彼への質問
「言っておきたいこと?」
首を傾げるラキ。俺は小さく頷き、そして、
「――俺は、お前の知る勇者レンじゃない」
はっきりと告げ――ラキは途端、首を傾げた。
「……ん?」
「首を傾げるのは理解できる……ラキは聞いているかどうかわからないが、俺はシュウさんと同じく……『星渡り』の魔法によってこの世界に来て、勇者レンの体を借りて活動する、別世界の人間だ」
こんな説明、普通ならば信用してもらえないだろうし、シュウから事情を聞いていなければ意味不明だろう。
けれど――ラキはにわかに表情を変える。
「……それは――」
「その様子だと、やっぱりシュウさんから事情は聞いているようだな。ま、俺が直接ラキに伝えるなんて可能性もゼロじゃない以上、そのくらいのことは事前にしているか」
シュウはアレスの墓のことを話すために俺達の所を訪れた事がある。それは俺達の反応を見て楽しんでいたため……同じように反応を楽しむため、『星渡り』のことを話していてもおかしくない。
「『星渡り』のことを知っているなら話は早い……遺跡で遭遇した時から、俺は勇者レンではなくなっていた。けれど体に経験は残っていたからそれを思い出し、さらに訓練を重ね今日、ラキに勝つことができた」
「……そう、か」
何か、合点がいったようにラキは声を上げる。
「確かに、遺跡で遭遇した時ずいぶんと反応が鈍かった……なるほどね、そういう経緯があったのか」
「やけにあっさりと納得するんだな」
「シュウさんから聞いていなければ、頭がおかしくなったんじゃないかと言う所だけどね……それで、なぜこれを僕に?」
「それは俺に対する質問か?」
ラキは途端に閉口。ま、俺も別に話してもいい。
「理由を言うと、俺が勇者レンという存在とは違うと言いたかったわけだ。ただ夢の中で出てくる可能性はあるけどな……現状、出会ってはいない」
「なるほど」
「その上で、質問がある」
俺は一呼吸置いて、ラキへ質問する。
「なぜ――エルザを殺した」
問い掛けに、ラキは俺と視線を重ねるだけ。少しの間両者の間に沈黙が流れる。
「……そうか」
やがて、ラキは言う。
「確かに、そういう事情なら一番訊きたい部分だろうね……なるほど、それは思い出したのかい?」
「今日の朝方、夢に見た」
「ギリギリだねぇ……ま、いいよ。わかった」
告げたラキは、笑みを見せた――あどけない、子供のような。
「ルファイズ王国の北東部に、レーティル王国という小さな国がある」
「……え?」
「山に囲まれた場所で、ロクな観光資源もないため他国の人が行くことはほとんどない……空気がおいしいのは、唯一の利点と言えるかもしれないな」
突然聞き慣れない単語が出てきて、俺は面食らう他ない。けれど、
「その国の中……北部に位置する場所に、ファルンという名前の村がある。そこにある屋敷が……僕達の過ごしていた、故郷だ」
次に故郷という言葉が出てきて、俺は驚いた。
「……まさか、そっちから水を向けてくるとは」
「悪いけど、目的については話せない……が、僕自身負けた以上君に何かをしなくてはいけないだろう。その報酬として故郷のことを話すというのは今の君とって妥当だろうし、君だってそのつもりだったんじゃないの?」
「……まあ、な」
勇者レンの夢を見続ければ事の詳細を手に入れる可能性はあったのだが……あの夢の中では具体的な地名が何一つ出てこなかった以上、望みは薄いと判断した。だからこそ、ラキに――しかし、むこうから話すとは思っていなかった。
「それに、推測だけど」
「……何だ?」
「その場所に赴けば、君はきっとこの世界にいた、僕の友人であるレンとも会えるような気がする」
――親友だからこそ、何かしら根拠があるのかもしれない。
