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事件が起きた場所

 俺達は彼女の話を黙って聞き続ける……いよいよ、本題といったところだろうか。


「その後、アレス様はエルザ様を屋敷へ残し度々旅に出ることがあった……話によると、どうやら自身の剣を誰かに指導していたとのこと」

「英雄アレスが現れた噂というのは、そこから来ているわけですね」


 リミナが言うと、レイナは首肯する。


「そして、ある日……アレス様はとある子供をこの場所に連れてきた。どうも剣を学びたいという意向を示し、それに最終的に根負けした形だそうで……」


 彼女は語りながら俺を一瞥する。


「それが、レンだったと?」

「うん……その後、村の子供で剣を学びたいと申し出た人物が一人。それが、ラキ君」


 彼はこの村の出身者だったのか……どうやらあの中で俺だけ、特異な生い立ちを持っていたらしい。


「そこから、アレス様が屋敷を離れる頻度も減り始め、レン君などに剣を教える日々が始まった。さらに成長したエルザ様もその中に加わり……ある日まで、穏やかにこの屋敷で暮らしていた」

「……レンも、この屋敷に住んでいたんですか?」


 こちらが質問すると、レイナはすぐさま頷いた。


「レン君が来てからしばらくしてラキもこの屋敷で暮らすようになった……原因は、彼の両親が病死した事」

「病死……」

「元々、ラキ君の母親はあまり体の強い方ではなかったのだけれど……彼女が亡くなり、後を追うように父親も、ということ。その後ティルデ様が彼を屋敷に迎え入れた」

「そうですか……」


 俺とラキは複雑な事情を抱えているというわけか……考えていると、レイナはさらに話を進める。


「そして、転機が訪れる……それが、ティルデ様が亡くなられた事」

「それをきっかけにして……」


 俺はそこで言葉を飲み込んだ。それについて把握していると悟ったレイナは、小さく頷いた。


「……私がその場所を訪れた時、エルザ様は血を流し床に倒れ伏していた。物一つ言わず倒れていた様を見て、何が起こったのかは理解することができた」


 その光景を想像してか……レイナの目が、一瞬だけ細くなった。


「私は事後の現場を見ただけだから何も言えないのだけれど……レン君は、ラキ君がエルザ様を殺したのだと告げ、ここを出て行った」

「……その場所とは?」


 俺が訊くと、レイナはおもむろに立ち上がった。


「そうね……その場所についても、説明しておく必要があるわね」






 夢を見ていても屋敷の全てを理解することはできなかったため、この屋敷に地下室があることも初耳だった……が、あってもおかしくないとはなんとなく思った。


 廊下を進みながら説明を受ける。屋敷にはいくつか地下室があり、多くは食料を保存したりワインセラーがあったりしているのだが、その場所は魔法に関する実験をする場所だったらしい。


「ティルデ様は元々魔法の研究などもしていたから、屋敷の中で魔力が集まる場所というのも用意していたみたい……私はあまり触れたことのない領域だからなんとも言えないけど」

「レイナさんは、魔法使いではないのですか?」


 格好から想像していたと思しきリミナの質問。すると彼女は小さく笑う。


「こんな姿だからそう思うのも無理はないか……これは、以前エルザ様が着ていたおさがり。私は確かに村の外に出て勉学に励んだ時期もあったけど……医学的なものだったから」

「医学?」

「ええ。私は村を出て医学を学んでいた時期があった」


 頷いたレイナは、少しばかり表情を落とす。


「エルザ様がお生まれになって……しばらくしてから、少しずつティルデ様の体調が悪くなっていった。最初はそれほど大したこともなく過ごしていたのだけれど……改善することもなく少しずつ悪化していった。私も原因を探ろうと色々と模索したのだけれど……結局、実を結ぶことはなかった」


 そこまで語ると、彼女は息をついた。それに俺は問い掛ける。


「どういった病気だったのですか?」

「体自体にそれほど異常があるようには見られなかったのだけれど……結局、難病と言われるものだったのかもしれない」


 もう少し、力があれば――そういう心の声が聞こえてきた気がした。


 きっと、ティルデという女性は村の人から愛されていたのだろう。だからこそレイナのように救おうとする人物も出ていたし、ラキやレンもきっと、大好きだったに違いない。


「ここね」


 やがて、階段を下りた先に閉め切られら両開きの扉が一枚。魔法による照明があるため視界に不自由はなく、俺は何の気なしに扉に一歩近づいた。

 その時――突如、胸が締め付けられるような感触を覚える。反射的に立ち止まると、俺は自身の右手を胸に当てた。


「勇者様?」


 リミナが問い掛ける。それに俺は視線を返し、


「……体がその時の光景を憶えていて、反応したみたいだ」

「よほど強いトラウマだったのかもしれない」


 レイナが語る。俺は頷き返し、その扉に手を掛けた。

 ゆっくりと開く――中は真っ暗であり、リミナが明かりを生み出して部屋を照らす。


 そこは、ひどく殺風景な円形の部屋だった。何か特別な物が置かれているわけでも、陣が描かれているわけでもない。

 ただ、床には僅かながら処理しきれなかった染みがある――他には何もない、がらんどうの部屋だった。


 けれど、一つだけ気付いたことがある。これまで屋敷を見て回って魔力を感じることはなかった。しかし、ここにはそれが確かに存在する。


「実験、というのはどのようなことをしていたかお分かりになりますか?」


 リミナがレイナへと質問するが、彼女は首を左右に振った。


「さすがに、そこまでは……それに、アレス様が仰っていたことだけど、実験といってもあくまで魔法の研究という意味合いだったそうだから、危険なことはなかったとのことだけど……」


 言葉を濁すレイナ……結局、その辺りはティルデ本人だけが知るといったところなのだろうか。


「ただ、ティルデ様の魔法については、少なからずレン君も学んでいたはず」

「……え?」

「氷や雷の魔法を」


 そうか……よくよく考えてみれば、夢の中で英雄アレスから学んでいたのは剣術だけだった。確かに魔法について抜け落ちていたのだが……ティルデから、魔法を教えられたということなのか。


「それについては、夢の中で思い出せないんですけど……」

「もしかするとレン君自身も、ティルデ様については思う所があったのかもしれない」


 その辺りは、本人に訊かなければわからないということか……思いつつ視線を再度部屋へと戻す。


「ここで、エルザが……」

「ええ。その時は陣を組んでいたから、私の目にも何か魔法を使っていたように見えたのだけれど……」


 話す間に俺は目を凝らしてみる。さすがに魔力の残りなんてあるわけないと思ったのだが――


「……不思議な、魔力ですね」


 ふいにリミナが口を開いた。


「なんだか、むず痒い感じの魔力です。敵意はないようですが」

「リミナ、それはエルザ達が残した魔力じゃないよな?」

「この部屋に元々存在する魔力でしょうね……どのようなことをしていたのか、気になります」


 リミナの言葉の後、沈黙――これ以上の答えは、とても出そうになかった。

 そこで俺はレイナへ礼を告げ、その場を後にする。階段を上り始めた時、俺は最後に一度だけ、扉を閉めた部屋の入口を見た。


 先ほどのような胸の痛みはなかった。けれど……なんとなくだが、勇者レン自身の体も思う所があったのか、リミナとは違う意味で不思議な感情が胸の内に存在していた。


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