敵の正体
――協議通り、俺とクラリスは二人一組となって屋敷を見回り始める。時刻は夕方前。馬車による移動時間に加え、王子達からの説明と戦闘により、一日が終わろうとしていた。
「夜こそ本腰を入れないといけないわけだけど」
俺は呟きつつ、周囲を見回す。今歩いているのは屋敷一階の廊下。窓から差し込む光はまだ白いが、直に赤色になるだろう。
「こっちは厨房みたいね」
ふいに隣を歩くクラリスが呟く。俺達の正面には両開きの扉が見えており、その奥を見て彼女は発言した。
足を向けると、長机が三列並ぶ広い空間。奥には使用人と護衛する兵士の姿も見受けられ、使用人達は夕食準備のためかせわしなく動いている。
位置としては屋敷の端――入口から見て左方向に進路を移した先がここ。
「ふむ、机や椅子の数から使用人達はここで食事をするみたいだな」
「そうね……ところで、私達はどうするんだろう?」
「さあ。その辺りもエンスさんが話してくれるんじゃないか?」
俺は言って引き返す。クラリスも追随し、再び廊下へ。
「……ねえ、レン」
歩いているとクラリスから声。ちょっとばかりトーンが低かったため、何を話したいのか理解できた。
「リミナのこと?」
「うん。屋敷に入って以後、様子が変だし」
「こちらもできれば話をしたいけど……まずは襲撃者の対応が優先だろ?」
「それは、そうだけどね」
クラリスは困った顔をしつつ、はあとため息をつく。
「けど、現状何かを口添えしたところで、効果があるとは思えないのよね」
「……というと?」
「例えばレンが誤解だ、とか言ってもリミナは信用しないんじゃないかってこと。彼女を見るに、疑心暗鬼になっているみたいだし」
どうも、話がこじれている気がする。ここで対策を練っても良かったが――
「その辺は、どうにかするよ。で、さっきの戦いにおける俺の魔法だけど……」
と、話を変えることにした。リミナについては多少猶予はある。けど、護衛の方はすぐにでも解決しておかなければならない。
「ああ、結構良かったと思うよ」
質問にクラリスは好意的な意見を述べた。
「その魔法道具、魔力を絞るだけじゃなくて制御の補助もやってくれるみたい。私が感じるところ、前とは比べ物にならないくらい上手くできていた」
「本当か?」
「ええ。けど私の目から見て、必要以上にかなり魔力を抑えていたように見えた」
必要以上……? 俺はそれほど加減したつもりはなかったが。
「おそらくだけど、道具が魔力制御を担っていることで無意識に魔力を抑え込んでいるのかもしれない。レンにとってみれば便利かもしれないけど、全力を出す場合厄介ね。意識して剣を振らないといけないし」
「新たな課題、ってところか」
俺は右手にはめられたブレスレットを見下ろす。試しに魔力を込めると、やはり前のように力は湧いてこない。
全力を出すのはやはり遠い話のようだ――と考えて、俺がこの世界に来てから勇者レンとしての全力なんて出していないと気付く。
振り返ってみれば、最初のチェインウルフでは力を出すのに四苦八苦し、次のアシッドスライムにおいては力を引き出すことに多少慣れたといった程度。そして遺跡攻略におけるゴーレムで現時点における全力を――
と、そこで疑問が生じた。
「クラリス」
「何?」
「記憶を失って、二度目の戦闘……アシッドスライムとの戦闘で俺はそれなりに制御できていたような気がするんだけど……」
「その後、全力で戦ったりした?」
「ああ」
「なら、全力で戦うことを体が覚えちゃったんじゃない? アシッドスライムまでの戦闘では、恐る恐るという感じで、戦っていたんだと思う」
「でも、全力を知ってからそれができなくなったと?」
「そう。以後体が無意識の内に魔力を引き出そうとする……そんな感じだと思う」
解説を加えたクラリスは、さらにこれからのことを説明する。
「ひとまず、そのレベルで制御訓練かな。魔力を抑えられている状態で制御を行い、レンの体に改めて記憶させる……で、徐々に量を増やしていく」
「そうして最後は、ブレスレットを外し元の状態か」
「そういうこと」
クラリスが笑みを伴いがら返答した時、玄関ホールに戻ってきた。
今度は右の廊下に行ってみるか――そう思い足を向けた時、
「勇者殿」
背後から男性の声。振り返るとこちらに歩み寄るルファーツの姿。
「ルファーツさん。どうも」
「特に異常はありませんか?」
「ええ。大丈夫です」
返答すると、彼は俺をじっと見据え何事か思案を始める。
「……少し、お話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「え? はい」
頷く俺に対し、彼は玄関方向に手を示す。
「外で」
「わかりました」
承諾しつつクラリスの顔を窺う。彼女も何事かと神妙な顔つきで頷く。
俺達三人は玄関から外に出て、右方向へ。屋敷の周囲は手入れされた木々や花々が並び、景観的には非常に良い。
入り口から幾ばくもしない内にルファーツが立ち止まり、俺達に振り返る。
「それで、話とは?」
俺が切り出す。すると彼は、
「ここだけの、秘密の話としてお願いします」
そう前置きをした。
「この事実は王子と私のみが知っています……王子は勇者殿には話した方が良いだろうということで、今からお伝えします」
「わかりました」
俺は真顔で頷く。どうやら、かなり深刻な話――
「今回の事件、様々な事情があり民に漏れないよう最大限に配慮しています。その中で一つ、伏せている部分が」
「伏せている?」
「はい。場合によってはこの事実こそが大きな災いとなる……襲撃者の中で黒衣の戦士と呼ぶ別格の人物をご説明したかと思います。その人物と交戦した時、私は気付きました」
「何を、ですか?」
俺はつばを飲み込みつつ、問う。ルファーツはこちらを一瞥した後、話を始める。
「襲撃者の獲物は短剣……そして、暗がりの中で柄の紋様に目が留まりました」
「紋様……?」
「はい。六芒星と、その中央に十字が刻まれている、紋様です」
言われ――俺は遺跡攻略時に邂逅した『彼』を思い出す。まさか――
ルファーツは俺の態度を見て理解していると察したらしく、さらに続けた。
「十中八九、この襲撃の首謀者はアークシェイドです……その構成員の一人が、人を雇いこの屋敷を襲っている」
ルファーツが説明をすると、俺達は険しい顔つきとなる。
「だが腑に落ちない点もあります。アークシェイドであるならば、目的が王子でなくとも、邪魔立てすれば殺すことは厭わないはず……ですが、今の所死者はいません。なので、王子もかなり不審に思っているのです」
「だから目的を知る必要があると……」
「はい。これから私はそのように動きます。護衛の方を、よろしくお願いします」
言ってルファーツは頭を下げる。俺達は一度顔を見合わせた後、顔を上げた彼に対し静かに頷いた。