遺跡の役割
視認した瞬間全員が厳しい目となりシュウと相対する……だが彼は俺達のことを気にする様子もなく、近づいてくる。
「そう警戒しなくてもいい……部屋まで通してくれたら、戦うつもりもない」
彼は穏やかな表情を伴い語る。初めて会った時と変わらない黒いローブ姿であり、手には何も持っていない。
仕掛ければ、一気に倒すこともできるか……? 胸中呟いてみるが、すぐに頭の中で否定する。幻影ではあるにしろ魔王の力まで所持している相手だ。さらなる手があってもおかしくない。
「闘技大会には、来なかったわね」
そこでロサナが一番前に出てシュウへ告げる。すると、彼は立ち止まった。
「色々と準備をしていたからな……この遺跡に用があってね」
「その準備をしていたと言いたいわけ?」
「そういうことだ……もう一度言っておくが、何もせず通してもらえれば、戦うつもりはない。そもそも、私もここでできることはたかがしれているからな」
思わせぶりな言動。彼もまた魔族の力を保有している以上、この遺跡に存在する力に抗えないということか?
「私としては、逆だと思っているのだけど」
対するロサナは警戒の度合いを強め返答する。
「あなたの力は、先代魔王の力を基にして生まれているはず……そしてここはどうやら先代魔王が作り上げた遺跡。となれば、親和性は高いはず――」
「魔族でも魔王の魔力を偽造して色々事を起こそうとする輩もいたという。そのため、似せた私の力も大きく制限されている……とはいえ、だ」
と、シュウは笑みを浮かべる。
「この場所だからこそ、できることもある」
「ずいぶんな自信ね」
「当然だよ。ここへ来るために色々と準備していたのだから」
シュウは肩をすくめた……加え、表情はどこかさっぱりしていた。
「正直、私はここが正念場だと思っていた。実際魔王側はこの場所を守護し、私達の潜入を阻もうとした」
「人間達を利用したのは、あんた達対策とでも言いたいわけ?」
「まさしくそうだ。なにせ現魔王は、この遺跡の特性を理解していたようだからな」
――俺達はこの遺跡に対し知識を持たず潜入を行った。調べようがなかったのも事実だが……魔王の力を得たシュウには、知る手立てがあったということなのか?
「……そうだな。礼を兼ねて君達に説明しようか」
「礼、だと?」
セシルが剣の切っ先を向けつつ言葉を紡ぐ。しかしシュウは一切表情を変えず、
「その辺りのことを含めて解説しようじゃないか……まず、この遺跡に何があるのかという説明からだな」
余裕を大いに滲ませシュウは語る。その間にこちらは攻撃しようかと迷ったが……その眼を見て、少なくとも隙がないのは理解できた。
「まずこの先代魔王が作り上げた遺跡だが……破壊することもなく、残した。これには理由も存在するのだが、それについての解説はよそう。本筋とは関係がないからな。結果としてこの場所を残したわけだが……その部屋には、役目がある」
そう言って、シュウは俺達の後方にある一室を指差した。
「平たく言えばその場所は……魔界と通じるための門を開く機能が備わっている」
「何……?」
思わず俺は呟いた。対するシュウはこちらに視線を向け、
「ここは元々軍事拠点であり、さらには帰還施設を兼ねていた。魔族はどうやらこの世界から魔界へ戻るのが大変らしい……魔界はこちらの世界よりも大気中の魔力濃度が高く、それを利用して容易く来れるらしいが、逆は魔力も少ないため、難しいというわけだ」
「ミーシャからの情報?」
ロサナが問うと、シュウは頷いた。
「そうだ。魔族や魔王に関する情報については、私達の方が上だな」
「ま、そこは認めましょうか」
ロサナはどこか皮肉を込めた声音で告げる。一方のシュウは意を介さない様子で、なおも続ける。
「だからこそ、この拠点には戻ることのできる施設が存在していたわけだが……これは、魔王の力があれば、稼働することができる。私もまた力を制限されてはいるが、それについてはできると研究により判明した」
「魔界に殴り込みでもしようというわけ?」
「まさか。さすがに私でもそんなことはしないさ」
シュウは肩をすくめると、斜に構え、
「その施設の構造は、こちらも色々と資料を手に入れ理解している……ここほど魔界の門を開くのに適した場所が無かったため、入口ができるタイミングを待ち準備を行っていたというわけだ」
「一体、何が目的なわけ?」
「そこだよ……私が、君達を殺さなかった理由だ」
殺さなかった――俺はその言葉に聖剣を握り締めた。
「レン君を含め、聖剣を護衛していた者達ならば憶えているだろう? あの聖剣護衛の時、私は魔王を倒せる力を持つ者を探していた」
「……それと、この遺跡が関係するのか?」
今度は俺が問い掛ける。
「そうだ。少し話は変わるが、三すくみという言葉を知っているか?」
唐突に話題が変わる。俺は眉をひそめる他なかったが……シュウは、なおも説明を続ける。
「戦場では、歩兵と騎馬と魔法使いとの関係がそうだな。大人数の歩兵は槍を用いて騎兵の進撃を止め、騎兵は魔法使いに一気に迫ることができる。そして魔法使いは、大人数の兵士を蹴散らすことができる……まあこれは状況や装備などによって大きく変容するため、一般論的なものだが」
「何がいいたい?」
セシルが苛立ち問い掛ける。それにシュウは笑い、
「今の私達の関係が、そうだと言いたいのだよ。魔族の力を保有する以上、私やラキ君は、現魔王を倒すのが非常に難しい」
「だから、俺達がそれをやると?」
「そういうことだ」
「馬鹿げているな」
セシルは吐き捨てるように言った。
「僕らがお前の言葉通り魔王を倒すと言いたいのか?」
「それを行うために、魔王を倒す人物が必要だった……そして聖剣護衛の時に見つかった」
俺へ視線を流すシュウ。
「先ほど三すくみだと説明したはずだが……まず君達は魔王を倒す力がある。そして、魔王は私達を倒す力を保有している。そして、私達は……」
「こちら側を倒せると言いたいわけね」
ロサナは不服そうに声を上げながら一歩足を踏み出す。
「なら、試してみる?」
「やめておいたほうがいいぞ? どちらにせよ今の私には勝てない」
断言するシュウ……明確な根拠があるようだが……先ほどまでの言動といい、不可解な点が多すぎる。これは、警戒しなければならない――
「話を戻すと、私達は独力でこの遺跡を攻略することが困難だったわけだ。この遺跡の特性と、魔王側の策略により、な……人間と魔族の融合体は倒せても、最後のドラゴンとの融合体を始末するのは難しかっただろう。しかし、君達が現れた」
「私達が始末するのを待っていたというわけ?」
「本来は、奴に備え準備を進めていたんだが……まあ、保有する道具は他に転用すればいいからな。別に無駄とは思わん」
ここまで、シュウの手のひらの上だということなのか……? 俺は飛び出したい衝動を抑えながら、なおもシュウの言葉を聞く。
「さて、セシル君が言った件だが……確かに、今の君達は魔王と相対する理由などないだろう。だが私達としては目的のために君達と魔王を戦わせる必要がある。となれば、どうするのか」
と、シュウは再度石室へ指を差す。
「選択は、二つあった。一つは君達を魔界に送り込むこと。だがこれはリスクが高すぎる。だからもう一つの選択を取ることにする」
「何をするつもり?」
ロサナの質問に――シュウは、さらりと述べた。
「その石室にある装置を応用的に利用し……この世界に、魔王の居城を引っ張り出す。何度も実証実験は重ねてきた。その苦労が、今この場で実を結ぶことになる」