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伝説との対峙

 重要なことを知ることができなかった気がして、俺はベッドの上でため息をつく。


「ま……こういうこともあるか」


 夢に文句を言っても仕方ない。別の日に夢を見ることを祈ろう……などと思いつつ、ラキとの戦いを考えれば残り一日しかない状況。果たして勇者レンの体は俺の意思に応じてくれるのか――などと思いつつ、


「よし、準決勝だ」


 気を取り直して、ベッドから起き上がった。


 時間はいつも起床する時間よりは早い。とはいえ赤くない太陽の光を見れば、剣を振るだけの時間もなさそうな気配。どうやら早く寝た分だけぐっすりと睡眠したらしい。健康的で良いとは思いつつも、当てが外れて少し損した気分となる。


「とりあえず、体調も万全ということで良しとしておこう」


 起床し、俺は食堂へ。さすがにまだ朝食の準備は整っておらず、とりあえず着席して待つことにする。

 やがて、他の面々が食堂へ入ってくる。けれど今日ばかりは俺の姿に驚く人はいなかった。戦いの前に色々と思う所もあるだろう……そんな風に皆考えているのか、こちらに言及一つない。


 朝食をとった後いつものように広間へ向かう。まだ朝方であるせいなのか、昨日と比べ人も寄りつかず……特に障害もなく闘技場へと辿り着いた。

 いつものように広間へ入り、全員が観戦モードに入る。まだ人のいない闘技場。これもまた見慣れたものであるが、今日と明日で見納めになる。


「……レン」


 そんな中、セシルが俺に口を開いた。


「勝算とか、策とか……そういう風には聞かないよ。レン、勝てると思っているか?」

「ああ」


 即答。それはセシルの満足する答えだったのかわからないが……小さく頷いた。


「伝説相手だ。相当な戦いをしなければ勝てないだろうね」

「ああ。俺はリミナのようには戦えないし……ま、上手くやるさ」


 そうした会話の後、部屋に運営の女性が訪れる。俺は案内に従い広間から廊下を進み……ふと、この道もなんだか慣れたと思った。


 何度も戦っているから……つまり、それだけ勝ち残っているから思い浮かぶ言葉だろう。俺はカインを始めとして様々な強敵を打ち破った。そして今、このベルファトラスで伝説的な闘士と戦おうとしている。

 加え、その先には因縁の相手であるラキ……正直、闘技大会という話が出てきた時、こんな展開は予想していなかった。


 それから控室へと辿り着く。俺以外に無人のその場所はひどく閑散とした印象を受けるものだった。


「そういえば……今日は次の人が来ないんだな」


 準決勝の次の試合は午後なので、当然ここには俺以外待たないことになる。一人なのだとわかると、この広い控室もさらに寂しく思えるような気がして――


「なんだか、思考がおかしなことになっているな」


 終わりが見えてきたからこその事かもしれないが……とりあえず俺は、気を紛らわせるため昨夜の夢のことを思い返す。

 勇者レンはラキと別れた後、改めて剣を振り始めた。そして出た言葉は――本能。


「本能、か……それに従い剣を振れってことか?」


 けど、それで果たして強くなるのかまったくわからない。ためしに剣を抜いて意識を集中させてみるが……駄目だ。意識を集中させるという時点で、本能というものとはかけ離れている気がする。


「これが正解かもわからないんだよな……」


 呟きつつ剣をしまう。だがああして夢を見た以上、何か意味があるのではとも感じている。過去勇者レンの夢は、俺に力を与えてくれた。戦士達の演習場での壁を超える技術や、聖剣護衛の時に出た魔王を滅する力……それらは勇者レンの記憶から見つけ出したものであり、まだそうした力は眠っている。


