両者の実力
そして、午後からの試合が始まる……現れたのはラキとコレイズ。
ラキの方は相変わらず灰色の外套姿。腰には剣を差し、風貌的には旅をする傭兵という感じがする。
一方のコレイズは、最初に出会った時と同様肩を超える程度かつ、天然パーマがかかった黒髪と、青と白を基調とした全身鎧。長身であることもあり、中々の迫力が出ている。
正直、風貌だけ見ればコレイズの圧倒的勝利だと予想してもおかしくない……ただラキも準々決勝まで駒を進めてきた以上、観客も大いに期待しているところだろう。
「このような舞台で戦うとは、正直思っていなかった」
向かい合った時、コレイズが口を開く。
「お互い、悔いの残らない試合にしよう」
「ああ」
ラキは明るく応じ、双方剣を抜く。そして、
『――始め!』
戦いが始まる。先手を打ったのは、コレイズ。
接近すると同時に横薙ぎを放つ。一片の容赦もない一撃は、並の戦士なら一発で吹き飛んでいたに違いない威力だったはず。
だが、ラキは右腕の剣で平然と弾き……受け流すと同時に素早く反撃に出た。剣速は中々のもので、コレイズの体へ一気に吸い込まれていく。
しかし、それをコレイズは左手の小手で防いだ。それが損傷するようなことにはならず……同時、両者は距離をとった。
「さすがに、今まで通りとはいかないか」
ラキは告げると剣を構え直し、一転して踏み込んだ。そうした放たれた斬撃をコレイズは余裕で受け流す。
剣技は互角か……? けれど両者共本気を出しているようには見えないし、まずは双方出方を窺っているような段階か。
「ずいぶんと、余裕だな」
剣を合わせながらコレイズが言う。その言葉にラキは疑問を感じたのか聞き返す。
「余裕?」
「悠長に探り探り攻撃していていいのか、ということだ」
答えた直後――コレイズが剣を振る。それと同時にラキが回避し、
思わず顔をしかめたくなるような金属音が右耳から入り込んでくる……すると、
「探り探りというのは少し違うかな」
ラキは、それまでと変わらぬ様相でコレイズの剣を受けていた……音からすると、初撃以上に威力を込めて振ったと思われる一撃なのだが。
「逆に訊くよ……そっちが手を抜いてこっちが本気を出すと思う?」
「……目論見は看破しているというわけか」
「あなたを含めて三人……僕らの優勝を阻む敵が残っている。その状況下で僕を倒すという目的を達するなら、あなたが戦力分析して次のマクロイドに戦わせるのが一番のはず……けどさ」
告げると共に押し返す。コレイズはそれに流されるように距離を置き、
「正直、戦力分析をしていて負けましたというのは、不本意なんじゃないの? そんな役回りで、悔しくないの?」
どこか挑発的な言葉。コレイズはどう応じるのか。
「……悪いが、挑発に乗る気はない」
「あ、そう」
「そして一つ勘違いしているようなので言っておく。確かにこちらの策はお前が言った通りだ。しかし」
そこまで言うと、コレイズは腰を低く落とした。
「私が捨て石だと決めつけるのは……早計だな」
刹那、跳ぶ。一歩で間合いを詰めたかと思うと、鋭い剣閃がラキへ向け放たれた。
それにラキはあっさりと応じる……いや、一瞬コレイズの剣戟軌道が変化した――思ったと同時、
「――っと!」
ラキは声を上げ剣を防いだ……どうも、かなりギリギリに見えたのだが……?
