新たな戦法
どれほど足掻こうとも先手をアクアに取られるのはわかっていたため、俺は開始と同時左手に氷の盾を生み出し、両手に『時雨』を起動させる。
そして意識を集中させてアクアの姿を捉えようとする。そこまでの時間はおそらく数秒たらずだったとは思うし、なおかつ後退しつつ行ったためアクアは接近できないと思った。けれど、
次の瞬間拳が、俺の眼前に到達しそうになる。
「っ――!!」
短い声と共に『時雨』が発動し、さらに後退しながら盾で拳を弾いた。直後、左腕に淡い衝撃が伝わってくる。それは腕の動きを鈍らせるようなものではなかったのだが……俺は、内心悟る。
今のは、間違いなく俺が使おうとする『暁』の劣化バージョン……彼女は『暁』そのものを使うことはできないが、それに近い攻撃はできるとリュハンは言っていた。
開始直後から、その技を使用……これはおそらくグレンとは異なる形。果たして、これは何を意味するのか。
俺はなおも後退し距離をとろうとするが、アクアは決して逃さなかった。立つ続けに拳が振るわれ、俺は両手に発動する『時雨』によって防御する。
……正直、今『時雨』がきちんと稼働し、アクアの攻撃を防げている時点でかなり幸運だと思った。もしかするとアクア相手に『時雨』も通用しないのでは……などと試合を見て思っていたくらいだったので、これは何より幸いと言える部分だった。
けれど――俺はもう一つ悟る。確かに防御できるが、例えばセシルと戦った時のように右手を攻撃に回すなんて真似をすれば……というか、アクアから拳を受ける中で攻撃に転じようとすれば、間違いなくその隙に拳がこちらへと届くだろう。
はっきり言って、これまでの戦いと違い反撃に転じる余裕がない……なおも続く攻撃をどうにか防いではいるが、これではジリ貧だ。
「――ふっ!」
アクアはさらに攻撃を続ける。勢いよく振られた拳は盾によって防いだが……刹那、腕にほんの僅かだが衝撃が走る。間違いない、先ほどと同様『暁』の劣化版。
ここで俺もアクアの魂胆を理解する……聖剣と、その聖剣の魔力によって保護された俺の武器を壊すことは不可能。けれど攻撃を直接受ける以上、衝撃を完全に殺すことはできない。
それを見越してアクアは攻撃しているというわけだ……すなわち、腕の動きを大きく鈍らせ、『時雨』でも対応できないようにする。
自動反応である『時雨』なら、例え動きが鈍っても反応するとは思うが……腕自体を物理的に動かせなくしてしまえば技の意味はなくなる。だからこそ、アクアは仕掛けているのだろう。
けれど、俺としては一つ疑問を抱く……魔力の少ないアクアにとって、現状の技は魔力をそれなりに消費するはず。目論見通り俺の腕に衝撃が溜まり動かせなくなったとしても……それで魔力が尽きたなら彼女だって勝つのは難しいだろう。そうしたリスクをとって攻撃しているのか、それとも何か公算があるということなのか――
彼女はただ無心に俺へと拳を繰り出し続ける。それを防ぐ光景は観客から見たら目を見張るものかもしれないが、いずれ限界が来るのは俺自身よくわかっていた。となれば、どこかで反撃しなければならない。
けれど――俺の攻撃が当たるかと言えば、ノーだろう。隙を見つけてがむしゃらに攻撃してもアクアに直撃することは無いと言っていい。となれば、確実に攻撃が当たるものを選択しなければならないのだが――
課題が山積みの中、なおも攻撃は続く。引き続き後退しているが、このままでは壁際に追いやられる。逃げ場がなくなれば拳を防ぎ切れなくなるだろうし、俺に残された時間は少ない。
しかし……俺は意識を集中させ、突破口がないか探す。左右に逃げようとしてもおそらくアクアはさせないように拳を繰り出してくるだろう。となれば、この攻防の中で隙を見出すしかなく――さらに、意識を集中させようとした。
その時、アクアの拳が『時雨』をすり抜けた。集中し続けた結果逆に『時雨』の制御が甘くなったのか……同時、俺はこれまでよりも素早く一歩退き、同時に頭で作戦も立てないまま剣を振った。聖剣の軌道は愚直なまでの真っ直ぐなすくい上げ。けれどアクアはそれを、大きく後方に飛んで避けた。
「何……?」
所作に俺は逆に驚いた。身を僅かに捻ってしまえば避けられた軌道のはず。けれどアクアは何かを警戒し、俺の攻撃を避けた……?
刹那、俺はその何かがどういったものなのかを思考し……ふと、アクアの表情が目に入った。
警戒した眼差しは当然だったが、今の攻撃を避けたことにより少しばかり奇妙な表情をしていた。なんとなくそれが「作戦は立てなかったの?」という疑問のような気がして、
一つ、気付いた。
「……そうか」
俺は今更ながら気付いた。その言葉により、アクアもまた察する。
「もしかして、わかっていなかったの?」
「正直、アクアに切り札を当てることだけを考えていたから……完璧に忘れていた」
「呆れた」
アクアの感想に俺は苦笑し――同時、走る。今度こそ明確な反撃。観客からの声も聞こえ、アクアもまた鋭い視線を向ける。
同時に、俺は聖剣に魔力を収束させる。けれどそれは『暁』ではない。この状況下で放っても成功しないとなんとなく頭で理解しているし、さらに言えばまだその技を出す段階にはない……そんな風に思った。
俺は刀身に魔力を注いだ後、攻撃として『吹雪』を繰り出した。けれどアクアはそれを魔力を湛えた拳で――受け流す。
数度斬撃を防いだ後、彼女は反撃に出る。対するこちらは『時雨』により左手が動いた。真っ直ぐの突きが盾に直撃し、俺の腕に衝撃が伝わる。
瞬間、俺はここだと思い氷の盾に眠る魔力をほんの少しだけ開放する――刹那、氷の盾から突如氷柱が生じ、アクアの腕を瞬時に飲み込む。
「っ!?」
盾がこうして変化したことがアクアとしては予想外だったのか、慌てて引き下がろうとした。彼女の腕は魔力でコーティングされているため、氷自体で傷を負わせることはできないし、そうするつもりで攻撃しても彼女に防がれてしまうだろう。
だが――俺は胸の内に宿る結論を胸に、剣を振った。それもまた先ほどの反撃と同様直情的なものだったが、アクアはまだ腕を氷に包まれたままなので、対応が一歩遅れた。
届くか――けれど斬撃は残った拳によって空しく弾かれる。やはり通用しない。というより、やはり『暁』でなければ駄目なのだろう。
その間に、アクアが俺の間合いから脱した。さらに距離をとり、アクア自身も一歩で距離を詰めれない程度の空間が俺達の間に生じる。
「……氷の盾の力を発動させるにも、剣と同様魔力を込める必要があると思ったのに」
アクアが読み違えたためか呟く。俺は肩をすくめた。実際、それを利用した反撃だったのだ。
俺がやったのはひどく単純。当然ながら氷で彼女の体を覆っても彼女だって魔力が少ないながら結界を用いることはできるので、倒すことはできない。しかし、動きを止めることはできる。アクアはどうやらその戦法を見越し、反撃に警戒をしたのだと今更ながら深く理解する。
敵に教えられるとは……などと思いつつも、決して反撃できないわけじゃないとわかり、ほんの少しだが安堵する。けれどアクアはこれで大いに警戒しただろう。
これからが本番――胸中考えていた時、アクアは静かに構え直した。