顕現と願望
俺達は一度アーガスト王国首都へ戻り……宿で一泊した後、ロサナから報告を受けた。
「南部……アーガスト王国と南にあるイグラス王国との国境付近に、突如漆黒の城が出現したわ」
宿の一室で、俺達はその話を聞く。俺とセシルの二人部屋であるため仲間達合計五人が入るとさすがに手狭であるような気がする。その中で俺は窓側のベッドに座り込み話を聞く。
隣のベッドには俺と同様腰掛けているセシルの姿。加え、リミナとノディは二つある椅子を陣取り入口に視線を向ける。
そして扉の前には、ロサナ。彼女は腕を組み、憮然とした表情で俺達へ説明を行っている……彼女のことも考慮し宿を取っていたのが結局来ることは無かった。おそらく今の今まで情報を集めていたのだろう。
「シュウの魔法を考えれば、魔王の居城で間違いないでしょう……それと、もう一つ」
と、ロサナは斜に構え話を進める。
「魔王の城が出現した付近……そこには、結界が張ってあった」
「結界……ですか?」
リミナが問うと、ロサナは頭に手をやる。
「その場所に魔王の城が出現することを、シュウ達は事前に計算していたんでしょう……その結界によって現在、内外は遮断されている」
「それ、魔王は解けないの?」
セシルのもっともな疑問。相手は魔王なのだから当然、そのくらい弾けそうな気もするが。
「今の所不明だけど、あのシュウが簡単に解かれる結界を張るとも思えない……十中八九何か仕込んでいるはず……ここでシュウの言葉を思い出すわね」
ロサナの言葉に俺も反応。間違いなく、先代魔王と現魔王のことを語っている。
「現魔王アルーゼンは先代魔王に対し強い警戒をしている。滅んだ存在ではあるけれど……いや、だからこそシュウを警戒していると考えてもいい」
「あの遺跡で色々と魔法が使えたように、魔王を倒せなくとも対策は何かあるということですね」
リミナが言うと、ロサナは「そう」と応じた。
「ま、この辺りは詳しい調査もできないけれど……とにかく、異常があったら連絡が来るようにはなっている」
「それで、どうするんですか?」
俺が問うと、ロサナは渋い顔。
「……正直、こっちも戦える態勢にはなっていない。けど転移魔法をフル活用して、どうにか数日以内には戦う準備を整える」
「魔王との戦い、か……」
セシルがベッドに座り込み、俯きながら呟いた。
不安、というのとはたぶん違うだろう。とはいえ相手は魔王だ。色々考えるのも仕方がない。
「……レン君」
その時、ロサナから声が掛かる。何を言いたいのかは見当がついた。
「レン君には、魔王の城に踏み込んでもらうことになると思う……もちろん、私や現世代の戦士達も参戦する」
「はい……ですけど」
「もちろんシュウ達に対しても警戒しないといけない。連絡役となる後詰めなどは置く事にはなると思うけど……相手が相手である以上、総力戦となるのは間違いないわ」
それもそうか……ここでシュウのことを考える。彼は俺達に魔王を倒して欲しいと語っていた。それは自分達では魔王を始末できないから……その先には、果たして何がある?
疑問は尽きない……シュウからの言葉について仲間達にも話したが、ラキについて一番よく知っているのは俺なので、さして言及などはなかった。結局、俺がどうにか絞り出すしかない。
ただ今は、目先の問題を片付ける必要がある……しかしそれは最大の障害と言ってよいもの。魔族と戦う可能性は想定されていた。しかし魔王そのもの――なおかつ、こんな状況下で戦うような想定は無論していないため、戦う態勢は整えるにしても混乱は続くだろう。
しかし、手をこまねいては魔王から仕掛けられてしまう。それだけは避けなければならない。
「それとリュハン達別働隊だけど……一度ベルファトラスに戻り報告を行っているような状況。レン君達はいったんここで休んでもらったけど……態勢を整えるまでは、一度魔法で戻ってもらうことになる」
「大丈夫、でしょうか? たとえばこの都が魔族の襲撃を受けたりした場合……」
リミナが提言すると、ロサナは「確かに」と一度は同意を示したが、
「レン君達はバラバラの状態より、一度集まってもらった方がこっちとしてはありがたいのよ。どのように動かすにしても一ヶ所にいた方が楽だし……それに、あの場所なら色んな場所にも転移できるから、どこかで不測の事態が発生しても対応できる。加え、いざとなればフロディアが無理矢理にでも転移魔法を使うから大丈夫」
無茶だなと思いつつ……本部がベルファトラスにある以上、ロサナの言葉通り一度戻った方が良いかもしれないと思い。口を開く。
「わかりました。それならすぐに?」
「ええ、そうね。王子達には私から伝えておくわ」
「……魔王の城が現れた以上、気が気でないでしょうね」
「今はまだ情報が回っていないから問題が生じていないけど、事実が伝われば国は大混乱でしょうね……ただ、情報が拡散しないよう動いてはいるから、当面は大丈夫なはず」
その辺りはどうにか踏ん張ってもらうしかないな……ただ、魔族が襲い掛かって来たらと想像するとここにいた方がいいのではとも思えるが――
「それじゃあ一度戻って。見えない部分で疲労が溜まっていると思うから、一度ベルファトラスに戻ってしっかり休息すること」
ロサナの指示に、俺達は頷く――不安はあったが、一度戻ることになった。
帰りはアーガスト王国の魔法使いに見守られてベルファトラスへ。帰って来た闘技の都は出発前と変わらない様子を見せている。
「平和、だよね」
セシルが言う。当然ながら魔王の城が現れたなんて話、ここには来ていないだろう。
「けど、俺達がやられてしまえばこの平和も壊れる」
「……だね」
彼は俺の言葉に同調しつつ、歩き出す。今俺達がやることは静養することだが、それでも近日中に訪れるであろう戦いを前にして、複雑な感情を抱く。
果たして、ロサナ達はどう動くのか……そして、魔王は――
「ねえ、レン」
ふいにノディが話しかけてきた。俺はそれに反応し、
「どうした?」
「英雄シュウが語っていたことだけど……あれについて、この世界にいたレン本人に訊いてみてもいいんじゃないかな?」
「……ああ、確かに」
魔王の城に気がいって思い浮かばなかった……けど、
「でも、昨夜は夢を見ることも無かったし、なおかつ現れるのは向こうの一存だからな。こればっかりは俺が決められない」
「そっか……改めて、レンはその辺りどう考えているの?」
「うーん……」
首を捻る。言われて考えるが……ふと、俺は一つ思いついた。
「まあ言えることは、ラキがこうして魔の力と手を結んだきっかけは、エルザを殺す前からだと思う」
「直接的な理由はわからないんだよね?」
「まあ、そうだけど――」
と、そこまで言った時一つ考え付いた。
「ん? 何か思いついた?」
表情から察したらしく、ノディは俺に問う。
「まあな……というより、基本的なことを訊いていなかった」
「基本的?」
「考えてみれば、いくつか要因はあったんだ。初めてレンと会った時は、彼自身の経緯を訊く方を優先した結果だな」
「そっか……なら、頼むね」
「頼むって……」
「シュウが再度会うって言った以上、どこかで介入してくる可能性が高い」
ノディは言う……確かに、そうだ。
「けど、真相について何かを掴めたら、裏をかけるかもしれないじゃない」
「……そうだな」
同意し、俺はレンのことを考える……色々と再度質問するために、もう一度出てきてほしいと思った。