内部へ
ロサナに案内されたその場所は、単なる物置のようだった。乱雑に放置された樽や箱の中には雑貨などが詰まっているのだが――
「ここよ」
ロサナが言うので目を向けると、そこには石でできた床。
他は全て岩なのだが、そこだけが明確に石で構築されていた。
「入口をこうして塞いだみたい」
「壊せますよね?」
「ええ……全員、戦闘態勢に入って」
指示に、リミナを除く面々は剣を抜く。そしてロサナが手に魔力を収束させ、魔法を放つ。
魔法が直撃すると石は轟音と共に破砕し――下に、階段が見えた。
「さて、ここからが本番ね。封印されていた以上魔物がいる可能性は高いから、全員集中するように」
「はい」
リミナの承諾する声と共に俺達は先ほどと同じような隊列に変更し、セシルが階段に足をかける。明かりをロサナとリミナが生み出し、静かに下り始めた。
階段は結構深い。周囲を気にしつつ俺は剣を握り締め……やがて階下に到達すると、目の前に開けた空間があった。
広さは体育館の半分くらいだろうか。天井の高さもそれなりの場所だったが、真正面の壁面には何やら複雑な紋様が刻まれている。
「これは……」
「魔族が生み出した結界ね」
俺が呟くとロサナが言及。同時に俺は周囲を見回す……と、あれ?
「道がない?」
「この壁の先に道が、という構造ですね」
リミナが言うと、ロサナは「正解」と答えた。
「これがおそらく遺跡を封印していた結界というわけね……けど、こう近くで確認すると、確かに弱まっているわね――」
告げた瞬間、僅かな地鳴りと共に周囲がほんの少しだが揺れた。地震か。
加え、それと共に壁面に存在する紋様から、ほんの少しだが魔力が漏れ出る。
「ふむ、火山活動によって大地との結びつきが弱まっているというわけね……今より火山活動が活発化になれば、この結界も完全に崩壊するでしょう」
「ですがその場合、この遺跡も破壊されるのでは……」
ロサナの言葉にリミナが言及。すると彼女は肩をすくめた。
「魔族の作ったものだから何とも言えないわね。けれど、溶岩くらいは中に入り込むかもね。そうなってしまうと魔族はどうとでもなるかもしれないけど、私達は当然入り込むのが難しくなる……調べるのなら、今ね」
ロサナは言うと壁面に手を置いた。
「かなり弱まっている……これなら少し時間は掛かるけど、引きはがせると思う。リミナ、協力してもらえる?」
「はい」
リミナは応じると彼女へ駆け寄り、結界突破の準備を始めた。俺は二人から距離を置くと、セシルとノディへ目を向ける。
両者は無言でロサナ達の行動を見ている……いや、時折セシルは後方を確認しているな。
「この遺跡に、何があると思う?」
ふいにノディが問い掛ける。それに俺はしばし考え、
「今まで手つかずだったわけだろ? 何があってもおかしくないな」
「ロサナさんの言う通り、魔物だっているだろうな」
セシルが続けて述べる。俺は小さく頷き……シュウのことを思い浮かべる。
魔に心を侵食された英雄……そして英雄アレスを殺し、こうした遺跡にも何らかの目的で足を踏み入れている――
そこで、一つ気付いた。
「……そういえば、シュウさんは英雄アレスと共にドラゴンの聖域を訪れた。結果、彼は秘宝を手にしたよな?」
「直接明言していたかどうかはわからないけど、聖域になかった以上そうだろうね。それがどうかした?」
「いや、単純にそういう強力な魔法の道具を集めて、何をするのかと思ったんだ」
「それがわからないから、魔王側とかも警戒しているんじゃないの?」
「それもそうか」
結局、話は堂々巡りか……この問題が果たして解決するのかどうか。
会話の間に、ロサナ達の魔法が発動した。視線を向けると壁面にヒビが入り始め、
光となった――どうやらこの壁は魔力によって形作られたものらしい。
そして奥には一本の通路。トンネルのようになっており、大人が二、三人並んで歩ける程度。
「さて、ここからが遺跡調査となるわけだけど……」
セシルが語った直後、音が聞こえた。それは風の音のようにも、あるいは何かの呻き声のようにも聞こえた。
「セシル、覚悟はいい?」
ノディが茶化すように問い掛ける。するとセシルは心外とでもいう風に、
「言っておくけど、ビビッてなんかいないよ?」
「それはどうかな?」
「何だよ、やるのか?」
「何よ」
「……何でそんな会話を発端にして喧嘩になるんだよ」
俺は脱力したい衝動を抑えながら二人へ言及。
「悪いけど喧嘩は後でやってくれ……セシル」
「ああ、わかったよ」
セシルはまだ言い足りない様子だったが先んじて通路に入った。続いて俺が入り、ノディ、ロサナ、リミナと続く。
罠を警戒してみるが……周囲に目立った魔力は感じられない。物理的なものだってありそうなものだが、それもなく俺達は通路を抜けた。そこは――
「景色が一変したね」
セシルが言う。言葉通り、これまでは岩を中心に構成していたのだが、今度は突如石造りに変わった。
通路は左右に伸びており、天井も中々高い……さらに張りつめた空気が生じており まったくと言っていいほど音がない。
「僕達の声が異様に響くな」
セシルが声を上げると反響する……何だか小声で話したくなるような気分になる。
で、肝心のモンスターだが……先ほど声がしたと思ったけど、あれは風の音だったのか?
気配を探ってみると、魔力は感じられるのだが……これが果たしてモンスターの気配なのか、それとも単なる魔法の道具によるものなのか。
「さて、どう進む?」
セシルが問う。彼は首を左右に動かし、
「さすがにこの人数で二手に分かれるのはまずいだろ?」
「俺達では判断しようもないし、ひとまず適当に進むしかないだろうな」
俺の言葉にセシルは「そうだね」と同意。続けてノディも首肯し、ロサナやリミナも同様の気配。
なので、とりあえず俺は右を指示してセシルは動き出す。声だけでなく靴音だって気持ち悪いくらいに響き、変な緊張が生まれる。
「罠の一つもないというのが、恐ろしい程不気味だな」
ふいにセシルが呟くと、それに応じたのはロサナ。
「ここはモンスターを収容する拠点の可能性が高いし、必要なかったんじゃないかしら」
「拠点?」
問いは、リミナからもたらされる。ロサナは彼女に頷き、
「言ってみれば、ここは魔族の配下などを押し込んでおくための場所だったということ。それは事前の資料で推測できた……元々モンスターを大量に置いておく場所だったわけだから、罠の必要性もなかったんじゃないかしら」
ロサナはそこまで言うと、一度通路を見回す。それに対し、言及したのはノディだった。
「拠点、ねぇ……でも単なる拠点だとすると、シュウ達が狙う理由やここを封印する理由がないような気がするけど」
彼女の言葉に、ロサナは「確かに」と一度は同意したが、
「けど、ここを管理していた魔族は結界を張った……その事実こそ、この遺跡に何かがあるという証明になると思う」
「確かに、そうかもしれないけど……なんだか、根拠が弱い気も」
「まあね。けれど、だからといって放置しておいてシュウ達にこの遺跡にある何かが渡ってしまうのはまずい。だからこそ、今私達が調査を行うことにしたのであって――」
そこまで言った時、正面から明らかな魔力が生じた。視線を転じると、明かりの届かない場所に気配は存在し、
「お出まし、というわけだね」
セシルが剣を構え告げる――同時に俺達は全員戦闘態勢に入った。