思案する勇者
医務室でリミナと会話を行った後、二人して広間へ戻るべく歩く。彼女は俺の顔を見て最初意気消沈していたが、やがて晴れ晴れしい顔になり、
「アクアさんに対しあそこまで戦えたということですから……満足すべきなのかもしれませんね」
そう言うと、優しく微笑んだ。
「勇者様と戦えないのは心残りですけど……後日、ということで」
「どこかで戦うつもりではいるのか」
「……こちらの世界にいた勇者様の記憶が戻ってから、という方が筋も通っていてよいかもしれませんね」
告げた後、リミナは複雑な表情をする。
「……まだ、勇者様は夢の中に……」
「出て来ないな。けどまあ、現れる契機というのは到来しそうではあるけど」
「統一闘技大会決勝、ですか」
「俺がラキと戦うなんて時、出てきそうじゃないか?」
「そうですね」
同意したリミナは頷くと共に何か言いたそうだったのだが……それをぐっと飲み込み、
「すいません、少しばかり暗くなってしまいました」
「いや、いいよ……どうにかそこも決着つけないといけないよな」
前を向きつつ俺は言う。リミナもまた同じように思っているはず。勇者レンから色々と訊かないことには、例え全てが解決したとしても終わりじゃないだろう。
この大会がそのきっかけになればいいんだけど……考えている内に広間に到着。入ると、既に一行は食事を開始していた。
けれどロサナとリュハンの姿が見えない。俺はそこに言及しようとした矢先、セシルが言った。
「あ、二人なら別所に移動した。午後は戻ってこないってさ」
「何かあったのか?」
「詳しくは話さなかったけどね……ま、僕らに関係があったら話すと思うよ」
セシルはそんな風にさっぱり語った後、自身の隣の席を俺へと促す。気付けば男性陣と女性陣で分かれており、俺は指示されるがままセシルとグレンの座る席へと腰掛ける。
「次の試合はラキとコレイズ……下馬評はルルーナの側近であるコレイズが有利、などと言われているけど……」
「そうは思わないな」
逆に、コレイズがどこまで追いすがれるのか……そんな戦いになりそうな気がする。セシルも同様の見解を抱いたらしく首肯し、
「コレイズ自身、こう思っているはずだ……準決勝でマクロイドと当たる。それに対しラキの底を把握するべく戦う方が良いだろうと」
「捨て石になる気満々というわけか」
「負け戦だとわかればそれ以外に方法はないと思う……本当は彼がラキを倒してくれるのが一番ありがたいわけだけど」
――先ほどラキと遭遇した時、さして優勝に固執している風には見受けられなかった。コレイズの能力を見てあっさりと戦いを放棄する、なんて可能性もゼロではない気がする。
けれど、そうなると……そもそもなぜ彼らは闘技大会に参加したのか。やっぱりあれは演技で、実際は優勝を目指していると考えた方がいいか。
で、ラキと遭遇したことはリミナにも話していないのだが……これは、どうするべきか。
「何かある?」
顔に出ていたのかセシルが問う。俺は「なんでもない」と答えた後、とりあえず黙っておくことにした。
理由は無いと言ってもいいのだが……内容を聞かれれば勇者レンの境遇についても話すことになる……この場でそれを話すのもどうかと思うし、何より今回話したことは勇者レン最後の技法に関係している。無闇に話さず、まだ内に留めておいた方がいいだろう。
もし話すとなれば、闘技大会が終わった後くらいかな……などと思いつつ俺は別のことについて口を開く。
「ラキ達の試合についてはまあいいとして……マクロイドさんも順当かな?」
「たぶんね」
途端不機嫌になるセシル。わかり易くて苦笑しそうになった。
「準決勝はこのままいけばラキとマクロイドになると思う」
「嫌そうだな」
「マクロイドに勝ってもらうのが望ましいのはわかるけどね……複雑な気分とだけ言っておくよ」
よっぽど嫌いなんだなと思いつつツッコミは入れない。というかその辺のことを話すと泥沼になりそうな気がする。
「……ねえ、少しいい?」
そこで、アキが俺に問い掛けてくる。こちらはテーブルの上にあるサンドイッチをつまみつつ、応じる。
「ああ、何?」
「ラキについてだけど、現世代の戦士と戦えるだけの力を持っているとなると……腕は相当なものだと思う」
「そうだな」
「以前からレンは夢で過去の情景を見ていると言っていたけど、その時点で絶対的な強さを持っていたの?」
「……その兆候は、ないな」
俺は口元に手を当てこれまでの夢の出来事を思い出す。断片的であるため確定というわけではないと思うけど。
「ということは、英雄アレスから教えを受けて最初から強かったわけじゃないのよね」
「だと思うけど……どうした?」
「いえ、レンとおそらく同い年くらいで、なおかつあれだけ戦えるというのは……何か理由があるのかなと思って」
確かに、言われてみると……夢を思い返すと何度か訓練する光景はあった。その時のラキの技量はレンより上という感じだったはずだが、絶対的な強さを得ているというわけではなかった。しかし――
「……夢の中ではそれほど差がついているわけではなかったけど、俺がこちらに来て出会ったラキと比較すると相当な差になっているな」
「そこはシュウと手を組んだからじゃないの?」
セシルから提言。けれどアキはそれに憮然顔。
「だってあの人は魔法使いでしょう? 魔力面から鍛え上げられて強くなるのは否定しないけど、ルルーナさんと互角に戦っていたというのは見逃せない点だと思うの」
「そこだけ切り取れば技量面も優れていたということか……レン、その辺のことは夢で見ていない?」
「わからないな」
セシルの問い掛けに首を傾げて答える。
「もし何かわかったら、改めて話をするよ」
「そっか……ともあれ、次の試合でその片鱗を見ることができるはずだ。これは貴重な情報に違いないから、見逃さないようにしないと」
セシルは語ると同時にサンドイッチを口に放り込んだ。
「で、レン。もしラキと戦う場合だけど、勝機は?」
「それについては、試合が始まる前にアクアさんなんかにも言われたよ……これについては、一人でじっくり考えることにする」
「そっか。もし勝ったら、その考えたことが成功したということか」
「ああ……できれば先に準備しておきたいけど、その時間もないだろうな」
アクアとの戦いもある……ラキと戦うためには彼女を倒さなければならない。
とはいえ、やれることはひどく少ない……彼女が語ったことを思い出しながらも、切り札は間違いなく『暁』であることに変わりない。それはまだ未完成であり、かといって訓練する時間もない。
やはり、戦いの中でつかむしかないか……思いつつも、これだけギャンブルをやってまだ負けていないというのは面白いと思った。
これまでもそうだったが……勝負によって俺は成長してきた。この闘技大会以外では全てが命のやり取りであり、一歩間違えれば旅の途上で命を失っていただろう。
けれど、今もまだ俺は生き残っている……それがどういう意味を成すのかまだわからないが、少なくとも納得できるようにはしようと思い、明日戦うアクアのことを考える。
まともに戦えば、勝つのは難しいと思う。俺はリミナのように多大な魔力があるわけじゃないから、全身を覆うような強固な結界なんて使用してももたない。だから同じ戦法は使えない。
いや、白銀の魔力である俺なら……などと思ったが、僅かな揺らぎを見つけて対処したアクアだ。きっと俺の攻撃を突破するに違いない。だからこそ、他の手が必要となる。
最大の問題はどう『暁』を当てるか……これは単発技なので、入れるのも難しい……思いつつ、俺は仲間達と共に昼食を続けた。