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星渡り

 純粋な――俺が沈黙していると、レンは苦笑した。


「アキさんのケースは、余程のことなんじゃないかと思うよ……おそらくこちらの世界にいたアキさんは文献を読んで、好奇心からそういう感情を持ったのだと思う」

「……レンの場合はどうなんだ?」


 なぜ逃れたいのか――シュウの場合は容易に想像できる。魔王との戦いに加わることを期待され、逃れたい一心で魔法を使用した。けど、レンは――


「順に説明するよ」


 レンは言うと、改めて俺へ口を開いた。


「俺はこの村に辿り着く前に住んでいた村などを経由し、国外に出た。それからラキに勝つため、武者修行を始めた。理由はわからないが、最後に剣を合わせた時隔絶とした差が開いていた……だからこそ、俺は強くならなければならないと思い、モンスター相手に剣を振った」


 レンはそこまで語ると、一度俯いた。


「同時に、アレスさんを探した……ティルデさんが亡くなって以後、あの人の姿は見えなかったから……報告をしなければならないと思って」

「……場合によっては、英雄アレスと共にラキを?」

「そういう感情が少なからずあったことは認めるよ。けど、どうするかは相談して決めるつもりだった」

「……そういえば、英雄アレスはなぜ旅を?」

「自身に剣を教えた人に会いに行くとは言っていたけど、それは口実なんじゃないかな」

「口実?」

「もしかすると弱っていくティルデさんを見て、色々と模索していたのかもしれない。実際、アレスさんは色々とティルデさんを治療する魔法の道具なんかを持ち帰っていたから」

「その旅も、同じようにってことか?」

「無論、それだけではないと思う……英雄ザンウィスに勇者の試練を行うよう依頼をしたこともあるからね」


 あ、そうか……俺は自分が関わった勇者の試練を思い出す。


「ああして色々と行動していたことを考えるに……アレスさんは、勇者の候補を探していたのかもしれない」

「……それはつまり、魔王が復活するというのを察して?」

「どうだろう……けど、何かしら思う所はあったんだと思う。でなければ、ああして試練を作るなんてしなかっただろうしさ」


 確かに……とするとアレスはラキがああなると知っていたのか? いや、もしくは他の要因があったのか――どちらにせよ、真意を聞くことはもうできない。


「それに、まだ謎の部分もある」


 レンはなおも語る……その表情は、どこか険しい。


「アレスさんはなぜ、ドラゴンの聖域に足を踏み入れたのか……そしてその場に英雄シュウもいて……そこが気にかかる」

「シュウさんは、英雄アレスが隠し事をしていると言っていたな」


 聖剣護衛の時の戦いを思い出しつつ、俺は言う。それにレンは頷き、


「今は推測しかできないし、アレスさんの行動が全てその隠し事に直結するのかもわからない。けれど言わせてもらうと、アレスさんはドラゴンの秘宝を求めた……その魔力を用いてティルデさんの難病を解決しようとしていたのかもしれない」

「難病を?」

「魔法で強化すれば体の維持というのも十分可能だったはずだからね……英雄シュウはそうしたことに身を落としたために、アレスさんを殺したのかもしれない」

「そうだな……ごめん、脱線した。話を進めてくれ」

「ああ、いいよ」


 レンは承諾し、俺へ自身のことを伝え始める。


「とにかく、俺は二つの目的を携え旅をし続けた……リミナと出会ったのもこの中で、だ。彼女は押し掛け従士となり、俺は仕方なく彼女の同行を許可した……今思えば」


 と、レンは一度言葉を切る。


「彼女の存在が……俺をギリギリのレベルで繋ぎ止めていたと、言えるのかもしれない」

「……え?」


 繋ぎ止める? 首を傾げるとレンは一度白い世界を見回した。


「俺は、心の内ではわかっていたんだよ。ラキには勝てないと……どれだけ修練を重ねても、俺では絶対に勝てないんじゃないかと」

「それは……」


 違う――と言おうとして、レンは首を左右に振った。


「俺はラキと遭遇すれば、エルザのことを考え我を忘れて剣を振っていただろう。感情的になればラキに利するとわかっていても、それを止めることはできないと思った。つまり、それだけ俺の心には憎悪が満ちていた」

「それが、勝てないと思った理由なのか?」

「そうだ。復讐心を抱き剣を振る度に、俺は逆に弱くなっているとさえ思った。ラキを倒すために武者修行に出たというのは、半ば口実だったのかもしれない。旅をする内に俺は剣の訓練もほとんどやらなくなり、次第に持ち得る能力と魔法を使、力押しによって悪魔を吹き飛ばすくらいのことしかやらなくなった」


 彼は俺と視線を合わせる。どこか自嘲的な笑み。


「リミナから話は聞いただろ? 俺はああして目の前にある存在を、ただ力で叩き伏せていただけだった。リミナが従士として加わって以後、危ない場面も何度かあった。だから俺はきっと、リミナと出会わなければ死んでいたのだと思う」


 彼の言葉は、ひどく重い。


「やがて……俺は、ラキや自分の胸にある復讐心に恐怖するようになった。叶えることのできない復讐……そして時が経てば忘れるなんて嘘だった。日に日に増す憎悪……次第に俺は周りが全て敵に見え始めた。そしてラキを殺すためには、全てを捨て去り捨て身で挑まなければならないという考えにまで至った……」


 遠い目。俺はレンが、泣きそうな表情になっているようにも見えた。


「そういう考えのもとで、俺はリミナさえも殺めそうになったことがある……そんな馬鹿なことをしても無意味なのはわかっていたし、衝動がおさまった後自己嫌悪にも陥ったよ。けど、復讐心から思考が退廃的になり、俺はいずれ自分が狂うんじゃないかと思い始めた」

「……だから、魔法を?」


 問い掛けに、レンはしっかりと頷いた。


「復讐心は消えない……そして誰かを殺してしまうのならと思い……この世界から逃げ出したくなった。きっと、そうした思考の果てに生まれる最初の犠牲者はリミナになってしまう……俺は、そんなことをしたくはなかったよ。けど、心がおかしくなっていくのを悟り、歯止めがきかなくなるのは時間の問題だと思い……そこで、『星渡り』の魔法を思い出した」


 突拍子もない考えだと俺は思った……けれどそうした思考の果てに、今の状況が存在する。


「そして俺はリミナと共に仕事をやっていた時……ふいにそれを実行しようと思った。今思えば、わけのわからない精神状態だったよ……おかしいだろ?」


 同意を求める言葉。けれど、俺は答えられなかった。


「リミナが気付かなかったのは、きっと俺の演技が上手かったからだと思う。だけど、俺は旅の途上で限界だと悟った。そして小さい頃に憶えていた『星渡り』の魔法を使い、意識を飛ばし――」

「俺と、入れ替わった」


 言葉に、レンは頷いた。


「その後は、あまりに変わってしまった世界に戸惑い、俺は必死で順応した。元の世界に帰る方法を模索しつつ、夢を通して蓮のことを見続け……ラキを見た時も、何も思わなくなっていたよ。そして嫉妬したというのは、先も言った通りだ」

「レン……」


 名を呼ぶと、彼は笑みを浮かべ――そこで俺は、


「……一つ、訊きたいことがある」


 彼に、口を開いた。


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