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引き出した力

 この一撃で決まる――そんな風に体が悟ったと同時、俺は剣を薙いだ。魔力もロクに加えられなかった一撃で、アクアはそれを易々と弾く。

 そして、彼女は反撃……俺は『時雨』発動の盾で防いだが、やはり鈍い衝撃と痛み。あと数回受ければ使い物にならなくなると判断。


 だからこそ、この数度の打ち合いで勝負を決めるべく剣を振る。今度は刀身に魔力を瞬間的に注いだ。一撃。けれどそれもまた、アクアは弾いた。

 本来なら受け切れる魔力ではないはず。けれど彼女は刃に触れないよう上手く避ける。やはり、当たらない。


 そしてアクアは反撃――壮絶な打ち合いとなっているが、先に力尽きるのはこちらの方なのはわかりきっていた。いずれ左腕が動かなくなるのは間違いなく、さらにこちらの攻撃がまともに当たらない。


 だからこそ……この状況下で、俺はどう動けば勝てるのかを思案する。まともに打ち合っては絶対に勝てない。ならば、どうやって――

 アクアの拳が放たれる。左腕が勝手に動き、それを弾こうと動く。けれど痛みによって確実に体の動きに支障が出始めていると悟り、おそらくこの一撃を受ければ、限界がくる――


 その時だった。俺はその拳を注視して……ふいに、勇者レンの夢を思い出す。


 放たれようとしている拳。それを見て俺は、防がなければならないと思っている……けれど、なんとなくだが……勇者レンであったならば、違う選択を取ったのではないかと思う。

 唐突になぜそう思ったのかはわからない。けれど、俺はこれ以上手が無い状況の中で、その勇者レンの中に眠るものに従った。体が勝手に動くような感覚と、左腕が『時雨』を脱し、逆にアクアの拳を弾こうとする光景。


 そうして、盾が拳に直撃する……けれど、痛みがあまりなかった。逆に俺自身が突っ込んだためか……と思ったが、違う。

 直感的に理解したのは、無意識に弾いた盾に、これまでと異なる魔力が生じたということ。無意識の内に魔力の流れを変えたのか……けれど、どういうことなのか?


