闇夜の戦い
場所は一階の廊下――それも、食堂に続く途中だった。廊下には至る所に魔法の照明が灯り、多少なりとも視界が効く。これは幸いだった。
近づくと武器同士が震える、金属音が聞こえ始めた。俺は剣を抜きクラリスも杖を握り締め戦闘態勢に入る。
そして当該の場所――倉庫か何かに使われている一室に辿り着いた時、兵士が突き飛ばされ襲撃者が廊下に踏み込もうとしていた。
「やあっ!」
即座に反応したのはクラリス。扉を抜けようとする襲撃者に対し、刺突を放つ。牽制的な意味合いで放ったと思われるその一撃に、襲撃者は退いた。
部屋の中で相手は立ち止まり、俺達と相対する。獲物である短剣を逆手に構え、全身黒ずくめの姿を俺達にしかと見せる。
黒服に短剣――俺は王子やルファーツの言っていた黒衣の戦士を連想した――が、なんだか違う気もする。
以前遭遇した『彼』のような気配は感じられない。先ほど戦ったあの襲撃者より、やや強いかもしれない、という程度の印象。
考える間に、襲撃者が突撃を敢行する。俺は一瞬クラリスに視線を移し――彼女が小さく頷いた瞬間、視線を戻し相手に剣を放つ。
俺の剣戟を襲撃者は身を捻り避けたが、今度はクラリスの攻撃が繰り出される。相手はたまらず後方に跳び、部屋の中央に戻り俺達を警戒する。
阿吽の呼吸というわけではないが――俺はクラリスの視線から「部屋から出すな」という指示を受け取った。それは間違いなかったようで、彼女は俺を一瞥し一度頷いた。
開かれた扉越しに俺達と襲撃者は対峙する。よくよく見ると、部屋の奥の窓が開かれている。扉が開いていた――いや、この場合開錠の魔法とかを使って侵入したのだろうか。
「――来る」
クラリスが言葉を発する。同時に襲撃者が駆けた。短剣を構え、再度突破を試みる。
とはいえ、相手の獲物は短剣――剣を振りかざすと間合いに踏み込めず後退した。さらには二対一という状況である以上、不利は否めないはず。
「――っ」
部屋の中で短く、襲撃者が何事か呟いた気がした。俺は同時に暗がりながら、目を僅かに細めた相手を気配を探ってみる。
そこで至ったのは、違うという感想。武装は似通っているが『彼』のような力は持っていない――無論、アークシェイドの構成員全てがああした雰囲気を持っているかどうかわからない。けれど王子達が警戒する以上、この程度の力量ではないはず。
「来るよ」
再度クラリスの声。彼女は動きを察知できる。やはり――
襲撃者が短剣をかざす。今までよりも強く足を踏み込み、廊下へ一気に出た。多少の傷を負ってでもという様子が透けて見える。
それに対抗したのは俺。先ほどの戦闘を思い出し魔力を込め、剣を横に一閃する。襲撃者はそれを短剣で受け流そうとする。
「ぐっ!?」
金属音と同時に聞こえたのは、襲撃者の苦悶の声、弾いた結果、俺に押し切られてたたらを踏む。
続けざまにクラリスの援護が入る。横手に回り腰目掛けて刺突を放ち、
「――がっ!」
見事に直撃する。横手に吹っ飛ばされた襲撃者は声を発しつつ、廊下に倒れ込んだ。
「やったのか?」
「ええ」
クラリスは即座に答えると、構えを崩す。
「私の一撃を受ければ、こんなものよ」
「……その口上だと、単に杖をぶつけているだけじゃなさそうだな」
「当たり前でしょ。この細腕で、こんな綺麗に吹っ飛ばせないでしょ?」
「確かに」
多くは聞かなかったが、魔法による強化だろうと見当をつけた。
「で、これで終わりなのか?」
俺は呟きつつ周囲を見ると、傍らに兵士が座り込んでいた。彼は目が合うと、慌てて立ち上がり礼を述べる。
「た、助かりました……」
「いえ……それで、襲撃はこれだけ?」
「別所からも来ましたが、そちらは追い払いました」
兵士の声に、俺は開け放たれた部屋を見る。
「……クラリス。あの窓は魔法で開錠されたのかな?」
「どう、だろうね」
クラリスもまた窓を見やりながら答える。
「簡単な構造だから、鍵を動作させるくらいは簡単にできるけど……」
言って、彼女は気絶する襲撃者を見る。
「この人が魔法を使えるかどうかで変わって来るわね」
「戦闘では一切その片鱗は見せなかったな」
応じつつ、改めて黒衣の戦士とは違うと断定する。王子達が警戒する相手がこれほど簡単なはずがない。
「クラリス、見回りをするか」
俺は話を変え、彼女に提案を行う。
「いいわよ。どこをどう回る?」
「そうだな……」
思案し、俺は兵士に目を向ける。
「警備のシフトとかはどうなっていますか?」
問うと、彼はすぐに理解したのか俺に解説した。
「ここから先の食堂は人がいますから、戦っていれば気付くはずです。警戒するなら、ここから反対側が」
「そっちは何が?」
「舞踏場です」
なるほど。屋敷に人を招いた時に使われる施設か。
「わかりました。俺達はそちらの確認を」
「お願いします」
兵士は一礼し、襲撃者のいた部屋に入る。そして鍵を閉めたのを確認すると、歩き出した。
「長い夜になりそうね」
クラリスが言う。俺はしかと同意しつつ、無言で足を動かす。
玄関ホールを抜け、右方向へ。構造的には同じだったが、こちらは客人が出入りするためか、心なしか綺麗な気がする。
角を曲がり、さらに進む。兵士の姿は見受けられないので、他の場所を見回っているのだと推測する。
何事もなく舞踏場に到達する。目の前には赤い両開きの扉。俺がノブに手を掛けゆっくりと押すと――鍵は掛かっておらず開き、中が見える。
この部屋だけは照明はなく暗闇に閉ざされていた。けれど左サイドの縦に長い窓から月明かりが差し込み、おぼろげながら部屋の輪郭が見える。食堂と同じくらいか、それ以上の空間が広がっていた。
そして正面――舞台上があるその手前に、漆黒が見える。さらに言えば、そこから異様な気配が漂ってくる。
「……レン」
「わかっている」
即座に答えた。目を凝らすと、暗闇に慣れてきたためその姿が見える。
全身黒ずくめの人物が、自然体で佇んでいる。たったそれだけなのだが、俺はごくりとつばを飲み込む。
「……奴だな」
「ええ」
主語の無い会話――わかり切っていたためだ。目の前にいる存在は、明らかに先ほどの襲撃者とは違う。
「なぜこんな所にいるか、語ってもらおうか」
試しに声を発してみた。けれど一切反応が無い。
「……なるほどな。気味が悪い」
俺は少し間を置いて呟く。王子が目的を知りたいと願っていた理由が今はっきりとわかる。
目の前の敵は、俺達が来ることを足音から予期していたはず。けれど隠れることもせず、奇襲すら仕掛けず、黙ってこちらを見据えるだけ。異様極まりない。
俺は一度息を吸う。呼吸を整え、しかと相手を見据える。
「行くか」
「ええ」
緊張を帯びた会話。武器を構えつつ――さらに他に敵がいないか注意しつつ、舞踏場に入る。
その瞬間、ゆらりと襲撃者が動く。来る――クラリスの声を聞かずとも、理解できた。
刹那、襲撃者が跳び――戦闘が始まった。