勇者の故郷
闘技大会は、勇者レンを優勝者として幕を閉じた。
結果、勇者レンの名は大陸中に轟くことになるだろう――とは、セシルの言。ただそれは街れもない事実だろう。今後レンという名を出す度に、俺は色々と言われるわけだ。
思う所はあったのだが……俺はそれ以上に気になることがあったため、解決するべく二日後旅を始めた。さすがに翌日は体が動かなかったため、そうなった。
同行者はリミナのみ。他の仲間達もついていきそうな顔をしていたのだが、シュウや魔王の存在もあるため、ベルファトラスで待機することとなった。魔王を滅する技法を持つ俺が離れるのは……と一瞬思ったが、すぐに連絡できる態勢だけは整えておくということで対処することにした。
それに――勇者レンのことを知ることはラキのことを知ることにも関係するため、彼らの目的調査という意味合いで俺達はベルファトラスから旅立った。
そして――俺達は辿り着く。
「……ここが、勇者レンの」
「故郷……英雄アレスと過ごした故郷、ですね」
俺とリミナは隣同士で、目前の景色を眺める。
目の前には勇者レンが英雄アレスと共に過ごした場所であるファルンという村が。ここまでの旅はかなり苦労した。何せこの場所のあるレーティル王国というのは基本山ばかりであり、ここも周囲を山に囲まれ隔絶とした空間の中にあった。
旅をする合間に宿などで聞いた話によると、この国に外来から旅人が来ること自体稀らしい……なおかつ行商人などの往来も非常に少なく、基本的に自給自足をメインとしているとのこと。それじゃあ情報が出ないわけだ。
で、俺達が現在いる場所は山の中腹。村に辿り着くためにどうしても一山越えなければならなかったためだ。基本山には道が存在する上それほど標高もないため移動自体はそれほど苦ではないのだが、冬場になると雪が積もり通行できなくなることもあるらしい。ギリギリとまではいかないが、俺達は秋に事実を知り待たなくともよかったわけだ。
「さて……」
呟きつつ見下ろす形で存在する村の全景を眺める。山道から村へ到達する前にいくつもの畑が見える。既に収穫は終わっているため今は何も植えられてはいないのだが……手入れをしているのか農夫の姿が多少見えた。
そこから道を進むと、家が立ち並ぶ場所がある。そしてそこからさらに進むと木々が見え――樹木の上から屋敷と思しき高い建物の上部が見えた。
僅かながら心臓が跳ねる。いよいよだと頭が理解すると共に、僅かだけ見える屋敷を凝視する。
「……盆地としてはそれなりの広さですが、人の生活圏はそれほど大きくないようですね」
リミナがふいに口を開く。俺はそれに反応し首を向けた。
「大きくない?」
屋敷から一度視線を外し見回す。村周辺にある畑から外側は森が広がっている。
「外から買わなければならない物もありますが、食糧事情などはこの盆地の中で完結するくらいの人口規模というわけです」
「なるほど……どうりで情報が出ないわけだ」
「はい。閉鎖的なのは間違いないようですし、これではどれだけ待ってもここに辿り着くことはなかったでしょうね」
リミナの解説と共に俺達は歩き出す。農夫達は気付かず延々と畑を歩きまわっており……俺達は何の障害もなく、山を下りた。
そこから道なりに進み続けると、やがてこちらに気付いた農夫の一人が声を掛ける。
「……レン!?」
この村で暮らしていた以上、さすがに知り合いか……俺は「どうも」とだけ答えると、農夫は笑みを浮かべ、
「そうか……帰って来たのか……」
「ああ、えっと……」
俺は農夫に対しどう説明しようか迷った。この驚きと喜びようだと村に招き入れられて色々と話をすることになるかもしれない。それはまあいいのだが、そうなると記憶喪失云々のことを話す必要が出てくる。きっとそれには時間がかかるだろう。
いつ何時、ベルファトラスから連絡が来るかわからないような状況なので、できれば先にアレス達のことを調べてからにしたいのだが……と、思っていると、
「あの」
リミナが俺達に割って入るように告げた。
「ん、君は?」
「私、従士をしていますリミナと申します」
「従士さん……そっか、レンは勇者となるって言って出て行ったからな」
農夫は俺に笑みを向ける。それは綺麗なものだったが――なんとなく、俺のことを憂慮していたようにも感じられた。
おそらく、エルザを殺したラキに対する復讐として、勇者となった――そうした経緯を農夫もまた理解しているのだろう。
「それで色々とありまして……実は、私達は先に屋敷を訪れたく思い」
「ほう、そうか……それもそうだな」
農夫は納得したように声を上げると、屋敷のある方角へ指を差す。
「先にあの人に挨拶もしておくべきだろうな……村で捕まるかもしれないが、俺がフォローしてやるよ」
そう述べる彼だったが……あの人?
俺は夢の中に出てきた屋敷を思い浮かべるが、エルザやティルデ。そしてアレスやラキ以外の登場人物が出てきたことはなかった。けど、思い返してみれば屋敷は中々の広さであり、彼らだけでは維持も難しいだろうというのは、なんとなく予想できた。
となれば、お手伝いさんか誰かだろうか……登場人物に入っていなかったのは、レンにとってそれほど重要ではなかったためだろうか。
やがて、俺達は歩き出す。途中声を掛けられるがそれを農夫が「まず屋敷に挨拶」と告げると彼らはそれを了承し、先へ進むことができた。
少しして村へと入る。そこでも先ほどの会話が繰り返され、俺達は難なく村を通ることができた。通り過ぎる前に村の様子を確認しておくと、規模はそれほど大きくなく、和気あいあいとしていた空気があった。
屋敷へと続く道は森を抜けるようになっており――そこに至り農夫と別れ、二人で歩く。
「……どうやら闘技大会のことは知らないようですね」
「みたい、だな」
話題に上らなかった……行商人くらいは来るだろうけど、彼らの口ぶりから考えて闘技大会前後に来ていないか、もしくは話題に上らなかったかだろうか。
考えながら、森を抜ける。村から距離としてはそれほどなかった。そして、
「ここが……」
リミナが呟く。見た目かなり立派な三階建ての屋敷。周囲の木々も大きいためそれほど目立つ存在ではないのだが……この村にとっては、村の規模に対し場違いな大きさの建物であるのは間違いない。
外装なんかは魔法か何かを使われているためか目立った汚れはない。おそらく維持管理だけはされているのだと思いつつ、改めて屋敷をまじまじと観察する。
うん、ここが紛れもなく夢の中で見ていた屋敷で間違いない……こんな辺鄙な場所になぜこうした建物が、という疑問もあるにはあったが、それは訊けばいいだろう。
俺はリミナと目配せをした後、歩を進め入口に近づく。農夫があの人、と言っていた以上ここには人がいるに違いない。
玄関扉前に立ち、俺は一度深呼吸をする。次いでドアノッカーを手に取り――コンコンと、二回叩いた。
そうしてしばし――やがて、人が近づいてくる足音が屋敷内から聞こえた。それに僅かながら緊張しつつ俺は来るのを待ち、
扉が開く。中から出てきたのは、
「……え?」
相手は俺の顔を見て驚く――その相手は、眼鏡を掛けた黒髪の女性だった。