英雄からの――
魔法を妨害することはできないのか――などと思ったが、先に飛び掛かろうとしたセシルを、ロサナが制した。
「下手に介入すると魔法に巻き込まれて死ぬ恐れがある。それに、こちらが妨害しようとすれば、さすがに私達を殺しにかかるでしょう」
「だからって、ただ見ていろと?」
抗議を行うセシル。だがロサナの言葉は冷静そのもの。
「どう足掻いても私達が勝てない……なら私達はできることをするしかない」
ロサナは苦渋の声音……彼女だって、今回の件について不満は大いにあるはずだった。
「ルファーツさん、悪いけどフロディアに連絡を」
「はい」
そしてロサナはルファーツへ指示を送り――彼は、脱出用の転移魔法を起動していち早く遺跡を脱出した。
「さて、どうなるのかしらね……」
彼女が呟いた矢先、さらに魔力が生じる。石室へ目を移すとシュウを中心に渦を巻くように魔力が滞留し始めた。
「来ないのか?」
彼が問う。俺達を挑発するような言動ではあるのだが……ロサナは、肩をすくめた。
「できればここであんたを倒したいところだけどね」
「残念だったな」
声と共に、魔法が解放される。それと同時に遺跡に内在していた魔力が、どんどん石室へと集まり始めた。
「……魔界との扉が、開く」
リミナが槍を構えながら呟いた。直後、心臓を鷲掴みするような強烈な魔力が、俺達を襲った。
それは俺達を狙っているものでは決してない。しかし、触れているだけで体が本能的に危険だと感じられる大きな力……俺は剣を、無意識の内に強く握りしめる。
やがて――遺跡全体を軋ませるような音が生じ、石室に変化が訪れた。突如魔力が石室の中で脈動を始め、部屋全体が漆黒に染まり始める。
「……さすがに、退避した方がよさそうね」
ロサナは言うと、俺達へ指示を送る。
「全員、戻るわよ」
「シュウさんは、どうするんですか?」
俺が訊くと、彼女は首を左右に振る。
「……悔しいけど、ここで私達が何かをすることはできないわ。相手の計略通りにいくのは確かに不服だけれど……戻るしかない」
苦渋の選択だった。ロサナがそう言った以上、俺達にできることは、もうないだろう。
黒が廊下へと侵食してくる。本来は石室内で収まるのかもしれないが、壁が破壊されたことで外へ漏れ出ているのかもしれない。
「――退却しましょう」
漆黒を見てジオが言う。俺は「はい」と応じ、セシルも不服そうではあったが小さく頷いた。
騎士やリミナが先んじて転移魔法を使う。さらにノディやセシルも使い……俺もまた腕輪の魔法を発動させようとした。
その時、ふと視線を感じた。見ると、シュウが俺へと目を向けていた。
「闘技大会優勝、おめでとう」
「……どうも」
「そういえば、こちらの世界のレン君には会えたのかい?」
「ああ」
頷いた俺に、シュウはどこか嬉しそうに笑う。
「君にとっては目標が一つ、達成されたわけだ」
「……あんたは」
俺は、絞り出すように声を上げる。だがそれ以上続かない。
気付けば俺以外の面々は全員遺跡を後にしていた。一人俺は残り、シュウと対峙するような状況。
漆黒が侵食を続ける。あれに当たったらどうなるのかわからないが、触れるべきではないのは俺にもわかる。
「もし、次があるとすれば」
無言でいると、シュウが語り出す。
「次こそは、決戦の時……と、言いたいところだが、それよりも前にもう一度だけ会うことになるだろうな」
「……何?」
俺は訝しげな顔をして、シュウへ言う。
「なぜそんなことを唐突に言い出す?」
「話して困るようなものではないからな……それについて、一つだけ提言をしておこうと思ってね」
なぜそう言い切れるのかもわからないが……提言、だと?
