英雄の対抗手段
荒唐無稽な言葉に、俺達は絶句する他なかった。
「その石室の力があれば、この世界に魔王の居城を転移させることができる。そこまですれば、君達も戦わざるを得ないだろう?」
「……何が、目的なんだ?」
俺は思わずシュウに尋ねた。彼らの行動は無茶苦茶だとは思っていた。思ってはいたのだが――
「悪いが、それは話せないな」
「……魔王を私達が倒すなんて以上、あなたかラキ辺りがそれに取って代わろうという話なんでしょうね」
するとロサナが断定。シュウも言及に対し無言となる。
「そう都合よくいくのか私にはわからないけれど……ま、いいわ。ここで是が非でもあんたを止める理由を知ることができたから」
「さっきも言ったが、この場で私には勝てないぞ」
「それは遺跡の力に関係しているの?」
「そうだ。私自身も、力は制限されている。しかし、疑似的でも魔王の力を保有するが故に、この場で私はあることができる」
シュウは両手を左右に広げる。かかってこいと言っているような態度。
誘っているのが明らかである以上、迂闊に攻めいるべきではないが……俺は前傾姿勢となり仕掛けようか迷った。その時、
「現魔王は、先代魔王を恐れている」
シュウの言葉が、俺達に届いた。
「力が圧倒的だったためか、それとも他に要因があるのか……ともかく、魔王アルーゼンは先代魔王を恐れ、その力を持つ存在に対し警戒を抱いた。今回の遺跡のことも、さらに私が彼女に勝てない理由も、それだ」
「他力本願極まりないね」
セシルが吐き捨てるように言いながら、ロサナの隣へ。
「現魔王は先代魔王の力を持つ存在の対策を行っていて、どうにもならないためそっちは僕らと魔王を戦わせるために動いていたというわけか」
「そういうことだ。魔王アルーゼンをこの手でつぶせるのならば、とっくにそうしている」
「……目的を聞いた以上、ここは意地でも通せないな」
「言うのは簡単だ。先ほども言ったが、この場で君達は勝てない」
刹那、ロサナが無詠唱魔法を使用した。光の槍が真っ直ぐシュウへと向かい――彼は、右手をかざしそれを防いだ。
「そもそも、君達の攻撃の大半は元々通用しないのだが」
「やはり魔王を倒せる力がないと話にならないわけね」
「誰かを犠牲にしてでもレン君を踏み込ませるか? さすがにそれは勘弁願いたいな」
「あら、やられる可能性を危惧しているの?」
「いや、単に君達が魔王に勝てる可能性が低くなると思ってね」
……なるほど。闘技大会を経て俺達は相当強くなっている。その力によって魔王を倒せるかもしれないから、無闇に殺したくないというわけか。
無茶苦茶な考えだが……この世界に魔王を引きずり出すようなことをしでかそうとしている以上、何を言っても意味はないだろう。
だからこそ、ここで是が非でも止めなければならないが……俺は剣を握り締め、さらに出方を窺おうとて――シュウは、歩き出した。
こちらに目を向けているが、問題ないという態度……ロサナやセシルはさらに足を前に進め、シュウへ対抗しようとする。
さらに、俺の後方にいる面々……振り返っていないため視認できないが、リミナを始め騎士達もシュウを阻むべく武器を構え交戦の用意ができているはず……ここで、ロサナが小さな声で呟く。
「レンは当てることに集中なさい」
告げると同時、ロサナが走る。次いでセシルも跳ぶように動き――俺は、その後ろに続いた。
一方のシュウは一切歩調を変えずに進んでくる。そしてロサナは魔法。セシルは斬撃によりシュウの前進を阻もうとするが、
「無駄だよ」
一言。同時にロサナの魔法を右手ではたき、セシルの剣をあろうことか素手で弾いた。
「君達もレン君と同様魔王に対抗する力は多少なりとも身に着けているはず。おそらく魔王アルーゼンならば通用するだろうが、今の私には無理だ」
