もう一つの試合
午後、いよいよラキとマクロイドが戦う大一番。観客的には俺とアクアの戦いがピークだったかもしれないが……俺達にとっては、非常に重要な戦いとなる。
「アクアを倒した以上、観客はレンが優勝すると思っているだろうね」
そんなコメントがセシルから漏れる……まあ、俺の方が圧倒的に激戦だったし、さらに現世代の戦士を二人も倒している状況だからな。そう考えても仕方がないと思うけど。
俺はそこで、アクアと戦ったことを思い出す。幼い頃から、体で理解している……それを体得することこそが、一番の技法。
ラキは習得できていないにしろ、現世代の戦士と渡り合う能力が備わっている……潜在能力はわからないが、技量的にはまだ俺を上回っているのは間違いないだろう。
だからこそ、勇者レンの記憶と俺が学んだことを全て出し切らないと勝てない。
「昼食の後、少し僕は中座したけど……実はマクロイドに会っていたんだ」
その時、セシルから声が飛ぶ。彼の言葉に、俺を含めた一同が注目。
「冷やかしに行ったんだけど、彼は涼しい表情で勝つと言っていたよ。自身満々なのは相変わらずだったわけだけど……」
「何か気になることがあるのか?」
グレンが訊く。それにセシルは肩をすくめた。
「いや、特に何もなかった……が、その何もなさが逆に大丈夫かと思い、ちょっと言及してみた」
そこまで言うとセシルは、俺を一瞥する。
「僕もグレンもラキの力の一端は知っているし……レンからも話を聞いている。けど、マクロイド自身はラキと剣を合わせたことが無いから楽観的なんじゃないかと思ってさ」
確かに……マクロイドはシュウと戦ったことはあるが、ラキと戦ったことはなかったな。
「それについて言及したら、ルルーナなんかから話は聞いているぞ、とは言っていた。そして、技量がルルーナと互角だったというのも知っている」
「互角……」
「ま、レンが関わった戦士の演習場での出来事だから、まだ彼は力を隠し持っているかもしれない……と、ルルーナは言っていたそうだし、さらにシュウの下で腕を磨いていたのだとしたら、さらに強くなっているはずだとマクロイドは説明したよ」
セシルはそこで、小さく息をついた。
「現世代の戦士として、マクロイドもまた優れた戦士であることは僕も認めるけど……あのラキに勝てるかと言えば、正直疑問がある。そもそも、彼は――」
「底が見えない」
声は、リュハンから聞こえた。視線を転じると、闘技場を見下ろし佇む彼の姿。
「私がルルーナから聞いたのは、その言葉だったな」
「底が……?」
首を傾げ聞き返すと、彼は俺へと目を向けた。
「技量や、魔力の制御技術といった部分ではない……何を考えているかわからない雰囲気もあって、力の底を隠しているようにも見えるというわけだ」
「演技……」
「本当の技量も、これまでの戦いで判別つかないが……コレイズを破ったにしろ、現世代の戦士に対し抜きんでているというわけではないだろう。とはいえ全力を見たことはないため、ルルーナはそう述べたわけだ」
「だとすると、この戦いは……」
「そう圧倒的な勝負になることはないだろう。とはいえ、どちらが勝つかと問われると、判断できない」
難しい顔をして彼は語る……どうやら、広間にいる誰もが予想できない不明瞭な試合となるようだ。
やがて、闘技場から歓声が沸き始める。実況の声も聞こえ始め、試合が始まるのだと認識させられる。
その声を聞きながら、俺は今回の戦いに対し予測を立てようとするが……正直、これほど予想がつかない勝負もないのではと思う。そもそもラキの本質的な実力がわからないため、先がまったく読めない。
そうした中、いよいよ二人が入場する――ラキとマクロイドが同時に姿を現し、会場内にさらなる歓声が生じる。マクロイドに関しては茶色い戦闘服姿だが、この闘技場では恐ろしい程の存在感を放っている。この場所こそが自分の本拠――という気概が、はっきりと俺にもわかった。
対するラキは、軽やかな足取りで闘技場中央へと向かう。その姿はマクロイドを倒そう……などという気配は満ちておらず、戦場と言い換えてもおかしくないこの場所では奇異に映る。
そうして両者は向かい合う。まず口を開いたのはマクロイド。
「こうやって話すのは、初めてか」
「そうですね」
丁寧に応じるラキ。その態度にマクロイドは、
「……ずいぶんと、余裕に見えるな?」
「そういうわけではありませんよ。正直、ここまで来るのもギリギリでしたし」
「コレイズにあれだけ余裕で勝っておいて、よく言うぜ」
マクロイドはくっくと笑う。目の前の相手に対し、会話を楽しんでいるような雰囲気。
「……で、決勝戦ではレンと戦うことになるわけだ。その辺についてはどうだ?」
「彼ならやってくれると信じていましたよ」
「信じていた、か……なるほど。それは親友だから、か?」
「それもありますが、もう一つ」
ラキは答えると、一拍置いて、
「僕は、レンがここまで到達できるという、強い確信がありましたから」
「……それは、具体的な理由があってのことか?」
「もちろん」
ラキが応じる……とはいえ、俺としては半信半疑。
「レンは……元々、闘技大会を勝ち抜いていけるだけの持っていたのは、僕も知っていました。けれど、色々あって……それが、体の奥に眠っていただけです」
「眠っていた?」
「そうなってしまった原因を作ったのは、紛れもなく僕の仕業です」
ニッコリと――ラキが笑う姿を俺は想像する。どういうことだ……?
「……ともかく、彼は吹っ切れたかどうなのかわかりませんが、とうとうアレスさんの教えを全て体現し、決勝という舞台に上がることとなりました」
「ふん……なるほど。お前も、レンこそが英雄アレスの継承者だと思っているわけだ」
「そういうことです。実際、魔王を滅する力まで持っている。もうレンを、ただの勇者だと言う人もいないでしょう。彼は間違いなく、英雄アレスの後継者であり」
そう言って、ラキは手を左右に広げる。
「――世界を守る、守護者です」
「誰から守るんだ?」
「そんなの、愚問でしょう?」
「お前達はなぜ、そんな真似をする?」
マクロイドが問う。けれど、一切返答はない。
それはさすがに答えないか……考える間に、ラキは続ける。
「ともかく、こうしてレンが決勝に駒を進めた以上、僕も応じなければなりません」
「そうはいかないな」
言葉の直後、マクロイドは肩を回す。
「悪いが、お前はここで終わりだ」
「お互い、頑張りましょう」
「そんな言葉が出るとは思ってもみなかったぜ……ま、どちらにせよ」
マクロイドは意味深な笑みを浮かべ、告げる。
「言っておくが、俺はお前のことを阻むつもりなんて、サラサラない」
「ほう?」
「俺はお前という脅威を倒し……決勝で、レンと戦う」
明確な宣言――すると、ラキはその言葉を理解し、
「なるほど、これは強敵ですね」
ラキは告げながらゆっくりと剣を引き抜いた。
「あなたは僕を排除対象ではなく、闘技大会で準決勝まで残った剣士として見ている……その方が、僕としては脅威になる」
「お前、あれだろ? グダグダ作戦なんか決めず、実力で倒せばいいじゃないか、ということだろ? ま、それがわかっていたから、俺は一切他の連中の作戦会議には参加しなかったけどな」
マクロイドもまた剣を抜く。そして、
『――始め!』
戦いの開始が、実況から告げられた。