最後の剣
最後の一撃を決めるべく、俺は走る。できれば『暁』を使用したかったが……技自体は完成しているが、それを自在にというわけにはいかなかったため、俺は『桜花』を起動した。
刹那、ラキの剣が振られる――この突撃が失敗すれば、俺は間違いなく負ける――そういう心積もりの下で、俺は『桜花』を放つ――きっとそれは、今まで繰り出してきた中で最も魔力収束を果たした最高の一撃。ラキの目が僅かに動き、同時、剣が激突した。
凄まじい魔力により、俺は一気に押し通すべく足を前に出す――けれど、動かない。足を前に踏み出そうにも動かない。
現状、彼は耐え切ることができれば勝利することができる――こちらの攻撃は大振りである以上外せば明確な隙となるし、もし来るであろう反撃を避けたとしても、魔力を出し切った俺にラキの攻撃は耐えられないだろう。
だからこそ、俺は決めるべく吠えた。
さらに力を込める。それにより肉迫する刃が少しずつ前へと動く。ラキは堪えようとするが、それでも剣は止まらない。
一気に――そう思いながらさらに魔力を集める。刀身に秘める魔力と聖剣――そして俺の腕の魔力。気付けば氷の盾に残っていた魔力も全て注ぎ、まさしく捨て身の攻撃を繰り出していた。
「……けど」
ラキは呟く。堪えきれると思ったのかもしれない。
いや、まだだ……まだ終わらない――俺は無我夢中で足を前に出した。この一撃で勝負を決める……そう思った次の瞬間、
俺は、ラキを見ながら夢のことを思い出していた。
あの時、雨の中対峙した時……ラキは、何事か呟いた。それをレンは聞き取ることができなかったし、俺も口の動きで何を喋ったかなど理解することはできなかった。
しかし――俺はラキと剣を合わせているこの時において、一つ確信することがあった。あの時、剣を振り何事か呟いた時、
彼は、涙を流したのではないか。
「――おおおおおっ!」
雄叫び。様々な感情が胸の中に満ち、全てを叫びによって放出する。なぜ今こんなことを思ったのか、俺自身もよくわからない――いや、それはもしかすると勇者レンの記憶に影響された結論なのかもしれない。あの時彼は口の動きに気付いたのかもしれないし、涙を流していたことに気付いていたかもしれない。
しかし、エルザを殺した――その事実を胸に、レンは勇者として旅を始めた。
そして今、相手が目の前にいる。
剣が前に動く。ラキは最初打ち合った時のように軸をずらすような真似はしなかった。僅かでも力を抜けば一気に剣が通ってしまうと考えているのだろう。
このまませめぎ合いが続けば、俺が勝つかもしれない。けれど、こちらも限界が迫っている。おそらく十秒経たない内に、俺の刀身からは魔力が消えるだろう。それは間違いなくラキの勝利を意味する。
ふと、俺はラキと視線を合わせた。せめぎ合う、死闘と呼べる状況の中で、彼は微笑を浮かべていた。けれどそれは、どこか悲しげなもの。
それにどういう意味が隠されているのか……そして彼は何を思い剣を振っているのか。勇者レンのことか、それともエルザのことか、それとも――
剣が動く。けれどこの魔力では押し切る前に力がなくなると直感し――俺は、全てを奮い立たせ剣を押し込んだ。
果たして――爆発的な魔力。ほんの一瞬ラキの力を完全に凌駕し、彼の剣がとうとう抜ける。
爆音。衝撃波が俺を包みあやうく吹き飛ばされそうになった。けれどどうにか残ったで体を強化して耐え、さらに足を前に出す。
俺は、振り抜いた剣をさらにラキへ差し向ける。彼はそれを回避しようとするが――抜けた時に生じた右腕の怪我により、大きく対応が遅れた。
そして――俺の剣が、彼の首筋に突きつけられる。
一時、完全な静寂が闘技場を支配した。観客から見れば俺の剣がラキの剣を抜け右腕に傷を負わせ、追撃の攻撃を首筋に、という構図のはずだった。
「……ラキ」
俺は、荒い呼吸を伴いラキへと語る。
「俺の……勝ちだな」
「……ああ」
頷くラキ。その瞬間、
『勝者――勇者レン!』
実況の声と共に、腹を打つ歓声が俺達に降り注いだ。
「優勝、おめでとう」
ラキが言う……対する俺は、礼も言わずに剣を引いた。
おそらくアクアなんかと戦った時間よりも大分短いだろう――それでも俺は疲労で体が固まり、首筋に剣を突きつけた時はギリギリだった。
本当に、全てを使った戦いだった……正直、勝利したこと自体信じられない。
「……次は、戦場だね」
ラキが言う。戦場――彼の目的を阻むべく戦う時が……本当の決着。
「さて、レン……戦いが始まる前に約束したことがあったはずだ」
歓声が鳴りやまぬ中で、ラキが告げる。今まさにここで、質問を聞こうとしている。
「控室に戻って、なんてのもなんだか興ざめだしね……どうせそれほど時間の掛かる話じゃないだろ? なら、ここで質問してくれよ」
「……控室に戻ったら、逃げるつもりだな」
なんとなく言及すると、ラキは小さく舌を出す。図星らしい。
「わかった……それじゃあ、質問するよ」
俺が言うとラキがどうぞと答える――この闘技大会、俺はこの質問を行うがために戦っていたのかもしれないと、ふと思った。
問いたいことはいくらでもあった。けれど本当に訊きたいことには決して答えてくれないだろうと思う。
一番訊きたいのは、もちろんなぜこんなことをしているのか……俺達は彼らの目的を魔王復活だと推察した。けれどそれが果たして正解なのかもわからない。
しかし問うても、答えてはくれないだろう……かといって、これから何をするつもりなのかなどと質問しても、返答は来ないに間違いない。
だからこそ、俺は導き出した質問を紡ごうとした。
「……レン」
その時、先んじてラキが呼び掛ける。
「質問する前に、一つ言っておきたいことがあった……こうやって負けた時、僕は言おうと思っていたことがある」
「……何だ?」
聞き返すと、彼は笑みを浮かべる。それは間違いなく、あの夢の中で剣を振っていた時に見せていた、無邪気な笑み。
「レンこそ、英雄アレスの後継者だ」
――それを、どんな思いで彼は言っているのだろうか。
俺は思わずそれを問い掛けそうになった。けれどすぐさま思い直し口をつぐむ。ラキはその所作に気付いたのかにっこりと満面の笑みを浮かべ、
「さて、質問をどうぞ……けれど、一つしか答えないからそのつもりで」
「ああ、わかってるさ」
息をついた。気付けばラキのペースに巻き込まれそうになっている。迂闊に話を合わせれば、本来の目的を見失うことになる。
俺はラキを目を合わせる。自然体となった彼の体に、魔族の力は一切感じられない。加えその瞳は紛れもなく、夢の中にいた時と何一つ変わっていない。
だからこそ、俺はラキが生半可な気持ちでこんなバカのことをしているとは思わなかった。おそらく、ラキとして世界を顧みずに成すべきことがある……そのためにシュウ達と行動を共にしている。
そしてシュウもまた、その動きに協力している……一瞬、シュウのことも頭に浮かびさらに増えそうになる質問をぐっと堪えた。
「……ラキ」
「ああ」
俺の言葉にラキは応じる。質問を提示しない俺に対し、笑みを浮かべながらどこまでも待つ構え。
それに対し、俺はまず息をゆっくりと吐く。次いで頭に浮かべた言葉を心の内で反芻し、
「――まず、言っておきたいことがある」
ラキに、切り出した。




