迫る結末
引き出した力は本能に基づいたもの……それが功を奏したかわからないが、ラキの剣を僅かながら押し返すことに成功する。
誘いかもしれない――と思いながらも俺はラキへさらに攻撃する。相手はそれを捌きはしたが、反撃する余裕はないのか続けざまに放ったこちらの剣戟をさらに弾くだけ。
その時、俺はラキの表情に気付く。いつのまにか彼の顔から笑みは消え、こちらをただ倒すという気概だけが満ちていた……先ほどラキはこれと戦いたかったと語っていた。それを引き出したうえで全力を――というのが彼の目論見であり、またシュウに好きなようにやらせてもらうという表明だったのかもしれない。
ラキが反撃する。けれど先ほどまでのように余裕のある一撃ではなかった。俺はそれを容易く防ぎ剣を振る。気付けば、こちらが有利に事を進めるような状況となっている……それほどまでに、本能で戦うというのは違うということなのだろうか。
連撃。ひどくシンプルな打ち合いとなりながらも、俺の意識では途轍もない攻防のように思える……意識が完全にラキだけを捉え、彼を倒すためだけに体が動く。そしてそれは、どこか勇者レンが助力してくれているような錯覚を抱く。
いや、より正確に言えば勇者レンの記憶と俺が訓練したことが一つとなり、真価を発揮しているということか……その結果が、ラキと互角以上に渡り合えるようになったという事実。これこそ、この闘技大会で一番の成果――
俺の剣が勢いよくラキの剣を弾く。刀身には『桜花』が起動した状態なのだが……その速さは『吹雪』に劣らないレベルのもの。
そして俺の意識が乗り移ったかのように、反撃を『時雨』による盾で容易に弾く。しかも先ほどのような衝撃がない。ラキの攻撃が思うようにいっていないというのも理由の一つだとは思うが、それ以上に盾に収束する魔力が今まで以上に質的向上を果たし、受け止めているに違いなかった。
もし――この状況下で『吹雪』を使ったならばどうなるのか……そう意識した瞬間、体がそれに応じるべく攻撃を開始する。
同時に生じたのは、剣の雨。ラキはたまらず後退し、それでも刃は全て回避した。
凄まじい速度となっていたが……やはり、届かない。刃を届かせることができなければ勝てない以上、俺は足を前に出して間合いを詰める。
このまま一気に――という意識はなかったが、ラキが防戦一方の状況である以上、攻め時ではあると思った。手傷を負わすことができればそれだけ有利になる。もし、それが叶うのなら――目論見と共に、剣戟を加えた。
彼はからくも弾く。俺はそのまま押し込む気でさらに足を前に出す。
その時――ラキの腕が振られた。それまでの剣とは明らかに違う速度で、俺へと迫る。
こちらが押し込む気で接近するのを待っていたということなのか。けれどこちらは極めて冷静に対応。すぐさま剣の軌道を読んで避けながら、ラキを接近させないように剣により牽制する。
ラキもこれには足を止め、反撃を停止……完全に、こちらのペースだった。
「――さすがだ」
ラキが言う。それは紛れもない感嘆の声。
「だからこそ、アレスさんはレンに全てを託した……いや、もしかするとあの人は、何もかもわかっていたのかもしれない」
ラキが言う――それは、アレスがこうなることを見越していたと言いたいのか?
「いや、あの人はきっと別の予測を立てていたんだろう。けれど、結果として別の部分……すなわち、僕が世界に反逆することによって活用された」
わけがわからない言葉……思いつつ俺はさらに剣を振る。ラキは嬉しそうに剣を弾く。余裕とは違う、心から俺のことを称賛するような素振りだった。
そうした表情を見て、なぜ――という感情が湧きあがった。俺達は敵同士のはずだ。なのになぜ、俺の成長を見て嬉しそうにするのか。
ラキが後退。俺は追撃をせず思ったことを口にしようとした――その時、
「そう不可解な表情をしなくてもいいじゃないか」
ラキが言う。次いで再度接近し斬撃。こちらは彼と剣を合わせ、
「他ならぬ友人だからこそ、肩を並べたという事実を認めただけ」
「……お前」
刃は止まり、俺とラキは肉迫する。少しでも力を抜けばラキの剣が獣のように食らいつくことだろう。
確実に俺はラキを押している。けれど、だからといって油断など一切できないし、手を抜くことも許されない。あくまで俺はラキと互角に戦えるようになった、という事実を得たに過ぎない。
「立場が違いすぎる以上、いずれ僕らは斬り合いをすることになる……本格的な殺し合いを。その前に、こうして一度決着をつけるのも、悪くはない」
「……なぜ、お前は」
「答えられないと言っているはずだ……それに」
と、ラキはどこか悲しげな瞳を見せる。
「きっと、レンは理解できないと思う」
何を――応じようとした次の瞬間ラキが俺を押し返す。同時に右手に魔力が集まった。拡散する程ではないにしろ、魔族の力が俺の体にはっきりと伝わってくる――
これは『桜花』で対処しなければまずいと判断した俺は、即座に右手に魔力を収束させた。果たして――剣を合わせた直後、凄まじい魔力が闘技場内に拡散する。腕が危うく弾き飛ばされそうになるくらいの衝撃が生まれ、俺はどうにか堪えつつラキの剣を受けた。
対する相手も涼しい顔をする余裕はないのか険しい顔となっていた――ある意味、これまで見たことの無い表情。俺はどこか奇妙な感覚さえ抱きながら、ラキの剣戟を――完全に抑えきった。
反撃に転じようとした矢先、ラキは大きく後退する。追撃しようか少し迷ったが……足を止め、ラキを観察することにした。
同時に、視界にラキ以外のものが映り始める。集中がいったん収まり、歓声もまた耳に入るようになる。
「……さて、レン」
そこでラキが告げる。俺はなんとなく、何を言いたいのか理解する。
「ある程度わかっているはずだ。この勝負……もうすぐ決まる」
「ああ、そうだな」
「そっちの魔力的制約があるからというのも理由の一つだけれど……先ほど戦ってわかる通り、純粋な剣技勝負ではもう、レンは僕を超えたとみてもいいだろう……つまりここからさらに全力を出されると、勝負が決まる可能性がある」
「……本気を出しているとは思えないけどな」
なんとなく告げてみるが、ラキは「まさか」と答えた。戦い前の言葉は嘘偽りないとでも言いたいのかもしれない。
「さて、そこで……こうして対峙して一度仕切り直した。そして、次の衝突でおそらく勝負は決まるだろう」
「というより、決めるべきだという感じだな」
――意識を極限まで集中させたためか、ほんの僅かだが俺の体に倦怠感が生じていた。今はまだ戦いに影響のないレベルなのだが、もしここからさらに戦いが長引けば――確実に剣が遅れ、俺はラキに負けるだろう。
だからこそ、疲労が見え始めながら影響のない今決着をつけるしかないということ……俺は一つ深呼吸をした後、述べる。
「……ラキ」
「ああ」
「約束は、守れよ」
「そっちこそ」
言うと同時に互いに魔力を込める――この衝突で決まらなければ、おそらく勝機はなくなる。
だからこそ、俺は――全身全霊を刀身に込め、
ラキへ疾駆した。