遺跡内の決断
結論は一つ……階段のあるこの場所まで、相手は俺達が来るのを待っていた。
それがシュウ達なのか魔王の手先なのかはわからない……ともかく、先を越されていたのは間違いなさそうだった。
「ロサナさんくらいは気付いてもよさそうだったけど」
セシルが扉を見据えながら言うと、彼女は肩をすくめる。
「ま、完全に気配を断つことのできる魔族というのも存在するから……とはいえ、こうして今気配を見せたということは、何か意図があるということでしょうね」
「その通りです」
声が、扉の向こう側から聞こえてきた。同時に、その扉をすり抜けてやってくる存在が一つ。
挙動に一瞬驚きはしたが……気配を感じ取って魔族だと認識した瞬間、俺は心の中で納得する。
「ずいぶんと用意周到ね」
ロサナが意見すると、相手は肩をすくめた。
「あなた達を、というわけではないのですがね」
答えた相手は……パッと見、貴族服を着た男性。頭のてっぺんから足の先まで全てが黒で統一されており、服も新しいものをおろしたかのようにパリッとしている。
顔立ちは美形には違いないのだが、傍らに蛇でも従えているような毒のある雰囲気があった。
「つまりシュウ達がここに来るというわけね」
ロサナがさっぱりとした口調で言う。すると相手は再度肩をすくめ、
「そういうことです……どうやらここに何があるのか理解されていないご様子ですが、それは何も語らないでおきましょう」
「あっそう……で、もし答えてくれるなら疑問を投げかけてみてもいい?」
「構いませんよ。それが黄泉の手向けになるでしょうが」
「なら、遠慮なく……結界で構成されていたのに、なぜこうも易々と入れるわけ?」
「同じ魔族であるなら、結界をすり抜けることなど容易なだけです」
「ああ、それもそうか……で、何でわざわざここで待つような真似を?」
「元々、見張りが必要だと思っていたところなので」
それが答え……のようだったが、俺は意味を計りかねた。けれど少しして、守るべきものがあるから自分達がいると語りたいのだと思った。
それが一体何なのかは、下に行ってのお楽しみというわけか。
「なら、もう一つ。大陸南部に兵を集めているけど、それとあなたは関係するの?」
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれない」
はぐらかした。まあ全部あっさりと答えてくれるなんてこっちも思っていないけど。
「そう。質問はこの辺りね」
「ですが……では」
と、相手が答えた刹那――魔力が噴出する。
「覚悟して頂きましょう」
同時に魔族が足を踏み出す――確かに魔力は相当なものであり、おそらく並の戦士ならば、葬られていたかもしれない。
そう――並の戦士ならば。
俺が足を前に出すと同時に、セシルもまた大きく踏み込んだ。そしてまったく同じタイミングで斬撃を放ち――魔族は、それに正面から相対する。
俺達に関する情報をもらっていれば――特に聖剣を握る俺のことがわかっていれば真正面から相対しないと思うのだが……考える間に彼は魔力によってしっかりと両腕を固めたのだが、それを俺達は平然と両断した。
「な――」
呻く魔族。さらに俺とセシルの剣戟が胴へと完全に入り、魔族はあっさりと消滅した。
「……一撃で倒せてよかったよ」
セシルが言う。その顔は、どこか憮然としたもの。
「見た目高位魔族って感じだね……ただ、僕らが動くのを見てもひるまなかったというのは、聖剣なんかについても知識がなかったのかな? レンの持つ剣の事実を知っているなら、この場は退散してもよさそうなものだけど」
「あえてそういう情報を伝えていない、という可能性もあるわね」
ロサナが言う。それに反応したのはリミナ。
「伝えていない……? 魔王を倒した聖剣に関する情報ですよ?」
