頭の整理
クラリスとの話を終えた後、リミナとクラリスは部屋を移動して雑談と相成った。俺はそこから訓練を開始したのだが、リュハンもいないような状況なのでできることはそれほど多くない。精々新技である『暁』を発動させるための反復訓練くらいだ。
「といっても、アクアさんとの戦いはこれが切り札になるのは間違いないし……」
そういうわけで一心不乱に剣を振っていると、やがて空が赤くなり始めた。そのタイミングで闘技場で観戦していたメンバーも帰ってきて、順当にマクロイドが勝ち上がったという報告を聞いた。そこから気の向くまま剣を振り続け…だいぶ落ち着いてきたのでひとまず中断し、夕食前に湯あみをした。
それが終わったタイミングで夕食。ロサナやリュハンも帰ってきて、全員で食事をすることとなった。クラリスが簡潔に自己紹介をした後、まずは雑談が繰り広げられる。
そしてリミナとクラリスは早々に食事を切り上げると、また部屋へと戻った。まだまだ話し足りないらしい。
二人がいなくなって、また雑談……だったのだが、セシルが唐突にロサナへ質問した。
「いなくなったのは何かあったの?」
「今後の対策について」
今後? 首を傾げているとロサナはため息をついた。
「あんまり想像したくないのだけれど、もしラキが優勝した場合、というのを色々と話し合っていたのよ」
「縁起でもないけど、考えておくべきことではあるね」
セシルは魚の香草焼きを口に運びながら告げる。ロサナはそれに「まったくよ」と応じ、
「そういうわけで、明日も話し合いの予定だけど……試合の結果を見てからだから、二試合とも見ることになるんじゃないかしら」
「そういえば、明日の予定ってどういうスケジュールなんだ?」
準決勝なので二試合しかない……そこで、セシルが呆れたように言う。
「出場する当人が知らなくてどうするんだよ」
「いや、まあ……そうなんだけど」
「それだけアクア対策に集中しているということかな……時間は今日よりも少し遅い。けど、朝は同じ時間に起きよう。で、午前と午後に一試合ずつ行われることになる」
「ちなみに決勝戦は?」
「昼に一試合だけだよ」
そういうことか……ま、決勝戦のことは明日勝ってから考えよう。
「レン、『暁』についてはどうだ?」
リュハンが問う。俺は小さく肩をすくめ、
「今日剣を振っても、相変わらず形だけはどうにかというレベル。このままでは実戦で使えそうにありません」
「そのくらいの逆境が合った方が、いいんじゃないの?」
フィクハが冗談交じりに言う。俺としては苦笑する他なかったのだが……全員の視線は結構真面目だ。
俺が戦いながら成長するタイプだと認知しているからこその視線だろうな……そして、俺は軽めの口調で皆に言った。
「まあ、なるようにしかならないよな」
「結局そういう結論か」
ツッコミはセシルが行った。俺はそうとしか言えないので、無言を貫くことにした。
そこからは始終和やかな空気で食事も進み、終了と共に各々食堂を出て行く。
その中で、水を飲んで一息ついている俺にグレンが近寄ってくる。
「少し訊きたいことがある」
「……俺の技に関すること?」
「そうだ。どうやら似た技を所持しているらしいからな」
言うと彼は俺の横に座った。
「口上からすると、今の所完成する気配はなさそうだな」
「まだ、ね……でもこれまで闘技大会を戦って色々と覆して来たから、その勢いを使ってどうにか立ち回るしかないかな」
そこまで語った俺は、グレンに率直な感想を述べる。
「俺はリュハンさんから教わったわけだけど、グレンの方は自己流だろ? 正直、すごいと思う」
「私は単に消去法だからな」
「消去法でこの結論に至ったというのがすごいということだよ」
グレンは俺の言葉に「そうかもしれない」とだけ答え、席を立った。
「私は、この結論が正しかったということを信じ、剣を振り続けることにしよう。レン、明日の準決勝を楽しみにしている」
「期待に沿うことができるよう頑張るよ」
会話はそれで終わり、俺は一人食堂に残される。とりあえずコップの水を空にした後立ち上がり、食堂を出た。
すっかり夜で、窓は暗闇だけを映している。屋敷周辺はひどく穏やかで静寂極まりないのだが、おそらく街は闘技大会を肴にして騒いでいることだろう。
「明日、いよいよアクアさんと戦う……か」
準決勝という舞台もあってか、カインやセシルと戦った時以上に緊張が走る。相手はこれまで圧倒的な強さによって勝ち進んだ強者。けれどそれを突破しないことには、ラキにたどり着けない。
ラキが優勝した場合という作戦会議をしたロサナ達から見れば、マクロイドに倒してもらうのがストレスを溜めない一番の方法だろうけど……俺も、戦う覚悟はしっかりしておくことにする。
そうした上で明日の戦いを考える。俺相手にアクアはどう動くのか。短期決戦か、それとも長期戦か。
そして俺自身、どう戦うべきなのか。切り札となる『暁』が最終的な決め技となるのはほぼ確定的なのだが、それを当てるにはどうすればいいのか。
色々考えて……部屋に辿り着いて椅子に腰掛けた時点で、こうした考えが無駄になるだろうと胸中悟った。こちらが想定した形で事が運ぶような相手ではないだろうし、計画を立てたとしてもきっと意味がないだろう。
けれど……最後に俺が勝利する形は『暁』を当てるという事実は間違いなく揺るがないはず。そこに至るまでにどういった障害が生じるのか。
「本当、出たとこ勝負というのがつらいな」
何か対策を立てればなどと考え、それはきっと意味がないだろうと思ったりを繰り返し……やがて至った結論は、
「よし、寝よう」
とりあえず明日に備えて寝ることだった。早い時間ではあったが、明日の朝早く起きて朝を振るのも悪くない。というわけで明かりを消して速やかにベッドに入る。
で、目を瞑ってみたのだが……眠れない。当然と言えば当然なのだが。
「これ、遠足を明日に控える小学生みたいな状況だな」
そういえば、この世界に小学生はいるのだろうかなどという馬鹿なことまで考え始め……小さく息を吐いた後、今すぐ眠るのはやめにしてベッドの上で考え事を始めた。
内容は、勇者レンの過去について……といっても情報は少ない。けれど考えることでラキとの戦いにおけるヒントになればいいかなと思う。
まず勇者レンは孤児で、小さい頃良い人生を送って来たとは言えないようだ。そうした中英雄アレスと出会い、剣を学び始めた。ラキによればアレス自身、勇者レンに剣技の全てを託そうとしていた。
加え、勇者レンも夢の中を思い返せばそれに応えるべく剣を振っていたように思える……けれど、クラリスの話から勇者レンの身に何かが起き、知り合いを不安をさせるまでに至った。
ここが一番重要な気がするのだが……でも、それは勇者レンが勇者として旅だった経緯であって、アクアが語っていた技法とは少し違う気がするな。
なので一度頭をリセットして、技法に絞って考える。アクアは何を言いたかったのか。そして、ラキが言っていたアレスの言葉の真意とは何か。
きっとその二つは繋がっている……思いながら、延々と思考を繰り返す。すると少しずつ睡魔が忍び寄り始め、まぶたが少しずつ重くなっていく。
「……寝るか」
そんな風に呟いた直後、俺はなんとなくだが――夢を見ることができる気がした。きっと勇者レンの過去を見る……そんな確信的な心情を抱いた時、
俺はとうとう眠りについた。そして、
今日もまた、夢を見る。