洞窟調査
以前この山を訪れたのは異世界に来て二日目。右も左もわからないような状況であったため、混乱しながら登ったのが記憶に残っている。
今はどうかというと……率直な感想を述べると、記憶していたよりもずいぶん進みやすそうな山だと思った。体がこの世界に慣れ、さらに旅にも慣れたためなのだろうと俺は心の中で思いつつ……フロディアの言葉を聞いた。
「魔法使い達は噴火しても大丈夫な距離を保っている……君達も火山の動向だけは注意を払いつつ、もし危ないと判断したならその腕輪に封じ込められた魔法を使ってくれ」
フロディアの言葉に、俺は右手首に身に着けられた革製のブレスレットに視線を移す。彼が用意したのは緊急転移用の魔法が封じ込められた物。使い捨ての物なのだが、これはかなり心強い。
「噴火の兆候が見られ始めてまだそれほど経っていないため、君達が入り込んでいる間は大丈夫だとは思うけど……危険を感じたら、すぐに戻ってくるように」
「はい」
俺が返事をするとフロディアは俺達に背を向ける。
「私は周辺の魔法使い達と共に監視にあたる……援軍の騎士もそれほど経たずして到着するだろうけど、レン君達は先発隊として調査を頼む。もし魔族が来たのなら、どうにか報告を行うようにするよ」
言い残して立ち去り……そして、俺達だけが残ることとなった。
「とはいえ……厄介なことに変わりはないな」
セシルが言う。彼は闘技場と同様サーコートを羽織っている姿であり、こんな場所でも威風堂々という様子。
残る面々も闘技大会時と変わらない様子だったのだが……周囲の雰囲気が違うだけでずいぶんと違って見えるのが不思議だ。
「さて、目的地はリミナ達が知っているみたいだから、案内してもらえる?」
「はい」
ロサナの言葉にリミナは承諾し、指で示しつつ移動を開始した。
周辺は、ひどく静か……火山の影響など何もないんじゃないかというくらい、ひどく静か……いや、この場合は動物の鳴き声なども耳に入らないため、逆に噴火の兆候が現れているとでも言えばいいのか――
「動物の声さえも聞こえないね」
俺と同じことを思ったノディが口を開くと、返答はロサナから来た。
「火山の影響って思いがちになるけど、実際は魔法の影響じゃないかしら」
「魔法?」
「魔族を捕捉するためか、結構強力な魔法が張られている……大気中の魔力と同化しているからわかりにくいけど、ね」
なるほど……それによってここに魔族が来ているのかなどを捕捉するというわけか。
フロディアに任せていれば大丈夫だろうと思いつつ……山を登る。目的地は以前ここに住んでいたドラゴンの親子を説得するために訪れた洞窟……程なくして、見覚えのある鉄扉が出現。
「ここです」
「ひとまず入口周辺に怪しい魔力はないわね」
ロサナは言うと、一度俺達へ首を向けた。
「ここからの編成だけど、狭い室内を進むわけだから、隊列を決めておきましょうか」
「なら、後衛は私が」
手を上げたのはリミナ。
「魔法による援護と……後方からの警戒をします」
「なら、私がその前に……セシルはどうする?」
「僕が先頭に出ようか。その後ろをレン、頼む」
「私は?」
名前が挙げられないノディが言うと、ロサナが説明。
「臨機応変に対応できる、真ん中で」
「本来は騎士として私が皆を守る必要があると思うんだけど」
「治癒魔法も使えるし、いざという時の備えということでお願い」
ロサナの言葉にノディはしばし黙し……やがて「わかった」と答えた。
それから俺達は中へ侵入。中は真っ暗だったのでリミナが後方から明かりを使用し、次いでロサナがセシルの前方を照らすように明かりを生み出した。
で、通路を進むのだが……いくらか地震なども起きているはずだが、中は前とまったく姿を変えていない。しばらくすると広い空間に出るはずなのだが……考えていると、そこに出た。
開けた殺風景な空間……の、はず。やはりここも真っ暗で、全体を見回すことができない。
「私達が訪れたのはここまでですね」
「なるほど、それじゃあここからは詳しく調べないといけないわね」
ロサナは言うと、俺達へ言い聞かせるように説明した。
「ここのドラゴンが存在していた理由は色々と変化したようだけど……原初の理由は、魔族が生み出した要塞の様子を見守るという役目もあった。いつしかそれが形骸化し……今まさに、要塞が姿を現そうとしている」
「その入り口が、ここのどこかにあるということか?」
「私が聞いた話だと、そういうことみたい。けど魔族の遺跡に通じる道は基本隠されていて、ここで暮らしていたドラゴンの大半もその存在を忘れていたくらいなのだそうだけど」
「平和になった証拠、といった感じかな」
セシルがコメント。魔族の影響がないからこそ役目を全うする必要がなくなった、と言えばいいのだろうか。
けど、火山活動により要塞の封印が解かれようとしている……俺は息を漏らしつつ、ロサナへ尋ねた。
「ひとまず、ここから繋がっている場所を調べるわけだな」
「ええ……ちなみにここってモンスターは出るの? 気配的に出そうだけど」
「以前、出現していたな……アシッドスライムだったけど」
「そのレベルなら問題なさそうね。それじゃあ、調べましょうか」
ロサナの言葉に従い、俺達は行動を開始した。
で、俺達はここで暮らしていたマーシャの家を訪れる……当然荷物などは持ち去っているのでここには何もないのだが、さすがに家具は無理だったので置きっぱなしになっている。
一応、最後に暮らしていたドラゴンということで彼女にも話を聞いたらしいが……彼女自身、事の詳細を知らなかったそうだ。彼女は自らの意志でこの場所に留まっていたが、それも役目とは関係なくなっていたようだ。
まあ下手に事情を知っていると魔族に狙われる可能性もありそうなので、結果としては良いのかもしれない。
「怪しそうな場所はありませんね」
共に調べるリミナが断定。俺は首肯しつつ、部屋の外へ出るべく足を向けた。
「ひとまず、別所も回ってみよう」
「はい……しかし、これは時間がかかりそうです」
「まったくだな……ま、ここは初心に帰り、最初遺跡調査を行った時くらいの気持ちでいよう」
「はい」
俺の言葉にリミナは返事し、同時に外に出た。広間はロサナが生み出した大きな光によって照らされ、見回せるくらいにはなっていた。
他のメンバーはまだ調べているのか広間にはいないのだが……少し待ってみることにしよう。
「……まさか、ここに戻って来るとは思ってもみませんでした」
リミナが呟く。それには俺も同意だと思いつつ、
「でも、思い出とかはないよなぁ」
「そうですね……しかし、今思えば現在の勇者様との旅はこれが初めてだったのですよね」
「ああ……そういえば今になって言うけど、リミナがドラゴンという単語を言い掛けた時、俺はてっきりドラゴンを退治しに行くのだと思って心底焦った」
「そうだったんですか……確かに言われてみますと、説明した時慌てていた様子でしたね」
「あ、隠しきれていなかったか」
「記憶喪失だと聞いていたので、何か別の要因かと思い言及しなかったんですよね」
「……あの時きちんと聞いていたら、慌てなくて良かったんだよな」
呟きつつ俺が視線を転じた時……セシルとノディが出てきた。なんだか小言を言い争っているような様子だったが……何も言うまい。
で、最後に別の場所からロサナが出てきて、俺達を発見すると手招きした。ん、見つかったのか?
「行きましょう」
リミナが言う。俺は追随し歩き出し……またセシル達もその様子に気付きロサナへと近づいた。