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錯綜する感情

 ルファーツと会話してから少しして、夜となった。俺達は見張りを一時兵士達に任せ、食事をとることとした。ちなみに場所は用意された客室。席に着き、台車によって運ばれてきた夕食を、俺達は無心で食べる。

 補足すると、クラリスはどこのタイミングで言ったかわからないが――俺より量が倍くらいある。こんな状況でも大食いっぷりは変わらないらしい。


 そして料理は、大層美味い――というかなぜ分厚いステーキなんて豪勢な物が出るのだろうか。


「評価されているのかもね」


 疑問をクラリスにぶつけると、そんな答えが返ってきた。


「胃袋を掴むじゃないけど、常に気を張っている警備に対し、こういう場所で息抜きさせようという魂胆じゃない?」

「……そんなものか」


 俺はステーキの一切れを口に入れつつ答えた。


 噛むと肉汁が一気に溢れ、なおかつ非常に柔らかく、あっというまに飲み込める。きっと高い肉なのだろう。元いた世界では高級レストランでしか味わえないはず。

 王子がいる以上、こうした食材があるのは間違いないのだが――実績があるとはいえ今日来た勇者に振る舞うというのは、王子も懐が深い。


「……で、気分よく食事をしている時に申し訳ないけど」


 俺より先に食べ終えたクラリス(食べるペースも倍かもしれない)は、そう前置きをして語り出す。


「さっきのルファーツさんの言葉だけど……レンも反応していたから、アークシェイドという組織は知っているみたいね?」

「ああ」


 彼女の問いに俺は頷く。


「そういえば、話していなかったな」

「何か関係が?」

「関係、というか――」


 彼女になら話しても良いだろう――そういう結論に達し、遺跡攻略のことを説明する。

 自分のことを良く知っていると思われる人物。そして、その強さ――


「……レンが勝てないと思った相手、か」


 クラリスがそう呟いた時、はたと気付く。強さという点については、リミナにも話していなかった。けれど、思わず喋ってしまった。


「現状のレンが、でしょ?」


 付け加えるようにクラリスは言うが、俺は首を左右に振った。


「それまで戦ってきた相手とは異なる気配に、例え全開でも勝てないと思った」

「……そう」


 クラリスは目を細め、何やら考え込む。変に話し過ぎたか――思った直後、彼女は気を取り直し、


「ま、レンが今以上に強くなればいいだけの話だし」


 と、ずいぶん楽観的に言った。ここについては、遺跡攻略におけるギアと一緒だ。

 けれど、どうにも俺は煮え切らない。そこで、


「不安?」


 クラリスが問う。顔に出てしまったらしい。


「……不安とは、少し違うかもしれない」


 彼女に俺は、肩をすくめた。


「口では表現しにくい……けど漠然とした不安じゃなくて、もっと根源の……なんというか」

「体に刻み付けられているとでも言いたいの?」

「そう、それ」


 肯定すると、クラリスは「うーん」と(うな)り、


「それが記憶を失う前の感覚だとしたら……尊重すべきでしょうね」

「だろうな」


 同意し、俺はフォークを置いた。こちらも食事を終え、一息つく。


「……ありがとう、クラリス」


 次に漏れたのは、お礼の言葉。彼女は目をぱちくりとさせる。


「え、突然何?」

「いや、実を言うとこういう弱音を吐くのは初めてでさ……なんというか、相談する人がいなかったというか」

「リミナはどうしたの?」


 訊かれる。まあ、そう尋ねるよな。


「リミナは……なんというか、相談しにくい」


 苦い顔を伴いながら話す。

 口には出さないが、リミナは従士として俺をどこか神格化している風にも見受けられる――なので、こういう類の話はしたくなかった。


 話せば失望されるとか……そういう懸念を抱いているわけだ。


「ふうん、相談しにくい、ねえ」


 クラリスは俺の言葉を反芻(はんすう)する。なおかつこちらを見定めるような、鋭い視線を見せた。


「……クラリス?」

「じゃあさ、一つ提案なんだけど」


 と、クラリスは机越しにずいっ、と俺に近寄る。


「リミナとは大分やりにくそうだし……私が、従士になってあげようか?」

「……へ?」


 え、ちょっと待て。なんか話がえらく変わってないか?


「私にこういうことを話したくれたのは、多少なりとも気を許したからだよね?」

「え、と……」


 確かにその部分もある――フランクに話せる友人、というのが俺の印象。


「なら、親密度合いは私の方が上……私にとってもレンは相性良さそうだし、組まない?」

「あ、え、と……」


 俺は口ごもり、双方体勢を変えぬまま沈黙が生じる。

 その間、クラリスは俺から目を外さない。実直なその視線が俺を射抜き、体を縫い止めてしまう。


 どうすれば――考えたその時、部屋の入口方向から足音が聞こえ――直後、クラリスは突然吹き出した。


「……あははははっ!」


 そして爆笑。腹を抱え笑う彼女。俺はその反応に呆然となって――やがてからかわれたのだと気付く。


「ク、クラリス!」

「ご、ごめん……ちょっと冗談言ってみたくなって……こんなに動揺するとは思わなかったから」


 語る間も腹を抑え、さらに口元を抑え笑う。そんな彼女に俺は深いため息をつき、半眼となって言い放つ。


「一応俺達、警備途中なんだぞ?」

「わ、わかってる……お、お腹痛い……」


 なおも笑い続ける。俺は彼女の様子に辟易しつつ、席を立つ。


「そんな状況で悪いけど、見回り行くぞ」

「わ、わかった……怒らないでよ」


 口を尖らせながら告げる俺に、クラリスはなおも笑いつつ立ち上がる。


「あー、面白かった」


 ひどく清々しい顔を見せ、この話は終了。彼女に対し、俺はひどい徒労感を感じた。

 そんな状況で部屋を出る。直後、足元でキィン――と、何かを蹴飛ばした。


「え?」


 反射的に目を落とし、そこに白い石がはめこまれたアミュレットを見つける。


「何だ、これ?」


 呟きつつ、拾い上げる。眉をひそめクラリスに確認しようとした時――


「……ねえ」


 ちょっとばかり深刻なクラリスの顔が見えて、口が止まる。


「ほんの少ししか音がしなかったから聞き違いだと思ったんだけど……(にら)み合っていた時、足音がしなかった?」

「え? ああ、確かにそんな気が――」


 と、言って背筋が凍る。え、これってまさか。


「そのアミュレット、なんだか強い魔力を秘めている……もしかするとリミナが、レンにと渡しに来たのかもしれない」

「……うげ」


 俺は呻く。こ、このパターンってもしかして――


「す、すぐにリミナに連絡を――」


 呟いたところに、タイミング悪く誰かが廊下を駆ける音。見ると、兵士がこちらに急行していた。


「お二方、敵襲です!」


 兵士が叫ぶ。即座に俺とクラリスは顔を見合わせる。


「敵襲、か」

「仕方ないわね」


 嘆息する彼女。俺も渋々頷き、焦燥感を抱きながらも兵士に従い動き始めた。

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