戦士の終わり
「なっ……!?」
フレッドが呻く。俺の『暁』が決まったことにより――左腕が動かなくなった。
「何だ……これは……!?」
内部から破壊することで、大きく腕を損傷させた……実際フレッドの顔は軋み、痛みを堪えているのも理解できた。
「……フレッド」
そこで俺は、彼に呼び掛ける。
「その痛みじゃあ、俺とやり合うのは無理だろ?」
「……情けでもかけるつもりか? そういうのは、悪いがいらないな」
フレッドは、奥歯を噛み締めながら俺へと言った。
「これは別に魔族の力を取り込んだから、という理由じゃないぞ。単に、戦士として情けをかけるなって言いたいわけだ」
「……フレッド」
「ちっぽけでもプライドってもんがあるからな……さあて、レン。決着をつけようか」
動かず、なおかつ痛みが走る左腕を庇いつつ彼は剣を構える。先ほどまでの防戦主体ではなく、明らかにこちらに攻撃を仕掛ける気でいる。
だが……それが成功しないことは、彼も、俺も理解できている。
「……本当に、もうどうしようもないんだな」
最後に俺は呟いた――その瞳に、フレッドはどう感じたのかわからないが、一転笑って見せた。
「最後に、お前と戦えてよかったと思うよ」
フレッドが、初めて先手を打つ。俺は即座に剣を構え、振り下ろされた剣を『時雨』による自動防御で弾く。
こちらは同時に反撃した。単なる振り下ろしだったが、フレッドはそれを弾くのも精一杯の様子。
だからこそ――俺は、
「――フレッド」
名を呼び、『吹雪』を発動する。
連撃。最初の内はフレッドも防いでいたが、とうとう堪えきれなくなり彼はその身に斬撃を浴びる。
そして――魔力が大いに減った時剣を止めた。彼の体にいくつも傷を与えた。しかし、出血はしていない。
間違いなく、魔族だからこそ――そして彼の体が、光となり始める。
「――悪いな、レン」
フレッドが声を上げる。そうした言葉を残し、彼はこの世から姿を消した。
やりきれない……そう胸中で呟くと共に、俺は扉へ目を移す。そして雷撃を繰り出し、扉を破壊した。
感傷に浸るよりも仲間を――思いつつ外に出ると、そこは先ほどのような廊下だった。
同じフロアだとは限らないのだが……思っていると、廊下の奥にセシルの姿を発見した。
「セシル……!」
「大丈夫かい?」
彼の声に俺は首肯しつつ近寄る。一応魔力を探り本物であることを確認しつつ、口を開く。
「そっちは大丈夫なのか?」
「もちろんだよ。防戦一方で少し倒すのに手間取ったけどね……まあ、相手の魔力切れを狙った。そっちは?」
「……俺の相手は、フレッドだった」
言うと、セシルは一度目を細め、
「そう……ここにレンがいる以上、決着はついたのか」
「ああ。光となって消えてしまった」
「それがフレッドの結末か……全ての戦いが終わったら、消えてしまったけど墓くらいは作ってあげたいな」
彼の言葉に俺が頷いた時、別の部屋の扉が吹き飛んだ。視線を送ると中からはロサナが出現。
「やれやれ……おっと、二人の方が先だったか」
「大丈夫でしたか?」
俺が問うと、ロサナは「もちろん」と答え、
「対策をしていたのか結構時間を稼がれたけど……とりあえず、無事で良かった」
「はい。それと、他のメンバーを探さないと――」
言った直後、またも別の部屋から轟音。確認すると、奥からリミナが登場した。
「リミナ!」
「勇者様――! ご無事ですか?」
「ああ。そっちは?」
「私は平気です。攻撃が激しかったですが……」
フレッドが言っていた通り、リミナについては仕掛けていたというわけか……となるとノディが気にかかる所だが――
頭に彼女の顔が浮かんだ時、もう一つ破砕音。見ると粉塵の中からノディの姿が見え、
「敵の目論見は、どう足掻いても成功しなかったわけね」
ロサナが言った。
「相手は何も言わなかったけど、確固撃破で倒そうと考えていたんでしょう。けど、ノディやリミナが倒せない以上、どうしようもなかったというわけ」
「そうだろうね」
セシルが同意。その間にノディが近づき、そのタイミングで俺は相手がフレッドだったことを告げる。それなりに面識のあったリミナはやや肩を落とし、
「大変、残念です」
「ああ……それで――」
さらにフレッドが言っていた、この遺跡に関することについて言及。するとロサナは「なるほど」と声を上げた。
「そういうことか……けど、先代の魔王がここを封印しただけで破壊しなかったのが気になるけど」
「まだ戦いが続くと思っていたのでは?」
「うーん……そういう風には思えないけど」
こちらの言及にロサナが腕を組み首を傾げる。俺はそれに反応し、口を開く。
「どういうことですか?」
「戦争末期の時点で、アーガスト王国周辺の魔族は後退していたはず……その時点でこの場所は封印されていたと思うんだけど、この奥に危ないものがあったとしたら、破壊して利用させないようにするのが筋じゃないかと」
「こうした遺跡を破壊する場合、どういうことをするんですか?」
「強固な施設だから、結構な力を注がなければ破壊できないと思うのよね。それができずあくまで封印したというのは……」
ロサナは口元に手を当て、
「戦争末期の時点で、魔王自身力が無くなっていたということかな?」
「……破壊するだけの力がなかったと言いたいんですか?」
「そういうこと。ま、その辺りの推測はいくらでもできるからこの辺りにしておきましょう……さて」
ロサナは話題を切り、廊下を見る。
「どうも、フレッドと遭遇した同じ階のようね。このまま進めば目的地へ辿り着くと思うわ」
「なら、先に進もう」
セシルが先頭に立つ。俺は頷き仲間達と共に移動を再開した。
歩きながら、フレッドが語ったことを思い出す。現魔王が立ち入ることのできない場所……それほどまでに力を注いだ場所であり、なおかつわざわざ策を施してこうして防衛する以上、重要なものが眠っている可能性は高い。
なおかつ、シュウ達の動向を考える。ここが先代魔王によって作られたとしたら、それを基にして力を得ているシュウは、もしかすると――
やがて、俺達の前に扉が。セシルが開くと――そこは、階段ではなかった。
俺は同時に身構え、室内を見回す。何もない殺風景な石室――勇者レンの故郷の屋敷にあった地下室に雰囲気が近いだろうか……見えてはいないが、床に魔方陣か何かが存在しているのかもしれない。
明かりは灯され、室内の隅々まで見渡せるのだが……部屋の中央に、白い外套を着た男性が一人、立っていた。
「やれやれ、失敗か」
「あんたが、ヘクトね?」
ロサナが問うと、相手は頷いた。
「いかにも、私が奴らに力を与えたヘクトだ」
「ここにいる以上、純粋な魔族ではないのよね?」
「まあ、そうなるな……具体的な経緯は面倒だから話さないぞ」
言いつつ、彼は肩をすくめる。
容姿は、やや厳ついと言えばいいだろうか……強面の顔つきに太い眉と黒い髪。外套よりも鎧が似合うような気もする。
「ここまで来た以上、成す術もないな……最早私も滅ぶしかない」
「ずいぶんと、あきらめが早いのね」
「魔族の力を手にして、こうなることはわかっていたのかもしれん……だが」
刹那、魔力が膨れ上がる。
「ただで終わらせるわけには、いかんな」
室内に、軋むような魔力が生じる。それだけで理解できる……彼は、フレッド達とは別物の魔力を抱えている、と。