「現魔王がどういう指示を出しているかわからないけど……どの道及び腰じゃあ私達やシュウは食い止められないからね。そもそも私達のことを知っているのなら、ああして単独で向かってくる真似はしないと思うし……意図的に情報を統制しているのかも」
断じたロサナは階段に視線を送る。
「ここの魔族全てがそうなのかは、下に行って他の魔族と交戦すればわかること……で、私達は二者択一を迫られた。下に行けば当然魔族の歓待が待っている。それを相手にしてこの遺跡に何があるのかを突きとめるのか……それとも、いったん魔族があるという事実から引き上げるのか」
「……シュウさん達がここに目的があるとしたら、敵に目もくれず突き進むでしょうね」
俺が発言すると……ロサナもまた頷いた。
「魔族がいる以上、常識的にこの状況下でシュウ達が現れるとは思えない……けど、ここに何があるのか私達にはわからない以上、目的次第では魔族がいようとも強行突破するという可能性は、十分ある」
「そしてシュウが訪れる理由を知るには、最深部に行くしかない」
俺が言うと、ロサナは一度仲間達を見回した。
「……確認のため、連絡をとってみましょうか」
ロサナは手をかざす。すると手のひらに魔力が生まれる。
「遺跡の中で使えるかどうかは不透明だけど――」
告げた直後、一瞬魔力が膨らみ、
『――ロサナか?』
フロディアの声がした。通信系の魔法らしい。
「どうも、フロディア……そっちから連絡がなかったから、逆にこっちが連絡したのだけど」
『魔力が拡散しているが、敵に居所が悟られるぞ?』
「どの道同じよ……その口上だと、気付いていないみたいね」
『何を?』
「遺跡内に、魔王側の魔族がいる」
声に――フロディアは僅かに沈黙し、
『……こちらの結界網をすり抜けたのか。いや、この場合は裏道があったということか?』
「遭遇した魔族は結界をすり抜けることができると言っていたけどね……ま、どっちにしろ私達では確認できなかったわけだし、仕方がないんじゃない?」
『そうか……現在、ジオを始めとした騎士団がそちらへ向かっている。直に到着するとは思うが』
「こっちは魔族に囲まれているような状況だし、待っていてもロクなことにはならないでしょうね……戻るという提案もあるけど――」
『ロサナ自身は、どう考えている?』
フロディアの質問――ロサナは、シニカルな笑みを浮かべた。
「これは私の勘だけどね……今ここで進まなければ、まずいことになりそうな気がする」
『私も同感だ。騎士の面々にはできるだけ急ぐよう指示を出しておく』
「了解」
言葉の後、通信が切れた――そしてロサナは俺達へ言う。
「ま、そういうこと。後方は騎士さん達に任せましょう」
「……まずいとは、どういう意味ですか?」
リミナが問い掛けると、ロサナは頭をかきつつ、
「勘だと言ったでしょう? この遺跡に何が眠っているのかすらわかっていないから、これ以上のことは言えない……けど、セシルが言っていた通り、この遺跡潜入のためにシュウが準備していたとしたら――」
「魔族を蹴散らし、目的を果たしてしまう、と」
リミナの言葉にロサナは小さく頷いた。
「そういうこと……シュウ達の野望が何かはわからないけれど、可能性があるならば早めに潰しておく必要がある」
「そういうことだな……ま、僕は賛成だ」
セシルは承諾。続いてノディも頷いた。
リミナも「同じく」と言葉を返し……そして俺は――
「……俺も、同意する」
答えに、ロサナは俺達に背を向け、階段と相対する。
「それじゃあ……進むとしましょう」
言葉と共に、俺達は自発的に動き出す。セシルを先頭として俺が続き、ノディが真ん中。そしてロサナとリミナが後方を陣取り……階下へ到達。
そこは先ほどと同様階段以外何もない部屋。正面に扉があり、
「覚悟はいい?」
ロサナが問う。指摘されずともわかっていた。扉の向こうに、魔力がある。
俺達は武器を構えることで応じる――そして、
セシルが扉を開け放ち、戦闘を開始した。