「そういえば、コレイズの剣技についてどのようなものかチラッと聞いたことがある」
セシルが突如口を開いた。俺は意識を少しそちらへ向けつつ観戦を継続。
「大きな特徴としては……虚実。つまりフェイントを織り交ぜるのが非常に上手いらしい」
「虚実……」
「戦士団はモンスターと戦うケースが多いからね。モンスターというのは直情的な動きを追うのは得意だけど、突然進路を変えたり意表を突かれたりする攻撃に弱いことが多い。まあモンスターを易々と跳ね除ける能力があればそんなことをする必要はないのだけど……とにかく、コレイズはそうした技が得意というわけ」
解説が続く間に何度もラキとコレイズは剣を合わせる。けれどラキは先ほどまでの余裕はないのか防戦一方であり、コレイズの剣が入るのではないかと思わせる。
当のラキはこれが演技なのか本当なのか……額面通り受け取るのならばコレイズ優勢でもしかすると……という可能性も考えられた。しかし、
「――確かに、厄介だ」
ラキは告げ、コレイズの剣を真正面から受け、大きく弾いた。
それはかなりの力を入れたのか、一瞬コレイズの動きが鈍る。その隙にラキは体勢を立て直し、反撃に移る。けれどその時点でコレイズも体勢を戻しており、
「これはどうかな?」
余裕ともとれる声音を発したラキは一撃。けれどコレイズには届かず、一進一退の攻防という状況となる。
今度はコレイズが打って出る。斜めに一閃した斬撃はラキにあっさりと防がれたが、次に繰り出した刺突について、ラキは体を捻って避ける。
それによって生み出された隙に対し、コレイズはさらに剣を向ける……しかし、
「そんな単純な攻防で、勝てると思っている?」
ラキは悠然と、さらに挑発的に告げると見事捌ききった。
「……そういうわけではない」
コレイズは淡々と、感情を一切含めず応じるとさらに斬撃の雨を降らす。先ほどよりも速度が増し、金属音の響く回数もどんどん増していく。
壮絶な打ち合い……という風には正直見えなかった。観客もこれまでの戦いを思ってか歓声もあまり大きくない。純粋な剣技の応酬といった感じで地味なので仕方ないと思うけど。
そして剣を合わせている両者はどんな風に考えているのか……そこで、ラキは後退した。
追いすがるコレイズ。畳み掛けるという雰囲気ではないが、この連撃に耐え切れないようなら……という心持ちなのが、なんだか透けて見える。
果たして――コレイズの渾身の一撃と思しき刃がラキへ迫る。
「――とはいえ、純粋な剣技は確かにすごい」
ラキは冷淡に語ると、コレイズの剣を真正面から受け、動かなくなった。
「でも、はっきり言って全て予測通りくらいだね……正直、拍子抜けするくらいだ」
断じるとラキは剣を弾き反撃。剣戟がコレイズへ迫り、彼はそれを容易く防ぐ――はずだった。
きっと彼本人もそう思っていただろう。けれどその剣は――コレイズが防ぐ間もなく鎧に触れる。
「っ――」
ほんの短い声を発したコレイズは瞬間的に反応し、小手を刃にかざして威力を殺し後退。そこへ追撃を加えるラキ。コレイズはそれに反応して見せたのだが――
ラキの剣がするりと抜け、またも彼の鎧へ到達する。
「また抜けた?」
セシルが驚愕すると共にコレイズは先ほどと同様小手でしのいだ。これで二度……一体、何を意味するのか。
「今の攻防でわかっただろう?」
ラキは告げる。これは彼の剣を直接受けたコレイズにしかわからないことだ。
「虚実の技術が優れているというのはリサーチ済みだよ。で、僕もあなたの得意分野で今攻めてみたんだけど……結果は、明らかだね?」
「……なるほど」
コレイズは言う。声音は重く、何かを悟った雰囲気。
「こちらの技術で、今の虚実は追い切れなかった……つまり、そちらの方が上だと言いたいわけだな?」
「そういうこと。さて、ここで問題だ。僕が上回っているのは、果たして虚実の技術だけだろうか?」
――剣技において、コレイズを完全に上回っていると言いたいのか。
コレイズからの返答はない。けれど沈黙が一つの事実を現していた……すなわち、
彼自身、ラキの方が技術的に上回っていると確信した。