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覇者の策

 金属音――何度目かわからない音と共にラキが後退する。


 マクロイドが宣言してから、ラキは防戦一方となりつつあった。見た目はそれまでと何も変わっていないにも関わらずこの状況。どういうからくりがあるのか気になったが……二人は無言のまま剣を結ぶ。


 観客も双方を応援はしているが、リミナ達に言わせるとその大きさは俺とアクアが戦っていたものと比べてずいぶんと小さいらしい。まあ観客から見たらマクロイドが勝利するという前提でものを考えているだろうし、ラキの防戦もささやかな抵抗、と見ているのだろう。


 けれど――ここに至っても俺は、ラキの底を見いだせないでいる。というより、彼はこのまま本気を出さないつもりなのか……?


 俺の心境を他所になおもマクロイドが攻勢を続ける。力押しの剛剣がラキの持つ剣に当たるが、彼は少しだけ後方に下がるだけでダメージを受けていないし、さらに言えば衝撃で腕が痺れるといったこともない様子。


 この状況だと、攻撃を行うマクロイドの方が心理的な負担が大きいだろう。現状敵に攻撃が当たっていない。しかも先ほど何か仕掛けているのは明白で、それが通用していないという状態――


「……やれやれ」


 そこで声を発したのはラキ。まるでマクロイドの行動に呆れているようにも思えたが、


「そういうことか……やはり、面倒な相手だ」


 どこか愚痴を零すように語った彼は、再度剣を受け、

 突如後方にすっ飛ばされた。


「っ……!?」


 今までとは明らかに異なる動き。ラキはそのまま壁際まで追いやられるが、マクロイドは追撃せずゆっくりとした動作で自然体となる。


「タネはわかって衝撃に任せて退いたか……どうする?」


 問い掛けるマクロイド。それにラキは一度肩を回し、体の調子を確認し――


「……とりあえず、目立った異常はないね」

「まだ、だろ?」


 問うマクロイド。俺は彼が意味深な笑みを浮かべる姿を想像する。


「さて、状況は飲み込めたようだ……俺は思ったよりも厄介な相手だと認識しただろうが、次はどう打って出る?」


 さらにマクロイドは問い掛けながら、歩き出した。ゆっくりとした歩調であり、ラキを追い詰めるような所作には見えない。

 けれど、当のラキは動かない。まるで遠くにいるマクロイドが眼前にいて、剣を突き付けられているかのように微塵も動かない。


「……セシル、これはどういうこと?」


 そこでフィクハがふいに口を開いた。


「どうもマクロイドさんが何かを仕掛け、ラキが動けないようにも見えるけど」

「……候補になるのは、毒じゃないかな」


 セシルの言葉に……フィクハ他、俺やリミナも訝しげな顔を示す。


「先に言っておくけど、物理的なものじゃないよ。魔力による毒」

「魔力……?」


 俺が訊き返すと、セシルは頷いた。


「マクロイドが編み出した技法で、遅行性の毒のように体が少しずつおかしくなる。戦いを観ている限りでは、一度としてマクロイドの剣はラキに当たっていないけど、ラキは魔力を呼吸によって吸い込んだりしていたから、体に異常が出始めたんだと思う」


 ……毒、というのはおそらく表現的なものなのだろう。魔力自体に機能を持たせ、それを相手の体の中に入れることによって異常を与える、といった感じか。


 考える間に、さらにセシルの解説が続く。


「この広間から感じられるくらいにマクロイドは魔力を放出している。それはきっと、毒を浴びせるためのカモフラージュだったんだろう。マクロイドはまず話でもして気を逸らし魔力を溜め、さらにそれによる攻防の果てに毒を与えた。二重の計略だったとみることができるけど……」


 そこまで語ると、彼は眉をひそめた。


「本来、こういう搦め手は使わない人だったんだけどね。僕が聞いたことも、嘘だったということかな?」

「――聞いていた戦法とは、ずいぶん違うね」


 セシルが話した後、イヤホンからラキの声が聞こえた。


「こういうやり方を行うこと自体、例がないんじゃない?」

「まあ、そうだな」


 マクロイドは応じる。彼はラキの間近……間合いギリギリにまで迫っていた。


「本当は、至極真面目に戦うつもりだったんだが、お前と相対して一つ確信した」

「確信?」

「ああ。このままでは俺は負けると」


 断定――まさかの弱気に、俺は思わず身を乗り出しそうになる。


「その事実を認識した時から、この作戦を用いることにした」

「本当に意外だな。いつも自信に満ち溢れている人だと思っていたけど」

「傍から見ればそうかもしれないな」

「……ひょっとして、自分自身では臆病者とか思っているのかい?」


 ラキの問い掛けに――マクロイドは、大袈裟に肩をすくめた。

 俺はその動作が――ラキに対してではなくイヤホンで闘技場内の声を聞いている、俺に行っているのではないかと直感する。


「言っておくが、俺がここまで到達できたのは、その臆病さ加減のためだと思うんだが」

「……ここまで心情を吐露するとはね。で、これも時間稼ぎかい?」

「まさか、お前もわかっているだろ?」


 マクロイドが問う。それにラキは動かない。


 一体、この会話は何を意味しているのか……注視していると、ラキは歎息の後再度問う。


「なるほどね……で、臆病者と今回の戦法は関係あるのかい?」

「まともに戦って勝てないと判断し、考えた結果なだけだ」

「技量的には、僕より上であるようにも思えるけど?」

「……お前、わかっているんだろ?」


 マクロイドが問う。それにラキは黙し答えない。


「さて、時間が経てば経つほどその魔力は体を回る……先ほど時間稼ぎとお前は言ったが、ここからの展開は大筋変わらない以上、どれだけ会話したとしても意味ないだろ」

「……はあ、やっぱりか。勝つ気があるのなら、毒が完全に体を動かなくさせる間に、全力を出せと」


 そこまで語ると、ラキは剣を揺らす。


「あなたは臆病なのか、それとも好戦的なのか……結局、どっちなんだい?」

「両方ということにしておいてくれればいいさ」


 マクロイドが言う……会話の主語が上手く理解できないため、俺としては困惑する他なかったのだが……少しして、構図がある程度理解できてくる。

 マクロイドはラキと相対して普通に戦えば負けると判断した。けれど同時に、ラキの本気を引き出すためにこの作戦をとった……ということか?


 矛盾する考えだが……考える間に、マクロイドが口を開く。


「さて、何もする気が無いのならここで遠慮なく負けてくれていいぞ」


 語ると同時に――マクロイドは剣を振る。それまでの緩慢な動作とは打って変わり、一歩で間合いを詰めラキを倒すべく剣を放つ。


 ラキはそれを、まずはどうにか弾いた。けれど背後は壁で後退しようにも逃げ場はない。おまけに毒が回っている状態であり、会話からラキも対応しきれないだろうと俺は悟り――


「……正直、驚く他ないな」


 ラキが言う。同時に、

 マクロイドの剣を受けた。動作はひどく俊敏で、最初打ち合った時と変わらないもの。


 いや……むしろ、今の方が早いと言った方が良いのだろうか?


「見せたな」


 マクロイドが言う。そして、


「それが魔族の力を取り込んだ……完成形か? 気配を一切感じられないが」


 彼の質問。そして、


「ああ、そう考えてもらって結構だよ」


 ラキが平然と答える。ここからでは判別つかないが、ラキが本当の力を出したのか――

 驚き凝視する間に、ラキが押し返す。同時に予感する。


 ここから一気に決着がつく、と。


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