魔を持つ戦士
俺の目から見て、再会したフレッドはごくごく普通に見える……が、それはあくまで外見だけ。取り巻く魔力のそれは確実に魔族のものに変化しており……内心、歯噛みする。
「待ってたぜ……まあ、お前さん達からしてみればさしたる障害はなかったと思うが」
「あの魔族達は、お前の差し金なのか?」
「まあな……色々と配置してみたんだが、お前達には時間稼ぎにもならなかったな」
俺の問いに、フレッドは肩をすくめた。一切気にしていない様子なのは……何か理由があるのか、それとも――
「やっぱ慣れないことをするもんじゃないな。俺としては盤石の布陣とか思っていたんだが、結局いたずらに兵力を消耗してしまうだけだった」
「ま、今後の課題といったところね。頑張りなさい」
皮肉を大いに込めたロサナの言葉。それにフレッドは笑い、
「ただし、頑張るような機会が二度とこない、とでも言いたいのか?」
「よくわかったわね」
「推測は簡単だ……ま、そう言いたいのも理解できる」
あくまで飄々とした態度のフレッド。それが逆に不気味であり、俺達は剣すら抜かない彼に対し警戒する。
軍略の能力が素人であった結果、上階のような一方的な戦いとなったというのはまだ理解できる。けれど、フレッドは俺達の能力を把握しているはず。こうやって対峙する以上、俺達の能力に対抗する手段を持っている可能性が高く、
「……ここのリーダーは、フレッドなのかい?」
セシルが質問した。答えないかとも思ったが――彼は、表情を戻し答えた。
「いいや、ヘクトさんだよ」
――確か、フレッドに力を与えた人物のはず。とすると、そいつもフレッド達と同様純粋な魔族ではないということか?
「もっとも、現場の指揮権は俺に丸投げし、結果こうなったわけだが」
「ずいぶん悠長だね」
セシルが一歩前に出る。すると、フレッド達は同じ距離だけ後退しつつ、
「おっと、さすがに接近されるのは勘弁してくれ」
「……まったく」
セシルは面倒そうに呟き、相手を見据える――罠の一つでもあるのだと思っているのだろう。
ロサナは罠について何も言及しないのだが……彼女が感知できないレベルのものを仕掛けているようには思えない。確かにフレッドから生じる魔力は魔族のそれだが、だからといってロサナに見つからないように罠を仕掛ける、というのはどうも疑問に残る。
「俺達としてはこの場で回れ右して欲しいわけだが……そうもいかないんだよな」
「当然だよ」
セシルは返答しながらさらに一歩。フレッド達は同じ分だけ後退する。
一進一退、というよりフレッド達は罠にはまるよう誘い込んでいるようにも見える。ここで俺はどう動くべきなのかを思案する……ここで立ち止まっていても仕方がないとは思う。けれど、だからといってこれまでのように淡々と処理することもできない。
「……皆さん」
そこで、リミナが声を発した。一瞬だけ首を向けると彼女は後方の上り階段に目を移していた。
「背後からも……」
「一応、頭数くらいは揃えないといけないよな」
フレッドが言う。大方主力をどこかの部屋に待機させておき、俺達がここに来たタイミングで挟み撃ちにする、といった予定だったのだろう。
だが、正直それだけで勝てると思ってはいないだろう……考えた時、セシルがなおも一歩前に進む。
今度こそ、フレッドは退かずに後方にいる二人の戦士と同時に剣を抜いた。
そこで、俺は気付く……フレッドの気配や表情。それらがどこか、現実的ではないような感じがした。
明確な根拠があるわけではなかった。けれど、俺の心がそういう推測を行ったのは事実であり、
「覚悟してくれ」
セシルの言葉――同時に後方からの気配が膨らみ、
フレッドが、笑った。
刹那、セシルが一歩で間合いを詰めようとした。しかし、彼が到達する前に、
部屋や廊下を問わず――床から光が溢れた。
「っ――!?」
