過去の一端
「私も、そう詳しい話は聞いていないよ?」
俺の部屋に入り着席したクラリスは、多少戸惑いながらこちらへ話を向けた。彼女の横にはリミナが座り、俺は二人と向かい合う形となる。
お茶なんかは既にベニタに手配したので、大丈夫……そこまで考えた後、俺は彼女に口を開く。
「もし話が長くなるようなら、夕食もお願いしてくるけど」
「いや、そこまでは……」
「私が色々と話をしたいから、今夜は泊まってもいいと思う」
リミナがクラリスへ言う。すると彼女も悩ましげな表情を浮かべていたが、
「……わかった」
やがて承諾。というわけで俺は再度部屋を出て近くを通りがかったメイドに夕食を一人分多くしてくれと依頼。
で、部屋に戻って改めて話をすることに……その前に。
「そっちが話をする前に、俺の方から話がある」
「話?」
「ああ。俺の記憶喪失の件で、一つ重要なことがあるんだ」
――前置きをして、クラリスへ話し始めた。俺は記憶を失ったのではなく異世界から来た人間であり、勇者レンとは違う意識の存在だということ。
本来、いきなりこんなことを話しても呆然とするはずだが……リミナが適宜捕捉を加えたりもしたので、クラリスは話を真面目に聞いていた。その間にお茶も到着し、なおも話を続ける。
で、全てを伝え終えた後……彼女は、腕を組み唸り始めた。
「えっとぉ……魔法によって……この世界に?」
「そういうことになる。そんな難しい話だったか?」
頭から煙が出そうな雰囲気なんだが……気になって問い掛けると、クラリスは首を左右に振る。
「いや、話自体はそう難しくないけど、そういう魔法がどういう原理で発動し、またどういう経緯でそうなるのか理解できなくて」
……魔法の原理とかを解明しようとしているのか。はっきり言ってそんなの無理だと思うけど。
「というか、そもそもどうしてそんな魔法があるの? ついでに言うと、何でそういう世界と繋がっているの?」
「俺に訊かれても……魔法の詳細はこういう研究している人に聞かないと」
「それって、誰?」
考えられるとしたら英雄シュウ――などと答えようとして、あまり彼に興味を持たれるのも、と思ったので、
「それは、わからない」
とだけ答えると、クラリスは歎息した。
「そっか……で、そういう経緯があって、なおかつ勇者レンの記憶の中に闘技大会に勝ち残る鍵があるから、探していると」
「そういうこと。夢で見ることはできているんだけど、断片的で役立つ情報とかも少ないんだよな」
そこまで言うと、俺は自身の胸に手を当てる。
「けど、体は記憶しているだろうから……例えばクラリスの話をきっかけとして記憶が出てくるかもしれないし、あるいは勇者レン自体が夢に出てくれればと思っている」
「なるほど……わかった。といっても、私の話が役立つかどうかはわからないけどね」
クラリスは一拍置き、俺と目を合わせた。
「で、その記憶云々についてだけど……今のレンはどこまで把握しているの?」
「ざっくり言うと、勇者レンは英雄アレスの弟子だった」
「その言葉だけで、なんだかお腹いっぱいになってきた……」
処理が追いついていないのか頭を抱えるクラリス。
「けどまあとりあえず、関係者であることは間違いなかったと」
「ああ」
「実は息子だったなんてオチを期待していたんだけど」
「悪いな」
「……ふむ、英雄アレスの弟子か。けど、私が人から聞いた話だと、彼が話題に出たことはなかったんだけど」
「出なかった? 重大な部分だから事情を知る人なら話に出てもおかしくないけど」
あるいは、わざと話さなかったということなのか? 考えていると彼女は渋い顔をした。
「うーん……その人の話を考えるに、勇者レンの本来の郷里の人なんじゃないかな」
「本来?」
「その人は、勇者レンの小さい頃のことを知っていた……で、勇者レンはその後別の村で暮らすことになり、成長して一度戻ってきたと言っていたから、弟子入りしたことは知らなかったのかも」
小さい頃……俺は夢のことを思い返す。
「勇者レンは英雄アレスから剣の手ほどきを受ける前、別の場所にいたということか?」
「うん。で、勇者レンは旅を始めた直後くらいにその村に訪れたみたい。その時、私が話を聞いた人は再会したみたいだけど」
ふむ、なんとなく構図は理解できるが……それに対しリミナが首を傾げた。
「村を移動するというのは、引っ越しでもしたということ?」
「いや……」
クラリスは首を振る。そして俺に目線を移したので、
「俺に関わることじゃないし、話してもいいよ」
「そう言われるのは、なんだか不思議な気持ちになるけど……まあいいよ。どうも勇者レンは、孤児だったみたい。その人が暮らす村にも、孤児としてやって来たって言ってた」
その言葉で、リミナは納得と同時に少しばつが悪そうな顔をした。けど勇者レン当人の体は存在しているが意思は存在していないので、こちらは知られて何も思わない。
「で、その人は勇者レン自身、相当キツイ境遇だったと言っていた……詳しく話さなかったけどね」
「その辺りのことは、なんとなくだがわかるよ」
ラキが語っていたことを思い出す。小さい子供の時でさえナイフを握っていたと言われたことを考えると、暗い過去を持っているのかもしれない……まあ孤児という時点で、結構重いか。
「わかった……で、その村で暮らし始める前のことは何か言っていた?」
「ううん、何も」
再度首を振るクラリス……ふむ、ラキが言うには小さい頃アレスと出会った経験があるはずなのだが……アレスは何かのつてでその村にレンを預けた、といったところなのかもしれない。
まとめると、孤児として色々大変な状況の中レンはアレスに見つけられ、クラリスの言う村に引き取られた。それからレン自身剣を学びたいと思ったため、アレスに弟子入りし村を離れた……といったところだろうか。
クラリスと会話した人からアレスのことがまったく聞かれないのが疑問だが……ま、口止めされていたのかもしれないし、ここはあまり考えなくても良いか。
「でね……ここからが本題。以前レンには、彼が勇者レンの話を聞くと暗くなった……そして、心を痛めている様子だったと話したでしょ?」
「ああ」
「そこについて詳しく聞いたんだけど……その人自身も詳しくは知らないって言われた。村を訪れた時、それこそ人を斬り殺そうかというくらいの雰囲気を持っていたからそういった顔をした、と言っていた」
「……どういうことだ?」
「私にも……けどそうした彼を見て、その人は何かに憑りつかれているような感じだと思ったらしいの。そして勇者として活動すると彼は言い……大きな不安を抱いたというわけ」
不安、か……俺としては内容に首を傾げる他なかったし、有用な情報というわけでもない。
「そして、勇者レンは活動を開始した……その人が言うには、その村で暮らし始めた時のレンは、近くに来る人を全て食い殺そうとする雰囲気があったみたい。村で暮らしていてそれは徐々に緩和していったのだけど……その空気が帰ってきた時、完全に戻っていた。だから暗い表情をした、と」
「勇者として活動するというのを聞いて、雰囲気からアークシェイドにでも入ろうなどと思えてしまった、というわけか?」
「具体的に語ることはなかったけど、そんな感じじゃないかな」
クラリスは告げると、小さく息をついた。
「情報はこんなところだけど……参考になった?」
「うーん……けど、これから勇者レンの記憶を夢の中で見る時、クラリスの話したことが勇者レンについてヒントになるかもしれないから、参考にさせてもらうよ」
「それは良かった」
クラリスは笑う。これで彼女からの話は終わりを告げた。