動き出す――
「リミナの毒を治療した時の話だ」
俺の言葉に、レンは思い出したように頷いた。
「ああ、そのことか……想像はつくよ。なぜ助けたかだろ?」
「そうだ。リミナの話から考えると、どうもリミナの言葉に触発されたように思えるんだが」
「正解だよ……俺は、リミナの言葉によって助けようと思った」
「誰かに、同じようなことを言われたのか?」
「大体想像はつくと思うけど……ティルデさんだ」
「なぜ、そんなことを?」
俺の問い掛けに、レンは一度目を逸らす。
「……報いというのは、ティルデさん自身あの戦争で魔王と戦うために色々なものを犠牲にしたからだと語っていた。それ以上、詳しくは言わなかったけど……きっと、とても辛いことで話したくなかったんだと思う」
「犠牲……か。戦争について、詳しくは聞いていないのか?」
「ああ……けど、あの戦争に対し悔いていたのは間違いない。それ以上のことは、闇の中だ」
「そっか……」
今後、魔王との戦いについても調べる必要が出てくるかもしれない……俺はそう心の中で思いつつ、さらにレンへ質問した。
「レン……リミナに何か伝えることとかあるか?」
「リミナに?」
「ああ。彼女もレンのことを気にしていたから」
「そうか……まあ、当然か」
彼はどこか悔いるような表情を示す。
「思えば、リミナに多大な迷惑を掛けたな」
「俺も、そう思う」
「従士なのだから当然……なんてレベルでもないな」
苦笑した彼は、一度地面に目を向け、
「……俺の方は大丈夫ということを伝えてくれ」
「それだけでいいのか?」
「そうだな……それじゃあ、もう一つ」
次に顔を上げた時……彼は、優しい笑みを向けていた。
「リミナが従士だったこと、感謝していると」
「……わかった」
頷いた瞬間、俺は徐々に意識が遠のいていくような気がした。もうあまり時間もなさそうだ。
「……レン」
「尋ねなくてもわかるよ……また、夢の中で会話することを約束する」
「ありがとう……そっちの近況とかも、いずれ聞かせてくれ」
「今は訊かないのか?」
「今喋られてしまうと……色々考えると思うから」
「わかった……蓮」
そして最後に彼は言う。
「本当に、ありがとう――」
その言葉と共に、俺は目覚めた。
食堂で朝食をとった後、俺はリミナと一緒に屋敷二階のテラスへと赴いた。廊下から外に出ることのできるこの場所は、木々で周囲が覆われていながら下にある庭園などを見回すことができるため、景観もそれなりだった。
そして、俺はリミナにレンと出会ったことや、伝言を伝えた――すると、
「そうですか……感謝を」
「色々と助かったとも言っていた」
「良かったです。重しになっていなくて」
笑みを浮かべたリミナは、安堵した表情を見せた。一連の所作を見て、俺はふと疑問を感じる。
「なあ、リミナ……答えなくてもいいんだけど」
「はい、何でしょうか?」
聞き返した彼女に対し――俺は、口をつぐんだ。
今一瞬、勇者レンのことをどう思っているかを訊こうとしたのだが……それは、さすがにという気持ちによって、口が止まった。
「……いや、やっぱりいいよ」
「気になります」
「個人的なことだし――」
「私が、勇者様をどう思っているかですか?」
逆に問い返され……俺は、沈黙した。
「色々なことがありましたから、正直私自身気持ちの整理もついていませんし、なおかつ魔王との戦いもある以上、考える時間も無さそうです。けれど」
と、リミナは俺に目をやり、
「……私は、勇者様のために戦うという事実は、変わりません」
「……そうか」
別に、核心的な内容を聞きたいがために尋ねようとしたわけではなかった。だからその言葉で、十分だった。
とりあえず、レンとも会えたし……ここでやるべきだった事というのは、これで全てかもしれない。後他にできることは……考えていると、俺は上空に旋回する鳥を見つけた。
「……あれは」
小さく呟くと、今度はリミナが声を上げる。
「おそらく、伝令の……」
「何かあったということか?」
リミナの魔法によりいつでも戻ることはできる……鳥はやがて俺達の姿を認めたか徐々に下降を始めた。
そしてテラスの枠へと下りたつ――瞬間、
『ここが、レン君の言っていた屋敷か』
鳥から、フロディアの声が聞こえてきた。鳥からは魔力が感じられる……おそらく疑似的な生物なのだろう。
「フロディアさん……何かあったんですか?」
鳥に問い掛けると――フロディアはすぐに答えた。
『ちょっと動きがあったんだよ……同時に、確証を得られたわけではないが、闘技大会におけるラキ達の行動理由も推測できた』
行動理由……!? やはり目的があったのだと今更ながら思うと共に、俺は告げた。
「すぐに戻った方がいいですか?」
『できれば、そうしてもらえると助かる』
「わかった……リミナもいいよな?」
「はい」
「フロディアさん、俺達は戻ります」
『わかった……ただ、当分そこへは来れなくなると思うから、別れの挨拶だけはきちんとするんだよ』
「当然ですよ……けど、その口ぶりは――」
一度戻るとここに来るのは難しいというより、何か大きな事があるから来れないというニュアンスにも聞こえるのだが――
『そういうことだ……現在、魔王側も動いている』
「そんな悠長でいいんですか?」
『まだこちらが慌てるようなレベルではないよ。あくまで動き出した……というより、まだ時間がかかるといった方が良いかもしれない』
時間がかかる……? 首を傾げる他なかったが、とりあえずフロディアの言葉に了承する。
「わかりました」
『では、屋敷で――』
語ると鳥は飛び立った。見送る俺とリミナはしばし空を眺め……やがて互いに視線を交わし、
「どうやら、いよいよかもしれないな……」
「ですね」
リミナも緊張した面持ちで答える。これから、決戦が始まる……そうした予感が俺の中にも生まれた。
「とりあえず、レイナさんに言わないと」
「はい」
俺達はレイナを探し始めた。彼女は食堂で後片付けを終えたところであり、近寄ると出発する旨を伝える。
「……そう、ずいぶんと性急みたいね」
「はい、申し訳ありませんが……」
「わかった。けど、一つ約束して」
「ここに、また来るということですよね?」
「うん……闘技大会覇者であることは伝えておくから、今度時間が空いた時に訪れて、村の人達の宴会に付き合ってあげてね」
笑みを伴った彼女の発言に……俺は「はい」と承諾した。
それから村の人達に挨拶も言わず俺達は旅立つ準備を始める。ここまで長距離だと詠唱などがいるらしく、リミナが転移魔法の準備を進める……その間に、俺は屋敷を見上げた。
夢の中で何度も見ていた場所……今ようやくティルデ達のその後とレンと出会うことができた。無論謎はまだ残っており、それはラキ達との戦いを通して理解することになるのかもしれない。
そして、魔王――新たな魔王もまた動き出している。戦いは、さらに険しいものへと変じていくだろう。
「勇者様」
準備を終えたリミナが告げる。俺は小さく頷き、
「それじゃあ、行くとしようか」
「はい……」
リミナは答えた後、俺と同じように屋敷を眺める。
「また……ここに来るときは、全てが解決した時でしょうね」
「そういうことだな……その時はきっと、全ての戦いが終わっていると思う」
「……必ず、また来ましょうね」
それは生き残ろうというリミナの言葉……もちろん俺は、深く頷いた。
「ああ、もちろんだ」
「はい、では――」
リミナの魔法により、俺達はベルファトラスへと戻る――こうして、俺達は一つの旅を終えることとなった。