「それに、僕自身もどういう心境なのか気になるしね……もしわかったら、報告頼むよ」
「……それは、次に戦う時か?」
「うん」
頷くラキ。俺はそれにため息をつき……そして、
「次戦う時……決着と共に、話すわけだな」
「そういうこと……じゃあ、話は終わりだね」
ラキは言うとくるりと踵を返した。質問は終えた以上、さっさと立ち去るつもりらしい。
「表彰式には出ないのか?」
「できれば出たいけど、僕としてはこれ以上長居しても意味がないからね。遠慮しておくよ」
言いつつラキは一度俺に首を向ける。
「控室に戻った時点で何かしら騒動が起きる気もするけど」
「どうだろうな」
肩をすくめる俺に対し、ラキは笑いつつ再び背を向けた。
そうして彼は歩き去る――歓声はまだ鳴りやまない。そして実況が表彰式に入るという旨を闘技場に伝えているのがわかる。
俺はひとまず、控室へ戻るべく歩き出す。声は勝利者である俺を称える――対する俺は、先ほど聞いたラキの言葉だけが頭の中に響いていた。
そうした状況下で控室に戻る。そこで気付いた。
扉の前に、仲間達が全員集合している。
「……どうした?」
「優勝を称えるために来たんだけど、そんな感じじゃないみたいだね」
セシルが言う。俺はふとリミナに視線を送ると、彼女は小さく頷いた。
「皆さんには、説明しました」
「そうか……ま、話した通りだよ」
「だから朝変だったわけか」
これはフィクハの言葉。俺は頷いた後、説明を加える。
「で、ラキに直接問い質せばいいと思い……最終的に今へと至る」
「そういうことね。でも、夢に出ていた友人の一人がラキに殺されていたというのはどういうこと?」
「夢の中で直接現場を見たわけじゃない。ただ勇者レンがそう述べただけ……けど、怒り狂っていたから断定できる要素はあったんだと思う」
「となると、先ほど語った場所へ行くべきだな」
グレンの言葉。俺は頷きつつ、セシルへ話を向ける。
「そういえば、表彰式は?」
「この後すぐだよ。ラキについてはたぶん逃げるだろうけど、まあそれは運営側も予定の範囲内だろうから、別段問題はないよ」
「そっか」
「で、レンとしてはすぐにでも行きたいんだろ?」
セシルの問い掛けに、俺はすぐ頷いた。
「ああ……疑問はすぐにでも氷解しておかないと……けど、俺はあくまで勇者レンの故郷に行くだけだ。それで全て解決するとは思えない」
「確かに、それだけで今ある謎を解明することはできないだろうけど……きっかけとなるのは間違いないだろうね」
「ああ」
「勇者様」
そこでリミナが進み出た。俺は何が言いたいのか理解し、言う。
「もちろん、リミナは同行してくれ」
「はい」
「他の面々は、ベルファトラスに待機ということにしましょう」
まとめるべく、ロサナが話し出した。
「レーティルなら転移魔法が使える……遠いけどリミナが持ち得るドラゴンの魔力なら一気に転移魔法で戻ってくることができるから、帰りは心配いらない」
「もし何か異常があれば、すぐに教えてください」
「もちろん」
俺の言葉にロサナは頷き、
「戻って来たら、成果については教えて……で、これから表彰式ね。確か優勝者と準優勝者だけしか闘技場に出ないんじゃなかったっけ?」
「そうだよ」
セシルの言葉に――俺は、はたと気づく。
「つまり……俺一人!?」
「そういうことだね。ま、頑張って」
セシルは俺に近寄って肩を叩く。
「僕らは広間に戻ってその雄姿をしかと見るから」
「面白がっているよな?」
「まあまあ。一人で王様から色々とお言葉を貰うさま、しかと目に焼き付かせてもらうよ」
セシルの言葉に、一同微笑む……俺としては苦笑する他なく、
「……わかったよ」
そう答えるのが、やっとだった。