もう一つの決意
今までラキと話したことは何度もある。けれど剣も構えず、なおかつ周囲に仲間もいない状況で会話を始めるのは初めてであり、俺としては体の中に緊張が走る。
「先に言っておくけど、君をどうにかするつもりはないよ。そもそも、こうして対峙しているという時点で闘技場運営の人間には注目されているだろうしね」
飄々とした態度で語るラキ……どこまで本当かはわからないが、少なくとも敵意は感じられないので、剣を差し向けるつもりがないのはなんとなく理解する。
「で……本題だけど、正直驚いたよ。まさか戦士カインを倒すまでに成長するとは……これほどの短期間で、信じられない」
「ある意味、必然と言っていいのかもしれないぞ?」
俺は、ラキから目を離さず応じる。
「俺達は、英雄から剣の指導を受けていたんだ……そのくらいできても不思議じゃない」
「……ふむ、言われてみればそうかもしれないね」
「実際、お前もカインやルルーナと肩を並べているんだろ? それなら俺が到達したって不思議じゃない」
しかり、といった様子でラキが何度も頷く。俺の返答に満足しているのかさらに笑みを浮かべて、
「それもそうだね……とはいえやっと、と言うべきなのかもしれない」
「やっと?」
聞き返した俺に、ラキは笑みの色を変える――あの戦士達の演習の時、襲撃し邂逅した場での、複雑な色を乗せた表情に似ていた。
「そう……僕は、レンが彼らを倒せる技量を身に着けられることは知っていた。それだけの資質を持っていると、アレスさんから聞いたことがある」
「何……?」
「訓練の時直接聞いたわけじゃないよ。少しばかりお酒が入った時の話さ。アレスさんはきっと、憶えていなかっただろうけど」
笑みを一度消し、再度明るい表情に戻るラキ。
「アレスさんはこう言っていた……僕は剣を振りたいという純粋な気持ちから剣を学びたいと考えた。そしてレンは……アレスさんが出会った時、それこそ小さい子供の時でさえ、小さなナイフを持って戦う意志を持っていた」
そう言うと、ラキは肩をすくめる。
「レンは何一つ包み隠さず話したけどさ……正直、戦乱に巻き込まれ親の顔さえ知らない君に同情を抱いたのは事実だ。そんなことを話せばきっと足蹴にされるとわかっていたから何も言わなかったけど……ね」
――勇者レンは、結構不幸な境遇だったらしい。俺としては新たな事実が発覚したため驚く場面なのだが、ひとまずなんてことのない顔を作る。
「その当時だったら、殴っていたかもしれないけど……今は、何も思っていないさ。むしろ、現状境遇としてはお前の方が――」
「それはまあ、確かに」
頷くラキ……英雄シュウと魔王に関わりながら、どうしてそこまで達観していられるのか。
いまだ把握できていない目的のためなのか……じっと注視していると、ラキは苦笑した。
「話を戻そうか……僕が聞いたのは、レンのその境遇が自分に似ているから、教えた剣技の真価を発揮できる日が来るとのことだった」
「真価、だと?」
「その様子だとまだ到達していないみたいだし、ヒントになってしまったかもしれないけど……ま、いいか」
ラキはさっぱりとした口調で話す……言動はまるで、この闘技大会がどう転んでも良いという感じであり、俺はさらに訝しげな視線を投げる。
「で、アレスさんはこうも言った……それはおそらく僕にはできない。できるのレンだけだろうと、ね」
――俺はふと、アクアが語ったことを思い出す。もしやラキが今語っていることは、アクアが話したことと重なるのではないか?
そして、境遇……この技法は勇者レンの生い立ちが少なからず関係している……これは、一体どういうことなんだ?
「だからなのかもしれないけど……僕はある時期、レンを妬んだこともあったりする。師匠の口から僕より上にいってしまうなんて可能性を聞かされれば、当時共に学びライバルとなっていたレンにそう思ったのは、仕方のない話だったかもしれない」
そこまで語ると、ラキは暗い笑みを浮かべた。
「それが……あれを引き起こしたことと、少しは関係しているのかもしれない」
――俺は、何も語らなかった。あれというのが何を指し示すのかわからないこともあったが、心の中で変に反応するべきではないと、自分自身に警告を発したためだった。
こちらの反応を見て、ラキは小さく息をつく。
「……もっと、反応すると思ったんだけどね」
「悪いな」
俺はラキに答えた後、もっともな理由を添えて語る。
「今ここで逆上したとしても、お前の思う壺だろう」
「……大人になったねぇ、レンは」
「お前に言われても嬉しくないな」
眼光鋭く睨むと、ラキは首をすくめ続きを話す。
「そうだね。で、さ……僕がこうして話そうと思ったのは、今レンがどんな風に考えているのか訊きたかったんだ。どういう気持ちでこの場に立っているのかを、確認しておきたかったわけ」
「それを聞いてどうするつもりだ?」
「特別目的があるわけじゃないよ……訊こうと思った主な理由としては、アレスさんの剣を所持することが世間に知れ渡ったから。今後君がアレスさんの後継者として認知されることになるだろう……それを踏まえ、今何を思っているかを確認したかった。ただそれだけださ
「……逆に訊くが、お前はどう思っている?」
「僕はこういう立場だからどう足掻いてもレンのようにはなれなかっただろうね。それに、もし聖剣が手元にあったとしても、僕に魔王を滅する力を生み出すことはできなかった」
そこまで言うと、ラキの目がほんの僅かだが鋭くなる。
「魔王を倒す力に、真価……きっとアレスさんは、最初からレンに全ての剣を継がせようと考えていたんだろう。だからこそ僕は少しずつ反発するようになり……ま、この辺りはいいか」
――それが、俺にはまだわからない『何か』を引き起こしたということなのか……沈黙していると、ラキはなおも語る。
「ともかく、僕に対し何かを抱えているという感じではなさそうだね……少し拍子抜けしたけど、同時に少し安心した」
「安心?」
「自分でもそう思っているのが不思議なくらいだけどね……ま、どちらにせよ」
そう言いながらラキは俺に背を向ける。
「次会う時は決勝戦だ」
「……まだ俺が到達できると確定したわけじゃないし、第一お前も――」
「勝つさ」
ラキが、答える……自身に満ちた声でも、強い決意の表明でもなかった。それは言わばどこか事務的で、勝てると確信し冷めきった声音にも思えた。
「相手はコレイズとマクロイド……相手にとって不足なしとはいえ、この対戦表を決めたのは僕達だ」
「ずいぶんとまあ、自信があるんだな」
「ああ」
つかみどころのない声色による返事。けれど同時に極めて冷静で、未来がわかっているような響きを持っている。
「もし僕に勝てるとしたら、レン……君だけだろうね」
「……なら、お前の優勝を阻むべく俺もアクアに勝つさ」
「ああ、だから決勝で待っているよ」
ラキは言い残し……立ち去った。残った俺は沈黙し、ラキの消えた廊下を見据え続ける。
「……お前は」
訊きたいことは山ほどあった。けれど問い掛けはできない。しかし……もしラキに勝ったのなら、問い掛けのできる資格を有したと言えるかもしれない。
なら……ラキに勝つため、決勝に乗り込むしかないな。鍵は間違いなくアクアも言及した技法……それは、勇者レンの記憶の中に眠っている。
それを引き出し、ラキに勝つ……俺は新たに生じた決意と共に、改めてリミナがいると思しき医務室へと歩き出した。