不可思議な空間
「どうした?」
俺はノディの声に反応し問い掛ける。それに彼女が首を傾げ、
「いや……もしもの時にと思って、魔族の力を発動して感触を確かめようとしたんだけど……ずいぶんと重い」
「重い?」
首を傾げる俺。ノディは即座に頷き、
「何て言うのかな……体の表層に薄い膜みたいなものがあって、力を使おうとするとそれが邪魔して発揮しにくいというか」
「……ちょっと待って」
ロサナが言う。どうやら、何か気付いたらしい。
「ノディ、再度訊くけど魔族の力を行使することはできる?」
「できなくもないけど、結構労力が必要かも」
「まさか……」
「何がわかったのですか?」
リミナが問う。それにロサナは複雑な表情を浮かべ、
「もしかしたらこの遺跡は、魔族が思うように力を発揮できないような状態になっているのかも」
「は?」
セシルが聞き返す。対するロサナは憮然とした顔つき。
「さっき、ここが軍事拠点だと説明はしたでしょう? 軍である以上魔族達をある程度統率する必要がある……ジュリウスから聞いた話だと、魔王を支持する魔族というのは全部というわけではないみたいだし……統制の一環として、衝突を起こしても大丈夫なよう処置を施していた、なんて可能性も」
「それが、魔族が離れて以後も発揮されていたと?」
「そういう可能性。現にノディの力は影響を受けている」
なるほど……となると、ここにいる魔族達は――
「とはいえ、ノディが戦えている以上魔族という存在そのものを弾く効果はないのが明白……そうであれば彼女はここに赴けないわけだし、純血の魔族の能力を大きく制限する、という効果があるのかも」
「だとしたら、さっきの魔族達はどういう奴らになる?」
セシルが問う。首を傾げ、ロサナを見ながら意見する。
「純粋な魔族というのがこの遺跡内で力を発揮しにくいというのは、わかる。ただそんなまどろっこしいことをした理由も知りたいし、ましてや解除もしていない敵も不可解だけど……先ほど戦った相手は魔族じゃないとでも?」
「いえ、倒すと消える以上、魔族の近い存在であるのは間違いないだろうし、実際気配も魔族のそれ……だけど、私達は純粋な魔族以外の存在を知っている」
言葉に、セシルは押し黙った。彼女が何を言いたいのか理解したらしい。
「闘技大会の時に遭遇した、フレッドのような存在……」
俺は顔をしかめながら言う。それにロサナは深く頷いた。
「魔王側は、この遺跡の魔族の力を減退する効果を消すことはできない……だからこそ、人間に力を与えて駒にしている」
「つまり、先ほどと斬り結んだのは……」
「人間ね。けれど頭に元がつくけれど」
「消滅した以上、最早人間ではないと」
「怖気づいた?」
問い掛けに、俺は一時黙り込んだ。けれど少しして、
「……フレッド達を始め、戦う覚悟はできていた」
「そう……どういう経緯があるにしろ、彼らは魔族という存在に関わってしまった。だから私達は、戦わなければいけない」
重い言葉だった……そして、今後そうした相手と戦う必要があると理解し、口が止まる。
「この遺跡の存在があったからこそ、魔王側は人を取り込もうとしたのかもしれないわね……ま、どちらにせよこの戦力ではシュウ達が攻め込んで来たら易々と突破できるでしょう。なら私達が先にここにある何かについて対処しないと」
「……ですね」
俺は同意し……やがて指示もなく全員歩き出した。状況を把握し、足取りが僅かに重くなった……が、奮い立たせるように歩を進める。
階段を下りると、またも扉。変わり映えしない構造に俺はなんだか辟易し始め……と、いけない。ここで集中力を途切れさせてしまうと、思わぬ形で攻撃を食らうなどの可能性もある。
俺は深呼吸して、セシルが扉を開ける様を眺める。そうして開いた先は、やはり同じような廊下。これだけ大規模ならば戦争時さぞ魔族達がいたことだろうと思いつつ、俺は目前にいるモンスターの群れに視線を移す。
そして交戦開始……やはり同じような面子に加え、散発的に魔族が待機しており、近づくけしかけてくる。そこで思ったのは、この戦いの指揮をとっているのは誰なのかということ。純粋な魔族は力が弱まるためここに来ていないというのなら、当然指揮するのも純粋な魔族ではないだろう。
作戦くらいは与えられているかもしれないが……もしかして、魔の力に取り込まれた存在が指示しているのか? だとしたら軍略云々があまりよくないのも頷ける。
「ふっ!」
短い呼吸と共にセシルが一閃し、目前にいた魔族を仕留める。パターン化した敵の攻撃にも慣れ、攻撃を食らうどころか相手が攻撃を放つ前に沈めている。俺としては元人間である以上躊躇いがないと言えば嘘になるが……それでも、一体倒した。
そうしてさらに進んだ……この階はひたすら真っ直ぐ進む構造となっており、なおかつ壁面なんかに装飾が施され始めたことに気付く。より具体的に言えば、壁面に光によって輝く石のようなものが混ざっていたりしている。
ここだけ見るとどこぞの城にいるような気がしてくる……そもそも軍事施設にこうした装飾がいるのかと疑問に及んだりもするのだが……まあ、奥へ行くほど幹部クラスの魔族がいるとすれば、こうした装飾を施し権威を与える、というのも一つの手ではあるか。
そんな風に思いつつ、俺達は特に問題なく最奥に到達した。セシルが扉を開けるとそこもやはり階段。しかし、
「……気配が、濃いね」
彼が言う。階下から感じられる魔力が、明らかに先ほどと比べ濃くなっている。
「どうやらここまでは前哨戦といったところみたいだ」
「確かにこれで終わりだと拍子抜けだよね」
ノディが剣を構え直しながら言う……軽口にも思えるが、顔は警戒の度合いが強い。
「……全員、今一度確認しておくわよ」
そこで、ロサナが発言した。
「魔王側の魔族が、人間達にけしかけて何かしら行動を起こしていたのは間違いない。それがこの遺跡の件と直接的な関係があるのかは不明だけれど……少なくとも、元人間がここにいるのは事実」
「そうですね」
リミナが同意。そしてロサナは言う。
「そうした中で、レン君達の知り合いもまた、魔の力を握るに至った……なおかつ、元の素養もあったのか闘技大会で予選を突破するという結果を残している」
フレッドのことだ……その時点で、何が言いたいのか理解した。
「このメンバーで負けるとは思えない……けれど、油断していれば私達の目的を阻害されてしまう恐れがある」
「そこまで言わなくてもわかっているさ」
セシルが発言。目が、多少鋭くなっている。
「改めて覚悟をしておけと言うんだろ? 僕は大丈夫だよ」
「俺も、事前に覚悟はしてきた」
こちらも言う。同意するようにリミナも首肯し、
「なら……進むわよ」
ロサナが指示し、俺達は階段を下る。一歩一歩進むたびに魔力が濃くなる。間違いなく、先ほどまでの戦いとは異なることが起きようとしている。
自然と剣を握る手にも力が入り……やがて、下り切った。今度は扉が開いていた。先ほどと同じような廊下ではあったが、光に反射して壁面の至る所がキラキラとしている。そして――
「来た、か」
声が聞こえた……対する俺は、無言で相手を見据える。
そこには男性が三人いた。けれど貴族服ではなく、傭兵らしい格好をしている。
おそらくこれは、先ほどの魔族もどきとは異なり、その力をある程度制御しているためなのだと思った……そして、
「フレッド――」
「ああ」
俺の言葉に……中央にいるフレッドは、にこやかに応じた。