 今までの経験から、決して無意味とは思えない……俺は改めて思うと、再度剣を抜いて控室で振り始めた。

 それからさらに少しして――観客の声が聞こえ始める。入場し始めたようで、いよいよ時間が迫ってきていることがわかる。


 そこでようやく俺は剣を鞘に収めた。そして控室にある食料を手に取り、適当に口へと入れる。

 なおかつ観客の声を耳に入れながら待つ時間が続く……そして、


 実況の声。始まったようだ。俺はなんとなくそのテンションに巻き込まれるのを恐れて意識的に実況の声をシャットアウトした。声は聞こえれど内容まではわからないようにして、なおかつ闘技場へ続く道の前に立つ。

 長い解説が続き……おそらく実況の人も興奮しきっているのだろう。そうした中、


『登場してもらいましょう! 勇者レン! 闘士アクア!』


 名を呼ぶ声。俺はそれに対しゆっくりと歩み始める。暗い道の中で正面にある光が迫り……とうとう、闘技場へと到達する。


 刹那、凄まじい歓声が降り注いだ。俺以外にアクアも反対側から現れ、彼女にも同様の声が注がれる。英雄アレスの聖剣を握る勇者に、伝説の闘士……こうしたカードはきっと、今後見ることはできないだろう。だからこその、観客の反応。


 俺は無言のまま闘技場中央へと歩み寄り、アクアと対峙する。歓声は鳴りやまないが、それでも俺は口を開いた。


「アクアさ――」


 呟こうとして――ふと、ルルーナの言葉を思い出す。

 アクアは俺が口を開きかけたのを見て首を傾げた。そしてこちらの言葉を待つ構えであり、


「……アクア、絶対に俺は勝つから」


 タメ口であったためか、一瞬瞳をきょとんとさせた。けれど、


「……ルルーナあたりの差し金?」

「そう」

「そっか。まあでも、レン君……いえ、レンに言われるのなら、不快じゃないわ」


 笑みさえ浮かべながらアクアは言う……今こうして俺達は、対等の関係となった。

 正直、俺としてはおこがましいと思えるのだが……アクアは一切気にする風もなく、逆に俺を称賛するような声を投げる。


「レン……この闘技大会で、あなたは間違いなく私達の予想以上に成長を遂げた。カインを倒すなんて思ってもみなかったし、ルルーナを倒したセシルを倒すなんてことも、予想外だった」

「……ルルーナ達は俺が負けると思っていたのか?」

「観客を味方につけたセシルが勝つかな、と予測していたの。けれどレンは今こうして私と向かい合っている」


 そこで、アクアは笑みを消す。


「だから……私は、あなたを全力で迎え撃つ」


 淡々とした声だった。けれど、その声から滲み出る雰囲気は真剣そのものであり、


「……ああ、こっちも負けない」


 宣言すると、アクアは途端に明るい表情となった。


「……私達としては、なにより喜ばしい事。きっと魔王と戦う戦士達は、誰もがそう思うはず」

「……ああ」

「けど、それはあなたに苦難の道を行くよう促すことを意味する」


 一転、アクアは陰のある表情を見せた。


「本来は……フロディアや、私達のような、現世代の戦士と呼ばれる面々だけで決着をつけるべき話だとは思う。どれほど成長したとしても、あなたはまだ英雄アレスのm弟子……力は私達に及ぼうとしても、そこだけは変わらないし、だからこそ新世代の戦士と呼ばれる」

「俺には、戦う理由が存在するから」


 ラキ、そしてシュウ――頭に思い浮かべながらアクアへ告げる。

 無関係だと思ったならば、技量を持っていたとしても戦線から退いていたかもしれない。けれど、俺には関わる必要のある相手が存在する。


「ラキのことは気になるし……それにシュウさんのことだって」

「そう……ありがとう」


 アクアは語り、身構える。表情も戻っており、臨戦態勢に入ったのだと確信する。

 だから俺もまた、構えた。そして会場もいつのまにか静寂に変じ、


『――始め!』


 実況の声がひどく綺麗に聞こえ――戦いが、始まった。


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