 考える間にもアクアがさらに攻撃しようとする。それを防ぐため、俺は腕を動かした。正直、明確な目的があって振ったものではない。しかし、

 直後、俺の頭の中に浮かび上がる……本能。


 ――つまり、自らの意思ではなく、感覚的に剣を振れということなのか? それが一体何を意味するのか俺にも上手く理解できなかったが……それでも、


 俺はそれに従い、剣を振った。


 直後、再度放たれようとした拳に対し、剣が振れた。アクアの目が僅かに見開き、なおかつ俺の剣戟を弾こうと動く。

 けれど、それより早く俺が振り抜いた。ほんの僅かだがアクアの右腕に剣が食い込もうとして、


 アクアはすぐさま、剣を勢いよく弾き後退する。


 すかさず俺は彼女を追う。これまで意識して発動していたその動作が……ひどくスムーズに行われる。

 それと同時に先ほどとは異なり驚く程速やかに彼女を間合いに入れ、剣を振った。俺自身も驚きを隠せない変化の中、刃がアクアの衣装を僅かに掠める。


 同時に、連撃を加える。これまでと異なる凄まじい速さで、アクアもまた防ぐのがやっとというレベルのもの。俺は自身でこれほどのものが打てるのかと心の中で驚愕しながら、


 とうとう一撃が、アクアの体を捉えた。


 直後、鮮血が生じる。俺が声を上げようとした矢先、彼女は僅かながら後退した。

 傷は右腕からほんの少しだけ生じた。拳を振るうには致命的であり、なおかつ俺を見据えるアクアの目がひどく澄んだものとなっており――


「……それが、私が語った技法」


 アクアは自然体となった。それが何を意味するのか理解しながら俺は、

 彼女の首筋に剣を突きつけた。


 一時――闘技場に静寂が生じる。気付けば左腕は盾を維持しながらも力が抜けていた。なんてギリギリの戦いだったんだと胸中で思った直後、


『勝者――レン!』


 声が響き、歓声が俺達に降り注いだ。


 そこでようやく俺はアクアから剣を外す。彼女の表情は恐ろしい程晴々としていた。


「……技法、というのか? これは?」


 俺はなんとなく尋ねる。確かに俺は勇者レンの記憶からこれを引っ張り出しアクアに勝った。けど、技法と言われると――

「勇者レンは小さい頃から戦い続け、だからこそ考えずに……言わば本能で戦うことができる……特定の人にしか持てないものなのだから、私は技法と呼んでも良いと思う」


 アクアが語る……そう、彼女が言う通り俺がやったのは、本能と呼べる、感覚で戦うやり方だった。


「本来、剣術の最高到達点というのは、学んだ剣術全てを頭で理解するのではなく、体でに宿すこと……例えば人は歩く時、右足を出して左足を出す……なんて考えはしないでしょう? それを、剣術で実践するというわけ」

「普通だと、俺達は考えながら剣を振っているから、そこに無駄ができてしまうというわけか」

「そういうこと。けど、これを身に着けるには一つだけ条件がいる。それが、戦うということが小さい頃から身についていること……これがなければ、魔力的な素養が身につかない」


 アクアは語る……彼女もまたこれを身に着けているのだから、小さい頃大変な人生を送って来たのだろう。


「小さい頃から剣を学んでいても、それは生死を賭けた戦いでない以上、本能の中で戦うというやり方は身につかない。けれど、小さい頃からそうした環境に慣れ親しんできた人物ならば、できる……というわけ」

「ラキができないと言っていたのは、その辺りが関係していると?」

「そういうこと……さて、私は負けたし、マクロイドが負けたらラキのこと、頼むわね」


 あまりに軽い口調……だったが、俺は小さく頷き「ああ」と答える。

 そしてアクアは歩き出した。俺はその姿を少しだけ見た後、やがて自分のいた控室へと歩き出した。






 広間に戻って来た時、観客席は既にガラガラという状態だった。一試合しかないため、皆席を離れるらしい。


「これで、勇者レンの名は大陸中に轟いたね」


 セシルが言う……確かにアクアという伝説の闘士を倒した以上そうなってもおかしくないのだが、


「……俺としては、なんだか不本意な結果だな」

「不本意?」

「最後は、体を自分で制御できない状態で戦っていたんだ……本当なら、もっと綺麗に勝ちたかった」

「贅沢言い過ぎだよ。はっきり言って、ギリギリの戦いだったじゃないか」


 ごもっとも……俺は小さく頷きつつ、一つ言及する。


「これで、俺は勇者レンの技法を全て体得したと思う」

「そっか。なら、ラキとも戦えるよね?」

「そうだといいな」


 返しつつ俺は椅子に着席。ガラガラの闘技場を見下ろし、小さく息をつく。


 あそこで、先ほどまで激闘を繰り広げていたのが嘘のようだった。最後、俺は本能の赴くままに剣を振るい勝ったというのは……技法を手に入れたということで喜ばしいことだとは思うのだが、ちょっとばかり不満もある。


 まあ、あのまま戦っていたら俺が負けていたんだろうけど……色々考えることは会ったのだが、ひとまず気持ちを切り替えて午後の試合を観戦するべく頭を整理する。


「次の試合はマクロイドとラキか……」

「マクロイドさん、勝てるでしょうか」


 不安げにリミナが語る。全員、そうした不安を抱えているのは間違いない……いや、一人だけ例外もいるか。


「言っておくけど、僕を例外にしないでくれよ」


 心を読むようにセシルが言う。俺は「わかったよ」と小さく返した後、


「とりあえず、待とう」


 昼からだから食事でもしながら……そう思った時、タイミングよく誰かが頼んだ食事が広間へと届いた。


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