えれば……失望してもおかしくない状況。しかし王子は俺を非難する声は一切発しない。
「ルファーツの状況次第で、対応を考えましょう」
王子は言うと、俺と目を合わせる。
「ひとまず怪我はないようなので、申し訳ありませんが引き続き警備をお願いします」
「わかりました」
「そしてルファーツが戻り、進展した場合再度お呼びいたします」
「……彼は、何を?」
訊くと、王子は「今は、まだ」とだけ答えた。俺も無理には訊かず、警備の件を承諾する。
「わかりました。では警備に戻ります」
「お願いします」
王子は頭を下げる。俺もまた小さく礼をした後、部屋を出た。
「さて、引き続き警戒ね」
廊下に出た瞬間、クラリスが声を発する。俺は小さく頷き、
「まず二階からだな」
言って、歩き始めた。王子の部屋に戻る前に兵士と出会い「次は二階を」という指示を受けていたからだ。
「でも、二階から侵入なんてあり得るのか?」
俺は呟きつつ――魔法を使えば可能なんだろうと思い至る。
「浮遊系の魔法を使えばできるよ」
裏付けるようにクラリスが発言。ならば油断はできない。
まずは王子の部屋のある先を進む。廊下は一階同様照明があるため、移動に不敏は無い。
「……ねえ」
その最中、ふいにクラリスが発言する。
「さっきのリミナの態度だけど……」
そこに食いついたか。俺はすぐさま困った顔をして、クラリスに返答した。
「……明らかに動揺を押し隠している様子だったな」
「レンにも理解できたようね」
「まあ、な」
目を伏せ、何かに耐えるように立つリミナを見て直感した。本当は話せればよかったのだが、状況的にそうすることもできず。
答えを出せないまま無言になると、クラリスが問う。
「あれ、どうしようか」
「どうしようか、とは?」
「私はリミナと古馴染みだから性格大体知っているけど……リミナはちょっとばかり思い込みの強い所があるから、一度疑うとそうと決めに掛かっちゃうのよね」
言いつつクラリスは、腕を組みながら続ける。
「だから今回の件も、あれは冗談だと言っても絶対耳に入れないと思うのよ。というより、疑っていた事実そのものが眼前に現れたわけで……確定だと結論付けているはず」
「う……となると、どうすれば?」
「何かきっかけがあればいいけど……どうするかな」
話している間に、俺達は廊下の角を曲がる。一階と構造が同じらしく、直線的に廊下が続いている。
奥に目を凝らすと、兵士が一人いた。彼は歩く俺達に気付いたか、首を向け小さく手を振る。
「お疲れ様です」
接近すると兵士が呼び掛けた。俺はそれに応じつつ、彼に喋り始める。
「他の兵士の方から、二階を回って欲しいと言われまして」
「そうですか。二階はどうしても手薄にならざるを得ないので、有難いです」
彼はニコリとしながら俺に言う。
「私は部屋に異常がないか調べるので、巡回をお願いします」
「わかりました」
俺は頷き、兵士を越え進み続ける。やがて辿り着いたのは、食堂上にあると思しき部屋に続く扉。
扉の上には『倉庫』と書かれた金属プレート。俺は黙ったままノブに手を掛ける。押すと、あっさり開いた。
反射的に剣の柄に手をかけつつ、中を窺う。
室内は雑貨など使われていない物がたくさん並んでいたが、基本壁際に置かれ廊下から部屋を一望できる。
さらに照明が灯され、埃がほとんどないことも確認。定期的に掃除しているらしく、存外綺麗。
「いないみたいね」
呟くクラリス。胸中同意し、柄から手を離し扉を閉める。
「じゃあ反対側だな」
俺は呟き移動を再開。部屋を調べる兵士の横を抜け、元来た道を戻る。
「しかし、今日は眠れるのか……?」
そこでふと、この状況を勘案し疑問を抱く。
「一晩中、こういうことをやる必要があるよな?」
「そうね」
クラリスはあっさりと同意。彼女を見るとピンピンしており、徹夜も辞さないという態度。
「一日くらいどうってことないでしょ」
「いや……眠らないと辛いだろ?」
「いざとなれば魔力で無理矢理体を活性化するのもありだし」
そういう風にも使えるのか――角を曲がりつつ俺はクラリスに詳細を尋ねようとした。だが、
「あ……」
彼女が声を上げ、俺は口を閉ざす。
「ちょっと変わった展開ね」
正面を見ながら話すクラリス。視線を前にやると、王子の部屋前に――
「……リミナ?」
先ほどまで色々と懸念していたリミナが立っていた。
「お疲れ様です」
近寄ると彼女はまず一言。声がずいぶん硬い。
「交替です」
そして彼女の言葉に――俺は目を見張った。
「交替……?」
「はい」
はっきり頷くリミナ。俺とクラリスは一度顔を合わせ、
「何かあったの?」
クラリスが問う。するとリミナは俺達の態度に僅かながら目を細め、
「……王子から許可は得ました」
とだけ告げた。
もしかして、交替するようにリミナが王子に進言したのだろうか。俺とクラリスは再度顔を見合わせ、どうしようか思案する。
無論、これはリミナと警備をやるのが嫌というわけではなく――先の事情に基づいた行動のはずなので、どう応じた方が良いのか答えを出しあぐねているのだ。
「……リミナ、一度王子に会わせてもらっていい?」
そこでクラリスは改めてリミナに向き直り、提案する。
「念の為、事情を訊かないと」
「……わかりました」
渋々といった雰囲気で応じる。
俺は彼女の態度に一抹の不安を覚えつつ、再度王子のいる部屋に入った。