解決手段
朝食をとった段階で俺の様子が少し変だと仲間の面々は気付いたらしく、片付けを始めた時セシルが口を開いた。
「何か、あったのか?」
「……何が?」
「難しい顔をしているけど」
俺自身顔つきを変えているつもりはなかったのだが、どうやら昨日とは打って変わった感じらしい。俺は「大丈夫」とだけ応じ、席を立つ。
ふと、視線がリミナの座る席へと向く。彼女はセシルと同様訊きたそうな顔をしていたが……俺は、無視して食堂を出た。
歩きながら、確かに食事中考え続けていたと思った。ラキがエルザを殺した――レン達の関係がおかしくなったというのはこれまでの夢である程度わかっていたが、なぜ急にそのような展開になったのか、まったくわからなかった。
あのおかしくなり始めたこと自体が、エルザを殺したという兆候だったのだろうか……とはいえ疑問は尽きない。そもそもなぜラキやエルザはおかしな行動をとるようになったのか。
その核心部分が解明できない以上、謎は解けないのだとは思うのだが……頭はひたすら、二人のことが頭に浮かぶ。
色々と推測はできるのだが……現時点ではあくまで可能性。ラキにでも訊かない限り、きっと解決することは無いのだろう。
せめて、あの屋敷がどこにあるのかがわかれば……と思ったが、その可能性自体は今も多少ながらある。レン自身が夢に出てきて俺に語りかけてくれるケースや、この闘技大会のことを知り、屋敷の関係者と接触するケースがそれだ。
で、決勝戦はあの屋敷にいたレンとラキ……屋敷関係者が聞きつけてこの場に来てもおかしくないのだが。
「……レン」
その時、背後から声が掛かった。振り向くと小難しい顔をするフィクハの姿。
「様子が変みたいだけど、何かあった?」
俺はどう答えようか思案する。考えに夢中になって皆にこのことは話していない。とはいえ……きっと仲間達は俺に様々な推測を投げるだろう。それがより思考を深くすることになり――
「いや……大丈夫」
咄嗟にそう答えた。内容が内容だけに、ある程度事情がわかるまでは話さない方がいいような気もする……様々な判断の結果、そう答えた。
けれど当然相手は納得いかないのか……フィクハは眉をひそめる。
「……朝起きて態度が豹変しているということは、夢の件じゃないの?」
……事情を把握しているならそういう推測も容易に出るよな。俺としては頷く他ないような状態なのだが無言を貫く。
「話せない、というわけね。それはどういった理由で?」
「……まだ情報がまとまっていない」
「決勝の後でもいいんじゃないの?」
「そうなんだけど……いや」
俺はすぐさま首を振った。
「きっと今じゃないと、駄目だ」
「それはつまり、決勝戦にも関係あるってこと?」
「戦いには直接関係ないと思う。けど……」
そこで言葉が詰まった。戦いに関係ないならば余計なことは考えない方がいい――とフィクハは言いたくなるだろう。それを跳ね除けるだけの理由が、俺にはなかった。
確かに今考える明確な根拠はないかもしれない。そもそもラキに問い質せるような身の上でもないし、今考えたって答えは絶対に出ない。だから――と思うのだが、思考が止まらない以上、仕方ない。
「……もしかすると、勇者レンの体が夢を見てざわついているのかもしれない」
だから俺はそんな風に返した。
「夢の内容は……まあ、ちょっと訳ありな感じだけど、それでもいつもの俺なら忘れて決勝戦に集中すると思ったかも。けど、それが上手くできないのは……きっと、その夢が勇者レンの存在と密接にかかわっているのかも」
「内容は?」
当然、訊こうとするよな……けど俺は首を左右に振る。
「言及は、控えさせてくれ」
「曖昧ねぇ」
「ごめん」
謝ると、フィクハは頬をかきつつ憮然とした面持ちとなる。
「私としては、謝られるようなことはされていないけど……そんな調子で、大丈夫なの? 相手はマクロイドさんすら倒した。全力を引き出さないと勝てないと思うよ?」
「わかってる……昼までにはどうにかまとめておくよ」
俺の言葉にフィクハはなおも釈然としない様子だったが……やがて「わかった」と小さく答えると、この場を去った。
悪い、と心の中で再度謝りつつ、俺は自室へ戻る。時間はまだある。寝たことによって体力も完全に回復し、アクアとの戦いにおける怪我なども問題ない。体自体は絶好調であり、ラキと万全に戦える状態に整えてある。
問題は、精神面。夢の内容が頭にこびりつき、俺の思考を妨げている。
「なぜ殺した、か……」
エルザ――俺は現実で一度として彼女の姿を見たことはないし、これからもない。俺の中ではあくまで勇者レンの夢の中に出てくる登場人物という感じだったのだが……何度も夢の中で遭遇し、勇者レンの記憶を通したことで何かしら感情が生まれていたのかもしれない。
それともこれは、勇者レンの体が何かおかしくさせているのだろうか……などと考えつつ泥沼にはまっていることに気付く。
さすがに、あんまり考え過ぎるのも……と、今更ながら思いどうしようかと少しばかり考える。こうなると時間が余っていることが少し厄介だった。今までは朝起きて準備をした後すぐに試合が始まるという感じだったのだが、今日に限って昼からのスタート。
少し出鼻をくじかれたかなと思いつつ……このことを話すべきか、少し考える。
けど、仲間に話しても……というのはある。意見を聞けばそれがより頭を混乱させるのは間違いないだろうし……なんだか思考が堂々めぐりしているな。
俺はそこで小さく息をつき、決勝戦のことを思い浮かべる。今までにない実況者のテンションと共に、俺は控室を出て闘技場の中央まで歩むだろう。絶え間ない歓声と、向かい合うラキ。そこで、何か話すかもしれないし、黙って剣を抜くかもしれない。
そこまで想像し――俺は、一つ思いついた。そうだ、この頭の疑問を氷解させることのできる方法が、一つある。
思った瞬間、思考が綺麗に取り払われた。憑き物が落ちたような感覚も抱き、俺は再度息をつくと天井を見上げた。
その方法しかないだろう……というかこの状況下で、その方法以外に手段はないと思う。
俺は決議すると、次にイヤホンのことが頭に浮かんだ。そういえば今日は俺の試合だけなのだから俺自身必要ない。そして、もし俺の考え通りに事が運べば、仲間にも知る権利があると思う。
だから俺はイヤホンを懐から取り出し、歩き出した。部屋を出ると思い浮かべた人物を探し、歩き回る。
時間としてはたぶん五分程だろうか……目的の人物を見つけ、声を掛ける。
「リミナ」
「……あ、はい」
少し緊張しながら――きっと俺の態度がおかしかったから――応じるリミナ。それに構わずこちらはイヤホンを差し出す。
「俺にはもう必要ないから、持っていてくれ」
「え……あ、闘技場内の音を拾う道具ですね」
「ああ。誰に渡してもいいんだけど、きちんと会話を説明できるのは、リミナかなと思って」
他にも従士だからなど色々理由はあったが、割愛。
それでリミナは俺と道具を交互に見る――で、こちらの表情がひどくさっぱりしているとでも思ったのか、少しきょとんとなった。
けれど俺は何も答えず……黙ってイヤホンを渡す。
「……はい」
リミナは釈然としない様子だったが、受け取り返事をした。うん、これでよし。
「それじゃあ、頼んだ」
俺の言葉に、リミナは小さく頷く。これで後は――思いながら、俺は自室へ戻るべく歩き出した。