声の主
その後、適度に準備運動をしつつ屋敷の中で過ごし……少し早めに昼食を屋敷で食べた後、闘技場へ向かう。
道中、俺達を見て歓声などが上がったりして……それに手なんか振りつつ俺達は、闘技場へ辿り着いた。
「これで優勝したら、ベルファトラスでは英雄だね」
セシルがそんなことを言う。俺は肩をすくめつつも無言を貫いた。
そしていつものように広間へ――行こうとした矢先、運営の人間に声を掛けられ俺は控室へ。
「あ、一つだけ」
移動中、案内の女性に声を掛けられる。
「控室でお会いしたいという方がお待ちしていますので」
会いたい? まさかラキが……などと思いつつ控室に到着。扉を開け入室すると、
「どうも」
軽い口調で声を掛ける人物が一人。
視線を送ると、そこには貴族服姿の金髪男性が一人。年齢は三十くらいだろうか? 髪は結構長く、腰まで届きそうなそれを後ろで束ねている。
肌も白く顔立ちも整っており、どこかの貴族なのだとなんとなく察することができたのだが……俺には、見覚えが無い。
もしや、勇者レンの知り合いなのか? そんな風に思い視線を重ねていると、彼が声を上げた。
「ああ、突然の来訪で戸惑っているようだね。申し訳ない」
ハキハキとした声で喋る彼……あれ? この声って――
「もしかして、実況の方ですか?」
声質から推測して尋ねると、彼は即座に頷き笑った。
「そうだよ。初めまして」
彼は手を差し出す。俺はそれに応じるまま右手を差し出し、握手をする。そこで、
「――君のことはナーゲン殿から聞いている。ここまでの道のり、苦難を極めただろう」
唐突にそうしたことを言い始めた……え?
「ナーゲン、さんから?」
「ああ」
頷いた彼。実況の人なのに、なぜナーゲンは彼に話したのか――
「改めて自己紹介をしよう」
そして、彼は手を離すと自身の胸に手を当てた。
「私の名はノウェル……ベルファトラスで、王をしている者だ。実況は、私が大会で密かにやっている遊びみたいなものだ」
――何を言われたのか、俺は一瞬理解できなかった。
というか、信じられなかった……え、今この人、自分が王だと言ったのか?
目を丸くしていると、彼――ノウェルは笑う。
「君は城に訪問することはなかったから、私を見て疑うのは無理もないな……ちなみに実況を王がやっているというのは、秘密だから伏せておいてくれ。ああまでテンションを上げて喋っている人間が王というのは、王としてのイメージが崩れるからね」
もし本当だとしたら、イメージダウンどころではなさそうな気もするが……俺はまだ信じられないような面持ちで相槌を打つしかできなかった。
「もし信じられないようなら、セシル殿でも呼んでこようか?」
ノウェルは提案する。そこで俺は、首を左右に振った。さすがに運営の人はこの事情を理解しているだろうし……なんとなくだが、彼の雰囲気から嘘を言っているようには見えなかった。
なので、俺は頭の中で彼が王だと納得し、口を開く。
「えっと……それで、どのような用が?」
「そう改まらなくてもいいさ。我が城と闘技場は同じ高さの場所に建っている……それはいわば、闘技大会の覇者というのはこの街で王と肩を並べる存在だということを意味する」
そこまで語ると、彼は微笑を浮かべた。
「そして君は、もしかすると統一闘技大会の覇者となる人物……決勝戦という舞台に立っているだけで、私と君は肩を並べていると言っても良いのではと思っている。だから、砕けた口調でいい」
さすがに恐れ多いと思ったのだが……おそらく丁寧に応じようとしても彼から追及が来ると思い、こちらは頷いた。
「わかった……えっと、それで何の用が?」
「いや、君の顔を間近で拝見したかったんだ。ナーゲン殿を始めとした様々な戦士達が期待を寄せる勇者……この目で、しかと見ておきたくてね」
そう語るノウェルは、少しばつが悪そうな顔をした。
「そして、君に一つ謝っておかなくてはならないことが……いや、これは他の人にも言えるのだけど」
「謝る?」
「君は確か、魔法の道具を大会が始まる前に渡されていたと思う」
ああ、イヤホンのことだな。
「それについてだが……実は私も持っている。つまり、君と同様色々と会話を聞いていたわけだが」
「ああ、なるほど」
俺も、彼と似たような顔を示す。
「俺は一応、名目上情報収集という意味合いがあったんだけど……まあ、お互い様ということで」
「そっか。ちなみに誰かに話すかい?」
「いや、やめておくよ……」
「そうか、悪いね」
ノウェルは言うと表情を元に戻す。
「さて、ここに来て私の正体を晒したわけだが……実はこれにはもう一つ理由がある」
「はい」
「といってもそれほど難しいことじゃない……もし君が優勝した場合、君は名声を含め色々と手にすることができる」
……そういえば、そんなのもあったな。ラキとの戦いとかで全部吹っ飛んでいた。
「ベルファトラスとしては君に永住権を含め、様々なものを与えることになる……その中で一つ確認をしておきたい」
「はい」
「簡単に言うと、優勝した場合貴族としての階級や屋敷を無償で与えることになっているのだが、それに関して何かリクエストはあるかい?」
……屋敷って。あ、そういえば大会前に誰かが言っていた気もする。
ただ優勝するためだけにまい進し続けたため、そういう知識が完全に抜け落ちていた。なのでどうとも返答できず……僅かな沈黙の後、彼が話し出す。
「特にないようだね。ならば場所などもこちらが決めさせてもらうけど、構わないかい?」
「あ、はい」
「うん、わかった……こんなことを言うのは理由があって、過去にこの絡みでもめたことがあるからなんだ」
なるほど、優勝者ということで色々と要求したということなのか……王が出てくるレベルの話のようなので、その覇者もずいぶん豪気だなと思った。
「よし、ならば君にふさわしい場所を用意しよう」
「あの、まだ優勝だと決まったわけでは」
「無論、どちらが勝っても対応できるようにはするよ……どちらが勝ったとしても、ね」
言った直後、彼の目が僅かに光った気がした。そうか、ナーゲンから話を聞いているということは、ラキ達のことも知っているということ。もしラキが優勝したなら……王もまた対策に乗り出すという事に違いない。
「だから、そういったことは心配いらない。用件は、それだけだ」
彼は述べるとくるりと背中を向けた。
「決勝、楽しみにしているよ」
颯爽と、彼は飾ることもなく部屋を出て行く。後に残ったのは静寂。俺はなんとなく呆然とする他なかったが、やがて、
「……色々と、動いているということなんだな」
改めて、思う。ナーゲン達は王とも協議し、ラキ達に対し警戒している。対応はできている。だから心配せず戦ってくればいい――そう、ナーゲン達が語っているのだと思った。
俺はそれに応じるように一人となって小さく頷いた……緊張は抜けた。心も穏やかで、なおかつとても静かな決意が胸の中に満ちる。
「後は、ラキに勝つだけだ」
果たして勝てるのか――などという自問は、最早やらなかった。ここまできたら、実力を出し切るのみ。そう思いつつ、俺は試合開始まで控室で待つことにした。




