久しい姿
昨日までと比べて帰る時間が長かったのは、間違いなく街の至る所で声を掛けられるようになったためだ。カインを倒した時点ではまだ大丈夫だったのだが、完全にどうにもならならなくなってしまった。
一番の原因は、セシルを倒してしまったことだろうな。それに加え聖剣の一件……相乗効果で凄まじいことになっているというわけだ。
「……闘技大会以降、引きこもり確定だな」
「そんなことを言わないでくれよ……」
セシルは苦笑し、俺へと言う。
「僕やリミナさんがいることも関係していると思うよ」
「……本当か?」
「うん。準々決勝まで残っていた面子がこれほどいたんだし、目立って当然だよ」
「リミナはどう思う?」
尋ねてみると、なぜか彼女は目を逸らした。
「リミナ?」
「……えっと、ですね」
なんだかすごく言いにくそうなのだが……思っていると、彼女は口を開いた。
「はっきり言ってしまえば、勇者様と腰に差してある聖剣を注視していた人が圧倒的でしたけど」
「……ほら」
「引きこもらないでくれよ、頼むから」
セシルはため息をつきつつ語った後……ようやく、屋敷へと近づいた。
そこにも人が押し寄せていたらどうしようなどと思っていたのだが、幸いにも門前にいるのは一人――
「一人?」
誰かいる……俺はその人物を観察。すると、相手は手を振り始めた。
よくよく見ると、その姿はどこか見覚えのあるものだった。栗色のショートヘアが記憶に残っていたためそう思い、なおかつ灰色のローブや鉄製と思しき杖なんかも以前と変わらない物で――
「――クラリス!?」
リミナが名を叫んだ。そう、リミナの友人であるクラリスが、セシルの屋敷前に立っていた。
「知り合い?」
セシルが訊くと、俺が「リミナの友人」と簡潔に説明し、ひとまず近づく。
「おー、間近で見るとすごい格好になっているのがはっきりわかるねー」
クラリスはどこか楽しげにリミナへ言及。すると以前と姿が激変しているリミナは苦笑した。
「えっと……似合ってる?」
「もちろん! というかあんな大舞台で伝説的な闘士とあれだけ戦えたんだから、私としては今すぐにでも郷里に帰って皆に自慢したいくらい!」
「……できれば、それは勘弁してほしいなぁ」
ボヤくリミナを見て、俺とセシルは苦笑。するとクラリスは俺へと視線を移し、
「そっちも、色々とあったようで」
「まあ、な」
「英雄アレスの剣を握るというのは、どういう経緯があったの?」
「紆余曲折あって……と言葉を濁して、はいそうですかと納得する様子じゃなさそうだな」
「まあね。もしよければ事情を聞かせてよ」
胸を張るクラリス。俺は再度苦笑した後、彼女に尋ねた。
「で、なぜここがわかったんだ?」
「私はアーガスト王国の臨時教官ということで、ベルファトラスを訪れていたというわけ。闘技大会が始まる前からいたんだけど、仕事ばっかりで観戦もロクにできずに……あ、結果だけは全部把握しているよ。まったく、しばらく見ない内に二人ともとんでもなく強くなってしまったみたいで」
「そうだな」
クラリスと出会った時のことを思い返せば、相当急激な成長と言えるかもしれない……俺は勇者レンの記憶を思い出した上、良い指導者と巡り合えたからであり、リミナに至ってはドラゴンの魔力を手に入れた要因が大きいわけだけど。
「で、レン達が闘技大会覇者の屋敷にいることも把握済みで……今日やっと仕事もひと段落したから、観戦と屋敷訪問をやろうと思ったわけ」
「そっか」
「で、そっちはどういう経緯でこんな状況に? ベルファトラスに行くとはリミナから聞いていたけど……」
「……その間に色々あったんだよ。話せば長くなる」
「積もる話もあるだろうし、それは中ですればいいんじゃない?」
セシルが提案。するとクラリスは彼に視線を移し、
「あ、どうも初めまして。リミナの友人であるクラリスです」
「セシルです……と、別に敬語じゃなくてもいい?」
「別に構わないよ。こっちもフランクに話をさせてもらうし」
あっさりと砕けた口調になった両者は、改めて俺達に向き直り、
「というわけでレン、見知った人物が登場したということだけど……どうする?」
……彼女の出現で記憶が飛んでしまったが、よくよく考えれば訓練しに帰ってきたんだった。
「リミナ、俺は訓練しているから」
「あ、はい」
「お、伝説の闘士対策?」
「そんなところ」
「そっか。じゃあこの話はおあずけかな」
「話?」
俺にも何かあったということなのか? 首を傾げているとクラリスは頷き、
「ちなみに、記憶って戻ったの?」
「あ、えっと……いや、完全には」
そういえば彼女と出会った時は『星渡り』の魔法についてもわかっていない段階だったな……その辺りのことを改めて話すべきかどうか――
「とはいえ、戻ってはいるんだ?」
「まあ、断片的にはだけど……どうした?」
「いや、もしかすると私が手に入れた情報でさらに何か思い出すかも、なんて思っただけで」
「――何か知っているのか?」
俺が目を見開いて尋ねると、クラリスは「うん」と返事をして、
「ほら、前に出会った時レンと同郷の人に出会ったという話をしたじゃない? 実はレン達と別れた後、その人と偶然再会することができて、色々と聞くことができたの」
……それ、もしかすると勇者レンの記憶にある最後の技法を手に入れるきっかけとかにならないだろうか? そんな風に考えていると、
「だからもしまだ思い出せていないようなら、伝えようかなと思っていたんだけど……」
「ふむ」
と、そこでリミナは口元に手を当てた。
「勇者様、どうします?」
問い掛ける彼女……何が言いたいのかわかった。俺が記憶喪失ではなく、別世界からやって来た存在であることを伝えるかどうかを質問しているのだ。
それで何が変わるかというと……まあ、このまま嘘を貫いて訊き出してもいいのだが、それだと俺達も突っ込んだ質問ができなくなる。事情を話した方が円滑に会話も進むし、勇者レンに関する情報も聞き易くなるのは間違いない。
クラリスは俺達の会話を聞いて首を傾げる。当然ながら彼女は何のことを話しているのかわからない。
「……そうだな、話すか」
そして答える……理由としてはいくつかある。そもそも彼女に話して大して影響がないということ。噂が広まるなんてこともありえないし、その辺りのことは心配しなくてもいい。
だからといって無闇やたらに話すつもりもないが……クラリスなら、大丈夫だろう。
「……わかりました。というわけでクラリス。話そうか。まずは勇者様の件について」
「あ、うん」
「勇者様もお聞きになるんですよね?」
「ああ。予定変更だ。それに――」
と、俺は一拍置いて三人に告げる。
「それこそが、闘技大会優勝への鍵となるかもしれない」
「なるほど、記憶の中にこそ勝機ありというわけか」
理解したセシルが声を上げる。俺は彼に首肯した後クラリスに改めて向き直る。
「というわけで説明、頼むよ」
「……なんだかすごい期待を寄せられている感じだけど、そんなに話すことはないよ?」
「今は少しでも情報が欲しいんだ。それによって、何かきっかけが生まれるかもしれない」
「……わかった。なんだか私の方が緊張するレベルなんだけど……話すよ」
と、いうわけで俺達は屋敷の中へ入る。クラリスとの話は、勇者レンについて――