「言っていなさい!」
声を上げ、ロサナがさらに魔法を発動。それは光の鎖であり――俺が剣を振ろうとする直前に、シュウの両手を拘束した。
無論、この程度の魔法は一瞬で解除されてしまう……しかし、今の俺にはその一瞬でも十分だった。シュウは動きを止め、俺は『暁』を刀身に加え、さらに魔王の倒す力を加え、放った。
感触的に『暁』は正常に発動し、なおかつ斬撃は確実に魔王に傷を与えることができる――はずだった。
シュウを拘束する鎖が一瞬で消え失せ、彼は俺の剣戟を防御する。だが俺は問題ないと思った。回避されて空振りに終わってしまうのならこの攻撃は徒労に終わるが、避けられないのなら――
剣がシュウの腕と激突する。セシルが「いけ!」と吠え、さらにロサナが何かしら声を上げ事の推移を見守る。そして、
俺の剣は、止まった。
「……人間の魔力は、常に変化している」
シュウが語る。剣は魔王を倒す力と『暁』が加えられてなお、止められていた。
「だからこそ解析は難しいため、魔力を解析して無効化するなどという手段はひどく荒唐無稽なものだとされている……だが、私はこの遺跡の中だけは、そうして攻撃を防ぐことができる」
「何ですって……!?」
ロサナが驚愕の声。解析――
「この遺跡に存在する魔力は、先代魔王の力が大いに入っている。研究の結果、私はこの魔力に干渉できることが判明……結果、それを利用し君達の魔力を瞬時に解析し、相殺することのできる魔法をくみ上げることに成功した。もっともこの魔法はこの遺跡内限定であり、ほとんど役に立たないものなのだが……ここで成す目的を外すわけにはいかないため、開発し、そして」
シュウは俺達に笑みを浮かべる。
「実際、こうやって成果が現れている」
「……そこまでして、魔王をどうにかしたいのね」
「私達の目的に関係するところだからな」
告げ、シュウは俺の剣を素手で掴む。魔王を倒す力はまだ発動している。しかし、まったく通用していない。
「レン君。君の力が通用しない以上、理解できるはずだ……この場で私を倒せる存在は、誰にもいないと。通してもらえないか?」
断る――俺は言おうとしたが、それを遮るようにシュウは続ける。
「もしできないのなら、少しばかり手荒な真似をすることになる。先ほど私は君達を殺す意志は無いと表明したが、物事には優先順位がある。ここで目的を果たす方が優先であり……さすがに魔王を倒せる君を殺す気はないが、一人くらいは見せしめに――」
そこで、俺は剣を退いた。セシルはこちらの反応に声を上げようとしたが、それをシュウは視線で抑えた。
「君でもいいぞ?」
言葉に、セシルは押し黙る……現状、シュウは一切攻撃していない。言動から魔族の力を大きく封じられているのは間違いないが、こちらの攻撃を相殺する以上、やりようはいくらでもある。
だから俺達は動けなかった。攻撃しても確実に効かない以上、こちらは障害にもならない。そしてシュウの機嫌一つで犠牲者が出てしまう。
「そちらは脱出用の魔法くらいは用意しているのだろう? 私のことを待っていてもいいが、さっさと連絡しに行った方が良いのではないか?」
誰一人、何も言うことができなかった。
シュウはその間に歩を進める。後方にいたリミナや騎士達が警戒しながら左右に退きシュウを通す。俺達の視線を浴びながら彼は悠然と進み続け、やがて石室へと到達する。
「……ここまでしてくれた、君達に感謝しよう」
俺は、シュウへ向かいたい衝動を必死で抑える。全てが彼の手の内だとすれば……俺達がここまで来たことは――
そうした感情を抱えながらシュウを見据え――やがて、彼が放つ魔力が廊下を取り巻き始めた。