これまでの事
その日、俺達は屋敷で一泊させてもらうこととなり、夕食などの手伝いなんかもすることになった。
俺のことを聞きつけた村人が数人やって来たりもしたのだが、全てレイナが対応し、結局関わることがなかった……彼女の話によると、捕まると間違いなく一晩中色々と付き合わされることになるからだそうだ。
俺もそれは勘弁願いたかったので、とりあえず対応は彼女にお願いして、空いた時間を使って屋敷の中を散歩したりもした。夢の中である程度構造がわかっていたのでそれほど迷うこともなく見て回ることができ……ふと、書斎の扉が目に付いた。
なんとなく開けてみる。中はピンと張りつめた空気が漂い、歩き出す俺の足音だけが室内に響く。何気なく並ぶ背表紙に視線を送ってみると、魔法に関する書物だとわかった。
おそらくティルデが読んでいたものなのだろう……もしかすると魔法関係で関わっていた貴族などと協力し、魔王と戦ったのかもしれない。
そうして屋敷を歩き回る内に、やがて夕食の時間を迎え、俺達三人は食堂で食べた。その時聞いたこととしては、勇者レンがこの村を出ていく時のことだった。
「エルザ様が死に……レン君は、ラキ君を恨み衝動的に村を出て行った。噂で勇者をやっていると知り、アレス様の剣技を持っている以上大丈夫だと思いつつも、もしラキ君と出会ったら……そう思うと不安だった」
「実際、会ってはいます」
俺が告げる。レイナは驚いた表情を見せ、
「その時……どうなったかわかる?」
「ラキと出会った時点で、意識は俺に移っていたので……」
「あ、そういうことなの」
「でも、一定の決着はつきました……あくまで、形だけですけど」
「闘技大会決勝、か」
笑みを浮かべるレイナ。その瞳は、どこか誇らしげなものだった。
「……けど、本来はこれ、勇者レン本人がやるべきことだったんですよね」
「きっと彼も納得していると思う」
レイナの言葉。合っているかどうかわからなかったが……俺は、話を進める。
「それでですけど……レイナさんは旅立つ時のレンを見て懸念を抱いていたと仰っていましたが」
「復讐に捕らわれ、心が壊れていないか心配だったのよ。あの時は本当に、村の人が怯えるくらいのものだったから」
相当なレベルだったようだ……俺は「わかりました」と答え、話を切った。
ここまでの情報で謎が解明できたわけでもなく、レンが『星渡り』を使用した経緯なども見えてこない。レイナが魔法を知っていた以上、レンが知っていてもおかしくはない。けれど、理由については一切見えてこない。
やはり、レン自身に訊かなければならないのだろう……結局ここまで来てわかったのはティルデのことくらいだろうか。無駄足というわけではないが、もう少し何かつかめないことには帰れないと思う。
そして……俺はレイナに視線を送る。ラキのことについては、まだ話していない。さすがに魔王云々の件を話すのは躊躇われたというのもあるし、騒動になるのもまずいと思ったから。
それを話したら一体どうなるのか……けれど彼女の様子から考えれば、それを伝えることはタブーである気がする。
もっと……せめてどういう経緯でラキがそうなってしまったのかくらいは解明した上で、伝えるべきだと思う。
「さて、レン君……で、いいのよね?」
「はい」
「ここは実質あなたの家だし、お隣に座る従士さんだってあなたと共に行動する仲間なわけだから、いくらでも滞在して構わない。けど、その様子だとまだやることがあるのよね?」
「はい。実は現在ちょっとした戦いに参加していて、今連絡が来てもおかしくない状況なんです」
「……それがどのようなものか、教えてもらうことはできる?」
ちょっとばかり不安を抱きレイナは問う――闘技大会覇者という名声も手に入れた俺が参加する戦い……大きなものではないかと思っているのだろう。
「その辺りはさすがに……ただ、一つだけ」
「何?」
「不安がるようなことはないですよ。魔王との戦いというわけではありませんし」
もし……もし戦火が拡大したのなら彼女の耳に入るかもしれない。けれど、今はまだ――
「……わかった」
レイナは了承し、話題が一つ終わった……俺の言葉に色々と思う所はあったようだが、ひとまず訊くことはやめにしたらしかった。
後は淡々と食事が進み、就寝することなった。俺はあてがわれた部屋に入ると、なんだか懐かしい気分に誘われる。
おそらくここは、レンが使用していた部屋――殺風景で棚にも物がロクに入っていないような場所だったが、それでも体から不思議な感情がこみあげてくる。
「……レン」
俺はふと名を呼ぶ。同時に明日以降どうするかを考える。この村を訪れエルザやティルデのことを知ることはできたのだが、それ以上のことはわかっていない。もう少し、この屋敷に滞在し情報を集めるべきか……そう考えつつ俺はベッドに視線を移す。
どうすれば、会えるのか――彼と出会っても、おそらくラキが凶行に至った真実を聞くことはないだろう。しかし、彼の口からどうしても色々と訊きたかった。
そういえば、レイナは『星渡り』に関する情報を知っていた……その辺りのことを訊こうかと思い一度部屋を出ようとした。
「……いや、明日でもいいか」
時間はあると思い踏みとどまる。色々と急いてしまう気持ちはあるのだが、焦ってはいけないと思う。
一度深呼吸をした後、俺は気を取り直し眠るべくベッドへと歩み寄る。街ならばもしかすると外にくり出すなどということもありそうだったが、あいにく村には酒場一つないだろう。まあきっと今からでも村に行けば手厚い歓待によって朝まで話し込むことになるのかもしれないが……とりあえず旅の疲れもあるし、明日に備え眠ることにした。
魔法の明かりを消し、部屋が真っ暗となる。月明かりが窓から降り注ぎ淡い青が寝ようとする俺の体に当たる。
そうして横になる。目をつぶれば睡魔が襲い――すぐに眠ることができた。
夢――そう認識した直後、俺はこれまでのことを振り返っていた。
今日のように眠り、気付けば異世界に辿り着いていた。わけもわからず勇者としてリミナと共に旅を始め、依頼をこなし遺跡へ入り……ラキと出会った。
そして、アークシェイドと関わることになった……そこで強くなろうと決意し、英雄ザンウィスが作り出した試練を受け、同時にセシルとも出会った。
やがて英雄シュウと出会い、リミナが毒を受け……英雄アレスが亡くなったという事実を知った。そして訓練と共にシュウ達と戦い続け……とうとう俺は、ラキを倒すまでに至った。
時間的には半年程度。けれど激動の半年であり、元の世界のことがかすんで感じられる程だった。
『星渡り』は意識を飛ばす魔法だから、こっちの世界にいたレンは向こうの世界にいる……彼は元気にやっているのだろうか。俺の方が文字なんかも読めたことから日常生活なんかは問題ないと思うのだが――
「……俺は」
ふと、帰りたいのか自問した。確かに未練があるのは事実。けれど、今はまだこちらの世界のことが気になる。
だから、この戦いが終わるまで――そう結論をつけた時、
自分が、立っていることに気付いた。
「あれ?」
声を出す。夢にしては異様に意識がはっきりし、なおかつ自分の意思で体を動かせる――
「やあ」
声。驚いて振り返ると、
「君にとっては……ようやく、といったところかな」
その人物を見て、俺は目を丸くした。
相手は――制服姿をした。自分自身だった。