「君達はまだ、こちらの目的が何なのかを理解できていないはずだ。闘技大会決勝で君がラキについて質問したように、情報は集まっているがまだ結論には至っていない」
「……ああ、確かに」
それについても悔しいが、認める他ない。
「目的がわからなければ先手を打つことはできない……が、私達としてもそうさせないために立ち回っているのは事実。悪いがそこは譲れない」
と、シュウは膨大な魔力をまとわせた中で肩をすくめる。
「だが奇妙な縁がある君に対し、一度だけ、チャンスをあげよう。次に出会った時、一度だけ、どんな質問にも答えるようにしておく」
「やけに……親切じゃないか」
「私としては、この遺跡を攻略してくれた君達に礼がしたいのだよ。何もわからないまま戦いに身を投じる姿を見て、少し不憫に思ったのも事実だし……それと」
シュウは俺に笑みを向け、
「同じ世界からこの異世界へ来訪し、私と共に戦うことを決断した……そこに、敬意を払いたい」
「……ずいぶんと買われている、と思うべきところなんだろうな」
皮肉っぽく呟くと、シュウは再度肩をすくめた。
「とはいえ、たった一つだけだ。例えばラキになぜ幼馴染を殺めたかを訊いたとして……理由を知る私としては、それで君達の謎が解明できるとは思えない。気になることは多々あるだろう。しかし、核心に迫る質問はひどく少ない……だからこそ、きちんと考えておくといい」
「……結局、あんたが面白いからそんなことをするのか」
なんとなく推測し俺は言う。対するシュウはまたも肩をすくめた。その表情は明らかに図星なのだと認識し……俺は、迫る漆黒を見据えた。
もう会話をする時間はほとんどないと言っていいだろう。俺は腕をかざし転移魔法を起動する。
「フロディア達によろしく伝えておいてくれ」
シュウは魔法を発動させた俺へと告げる……そして俺は一瞬だが浮遊感に包まれ、
気付けば、山の入口付近に立っていた。
「勇者様!」
背後からリミナの声。振り向くと、心配そうな顔をしたリミナがいた。
「良かった、戻って来られなかったので心配していたんです」
「ごめん……特に異常はないよ」
「シュウと話していたのかい?」
問い掛けたのはリミナと同様に近づいてきたセシル。俺は彼に対し首肯し、
「まあ、ちょっとした会話をね……詳細は後で話す」
「わかった……で、フロディアさんには報告済み。後はどうなるのか推移を見守っている所」
「今後どうするって?」
「正直、まだ判断できていない状況だよ。そもそも、シュウが魔法を使っているなんて地上からは感じ取れないようだし、どういった影響があるのか判断できない――」
彼が述べた直後、足元が僅かに揺れた感じがした。地震なのかと一瞬思ったが、今度は下からこみあげるような魔力。シュウの魔法による影響か。
「……結局、シュウ達が利する結果となってしまった」
悔いるようにセシルが言う。不可抗力と言えなくもないが……悔しさがこみあげてくる。
「ロサナさんは対策会議を開くとは言っていた。その間僕らは休めと」
「そうか……問題は、どこに城が出現するかだよな」
「ああ。この間近なのか、それともまったく違う所なのか……その辺りもわからない以上、今から情報集めに神経を尖らせる必要があると、ロサナさんも言っていた」
「勇者様、いったん休みましょう」
リミナの進言。俺はそれに小さく頷き……森近くにベースキャンプを見つけた。
「あそこか」
「はい。ただここでできることもほとんどないので、すぐに街へ移動ということになるとロサナさんは仰っていましたが」
「この調子だと、別に行動するフィクハ達も戻されるだろうな」
腕を組みセシルは言う。俺もそれには内心同意。
それからひとまず、ベースキャンプへと移動を開始。その中、ノディを含めた騎士達が会話をする光景を目にしつつ……今後始まる戦いに、一抹の不安を感じることとなった。