友人の助言
最初、甲高い金属音が耳に入って来た。それを聞いたと同時に見えたのは、ラキの姿。
夢の中――訓練をしているところだと思い、同時にレンは尻餅をつく。さらに弾き飛ばされた剣が横に落ちる。どうやら負けたらしい。
「……どうした?」
そしてレンは問う……原因はわかっていた。正面に佇むラキが、どうにも複雑な顔をしていたからだ。
何か悩みを抱えているような雰囲気。けれどラキは剣を鞘にしまうと視線を逸らした。
「そちらこそ、どうしたんだい?」
「……何が?」
「アレスさんがいた時と比べ、腕がずいぶん落ちているようだけど?」
ラキに言われると、レンは一瞬体を身じろぎさせ……ため息をついた。
「そういうお前だって、全然身が入っていないぞ?」
「身が入っていない僕に対しその体たらくなのだから、レンは一体どうしてしまったんだい?」
その言葉に、レンは再度ため息をついた。
「……理由は、わかっているんだろ?」
「そうだね」
ラキは一度目を伏せる。何かを思い出すような所作であり、なんだか悲しい姿だと思わせる。
彼が立ち尽くす間にレンはゆっくりと立ち上がり、剣を拾って鞘に収めた。
「なあ、ラキ」
「うん?」
目を開け応じるラキに、レンは少し言いにくそうに問う。
「何か……隠していないか?」
疑問に対し、ラキは無言。
「エルザも最近様子がおかしい……しかも剣を振ることもなくなった。でも、なんだか忙しそうに屋敷を動き回っているし――」
「色々、あるんじゃないかな。僕にもわからない」
声音は、ひどく硬質だった。さすがに俺も何かを隠していると思ったし、夢の中のレンもここぞとばかりに追及する。
「俺の目は節穴じゃない。きちんと答えてくれ。二人して、何かやっているんだろ?」
「だから、何も――」
苛立ったのか、レンは詰め寄ろうと一歩足を前に出した。けれどそれをすぐさまラキは剣の柄に手を掛け、
「訓練の続きかい?」
問い掛けると――レンは肩を落とした。ため息をも枯れ果ててしまったのかもしれない。
「……何で、除け者にするんだ?」
「だから、何もやっていないよ」
あくまでシラを切るラキ……どうやらレンはラキとエルザが何かをしていると察し、こうやって今質問しているようだ。
「もしかして、剣の訓練に誘ったのもその質問がしたかったから?」
「……ああ、そうだ」
「それは残念だね」
ラキは言い残し身を翻そうとした。けれど、
「……わかったよ。お前達が何もしていないと仮定して、もう一度質問させてもらうよ」
ラキが足を止める。レンは彼の背中に向け、質問を放った。
「もし……もし、何かあったら、俺に相談してくれるか?」
――親友、だからこそ……という意味なんだと思う。
友人であるから不可思議な行動をするラキ達に不信を覚え、問い質した。けれど結局答えてもらえないままであり……それでも、
「そうだね。もし何かあったとしたら」
ラキが振り向く。穏やかな微笑であり、その表情はレンを安心させたらしい。
「わかったよ……今はそれだけで十分だ」
「そっか。ならレンは、訓練を続けておいてくれよ」
「は? 何で?」
「アレスさんを超えるんだろ? そんなに落ちた腕じゃあ、アレスさんが帰って来た時申し訳が立たないと思わないのかい?」
――痛い所を突かれた、などと思ったのかレンは頭をかく。表情は、きっと渋い顔。
「わかったよ……けど、それはラキだって同じじゃないのか?」
「僕は少し休んだところで、腕がなまるような訓練はしていないんだよ」
「言ったな。なら次剣を合わせる時楽しみにしておけよ」
「ああ……それと」
と、ラキは突如声色を変えた。
「レン……アレスさんから言われたことを思い出して訓練した方がいいよ?」
「言われたこと?」
「最後の訓練の時の話だよ」
「ああ、あれか……」
するとレンは腕を組む。
「俺としては、何のことやらさっぱりなんだが」
「あれこそ重要な教えだと思うよ。それを考えつつ、もう一度剣を振ってみるといい」
ラキは告げると、首を戻す。そうして歩き出そうとした瞬間、
「もし、何かあったらそれが役立つかもしれないよ」
ラキは語り……訓練場を後にした。対するレンは棒立ちとなって黙って見送るのみ。
やがて姿が消えた時、レンは深く息をついた。
「……やっぱり、何か隠しているんじゃないか」
先ほどの言葉で確信を抱いたのか、そんな風に呟く。けれどラキのことは追わず、再度剣を抜くことを選択する。
「……アレスさんの、教えか」
レンはまず呼吸を整える。そうして一度目を瞑った。
視界が一時暗闇に染まる。風によって生じる葉擦れの音だけが周囲に存在し、やがて――
「――本能」
レンは呟いた直後、目を見開き一歩足を踏み出した。
繰り出したのは横薙ぎ。そしてすぐさま引き戻すと今度はすくい上げる斬撃。その後反転して後方へと剣を振り下ろす。
剣の型を行っているのだろうと思いつつ……俺はふと、気付いた。剣を振るレンの感覚が、俺の意識に流れ込んでくる。
それは決して、不快ではなかった。けれど今まで意識して集中する動作ともまた違った。先ほどレン自身が言っていた通り、本能という言葉。その通り意識なく剣を振っているような気もする。
幾度となく剣を振ると、視界がどんどんと小さくなる気がした。闘技場で歓声が聞こえなくなるのと同様、いつのまにか葉擦れの音が聞こえなくなっている。周囲が白く染まっていくような気がして、けれどそれでいて握り締める剣の軌道だけは、はっきりと認識する。
これが、レン本来の剣技……? けれど俺が意識的に集中させて戦うのとそれほど違わない気もする。果たしてこれは、どういう意味合いがあるのだろうか。
やがて、レンは剣を振るのをやめた。気付けば汗が噴き出し、レン自身多少の不快感が生まれたか、顔を歪ませる。
「……アレスさん」
次に発したのは、師の名前――ふと、俺はこの夢の時間軸を理解する。屋敷の雰囲気が一変した、あの夢の続きだ。
そういえばラキはあの時、レンを蚊帳の外に置いてエルザと相談しようとしていた。エルザが剣も振らず動き回っているというのは、それに関することなのだろうか?
「……なあ、ラキ」
レンは剣を握り締めたまま一人呟く。
「一体、何をするつもりなんだよ……お前は」
――現在のことを思えば、この『何か』こそがラキが凶行に走った原因なのか? 俺は内心疑問に思っていると、レンは剣をしまい歩き出す。
「やっぱり、もう一度聞いておくべきだ……例え話さなくても」
いずれ根負けするかもしれない……などと彼は思っているのかもしれない。そして俺は、なんだか嫌な予感がした。
果たして、ラキ達は何をしようとしているのか。そして、どういう結末に至るのか――現在のラキを考えれば、良いことでないのは間違いない。
もし夢の続きがあれば、それは判明するのだろうか……気になり始めると止まらず、俺は夢の中のレンに意識を集中させようとする。
けれど、屋敷の姿が見えた瞬間――急速に意識が遠ざかっていく。夢が終わると思い、今日ばかりは名残惜しく、それに抗おうとした。
だがそれは叶わず――次目に入ったのは、部屋の白い壁面だった。