短く呻いた時には遅かった。気付けば俺は、階段下の部屋ではなく、個室のような場所に立っていた。
「先に言っておくが、罠じゃないぜ?」
そして、俺の目の前には剣を抜き放った、フレッド。
「ここの遺跡にある機能の中で、制御できるものと制御できないものがある……地面が発光しただろ? あれはヘクトさんが操作して強制的に転移させる効果がある」
「……この遺跡内を、色々といじくることができるというわけか」
「ああ。ちなみにさっきのは喧嘩する魔族達を引きはがすための設備だ。ああやって無理矢理対処しないとどうにもならないというのは、面白いと思わないか?」
俺の言葉にフレッドは嬉々として言った。
部屋は立ち回る分には余裕くらいの広さで――なおかつ、仲間達の姿が消えていた。
先ほどの光……転移魔法により俺達全員を孤立させたのだろう。これを最初から狙っていたと認識すると同時に、もう少し注意しておけば……という気もしてくる。だがロサナが気付かない以上、どうしようもなかったと言えばそれまでだが――
「さあて、どうする? 退却するか?」
問い掛けるフレッド。剣を抜き放ってはいるが、戦う意思はなさそうにも見える。
「闘技大会の結果はもちろん知っている。まともに戦えば俺がレンに勝てる可能性なんて、万に一つもないだろう」
断じたフレッドは――そうは言いながらも、余裕の表情。
「だが、そっちとしては孤立し身の危険を感じているはず。俺達としては去る者は追わずというスタンスだから、ここで逃げてもらってもいいぜ?」
「……そうは言うものの、入口は封鎖したよな?」
「どういう相手なのか、こちらも理解するのが遅かったんだよ。この辺の連携は今後の課題となるだろうな」
「……そうか」
俺は無言で剣を構える。するとフレッドはため息をついた。
「ま、仕方がねえな」
「フレッド……」
名を呼ぶと彼は笑う。勇者の証争奪戦で出会った時に見た、笑顔。けれど魔族の力をまとわせた今の彼は、同じ表情でもひたすら不気味に思える。
「……そっちは」
「ん?」
零した言葉に対し、律儀に応じるフレッド。
「いいぜ、話しても」
「……魔族の力を得て、何をするつもりだったんだ?」
「別に何をするというわけでもなかったよ」
「……お前は、本当にフレッドなのか?」
「失礼な物言いだな、おい。まあでも、言いたいことはわかるぜ」
彼は不服そうに表情を歪め、返答を行う。
「魔族の力に取り込まれた以上、フレッドという存在がこの世から消え、今の俺は魔族に作られた人格などと思っているんだろ?」
「ああ、そうだ」
「それに関しては俺自身が答えられることじゃないな……俺はきちんと意識があると敵から思い込まされているなんて可能性もある」
酷い言い回しだったが、俺は頷いた。
「ああ、そういうケースもあるな……」
「だからそれを知るには……一番てっとり早いのはヘクトさんだろうな」
「なら、そいつに訊くことにするさ」
「だが、そうなると俺を倒していかないとな?」
どこか楽しそうにフレッドは語る――魔族の魔力を感じさせながら、悪意や暴虐的な雰囲気をまったく見せていない。それが俺をさらに不気味に思わせ、目の前の彼が得体の知れない何かのような錯覚を抱く。
飲まれるな――胸中で俺は呟き、剣を強く握りしめる。いつかはこうして戦うことになっていた……ロサナに警告された直後になるとは思わなかったが、それでも戦いが早まったとでも思えばいい。
「そっちはやる気のようだし、始めるとするか」
陽気にフレッドは呟く。俺は言葉と共に伴う表情が、以前宴をしていた時に見せた明るい顔つきそのものだと認識し……徒労感のようなものを抱いてしまう。
けれど――そうした感情を隅に追いやり、フレッドに宣言する。
「邪魔するなら……突破させてもらう」
「ああ、できるものなら」
フレッドの自信ありげな声と共に――俺は、彼へと攻撃を仕掛けた。