攻防の結末
リミナの渾身の魔法が、アクアへと降り注ぐ――とてもじゃないが避けきれるレベルの規模ではなく、これで決まったかと俺は一瞬考えた。しかし、
「――直撃すれば、私も危ないと思うわ」
アクアが端的に告げる……そしてそれは、アクアがこの魔法を回避できるという確信を得ていることをしかと理解できる言葉。
刹那、俺の脳裏にあることが閃く。リミナの防御能力は非常に強力であり、現状のアクアでは打つ手がない。しかしこれだけの攻撃魔法を放った以上、その結界の制御にも揺らぎがあるだろう……それを狙っていたとしたら――
アクアが走る。リミナに向かって真っ直ぐ突き進む光景は、俺から見れば無謀な行為にしか見えなかった。けれど、
「――なっ!?」
リミナが驚愕する。そしてアクアが大きく足を前に踏み出し、さらに拳を振った。
その拳の動きによってなのか……さらに前へと進み、彼女の後方で風の竜が炸裂する。
「――避けた!?」
セシルもまた驚いたのか叫ぶ。四方八方を塞がれていながら、それでも見事回避したアクア……きっと拳を振ったことで風の流れを変えた、ということなのだろう。例えそうだとしても、さっきの何気ない動作でそれだけのことをできるというのは……やはり、驚異的。
とにかく魔法は失敗し、アクアはリミナに走る。そして彼女の拳に淡い光が生まれ、
リミナは後退しようとした。けれど間に合うことなく、
アクアの拳が、リミナへと叩き込まれた。
直撃したのは胸部。魔法発動により結界の維持ができていなければ……リミナが――
「……今の魔法は、確実に入ったと思ったのですが」
リミナの声。彼女は拳を胸に受けながら――ダメージは負っていない様子だった。
「しかし、これでアクアさんも魔力が底についたのでは?」
「……確実に結界の強度が落ちていたはず。なぜ?」
拳を突き出したままアクアは問い掛ける。するとリミナは体勢を変えぬまま返答する。
「非常時に結界を張る道具を、身に着けていますから」
――俺の脳裏に、以前彼女に贈ったペンダントが蘇る。ドラゴンの魔力による結界の強度が落ちたのを補強するために、俺のあげたペンダントの力を使って――
「これで、終わりです!」
リミナは決然と叫び槍を振る。同時にその刀身に注いでいた魔力を開放。またも風が生まれ、その威力は先ほどと比べるべくもないが……ゼロ距離で魔力が底についたアクアに、避けられる術はない――
「――ここまで追い込まれたのは、久しぶりね」
けれどアクアはなおも口調を変化せず、一瞬で横に移動しその風を避けて見せた。
リミナはその動きに臆さず槍をさらに振る。もう刀身に魔力は残っていないようだったが、それでもドラゴンの魔力を維持し結界を張る以上、アクアに勝ち目は――
だが、俺の推測はあっけなく裏切られた。アクアは向かってきたリミナに再度踏み込み、掌底を叩き込んだ。腹部に直撃したそれによって彼女は大きく吹き飛ぶ。
転倒灯するようなことにはならなかったが、それでも体勢を立て直す時間が必要となり、
「……あ?」
槍を構え直そうとしたリミナが声を上げ……突如、片膝をついた。
「これ、は……?」
「どれほど魔力を保有しようとも、感情が揺らいでしまえば結界というのはおのずと変化する」
アクアは決然とした声で告げる……間違いなくグレンに施した一撃を、リミナへ放った。
「風の魔法を炸裂させた後、リミナは結界の維持を再開したようだけど……先ほどまでの強固なものとは明らかに異なっていた……それはきっと、魔法が効かなかったことによる動揺ね」
「そうした感情の変化があったから……結界を、突破したということですか」
なんとか立ち上がろうとするリミナだったが、足がまともに動かないのか硬直したまま。
「ええ……さすがに私も余裕がなかったから、思った以上に強く打ってしまったわね。ごめんなさい」
その言葉により、リミナは俯いた。勝てなかったことによる悔しさか、それとも――
「……アクアさん」
「ええ」
「私は、少しでも強くなれているのでしょうか?」
「十分過ぎる程よ。周囲の人達が強くて焦るのはわかる……けど、追いついているといっても良いのではないかしら。なにより――」
アクアはそう言って、手を左右に広げた。
「この舞台で、ここまで戦ってきたのだから」
「……はい」
返事をした直後、リミナはとうとう崩れ落ちた。そしてアクアを勝利者とする実況の声が轟き……試合は、終わった。
「最後は、一瞬だったね」
歓声を耳にしながらセシルの声が聞こえた。その間にアクアがリミナを立たせ、二人してアクアの控室へと戻ろうと歩む。
「レン、最後会話をしていたみたいだけど」
「ああ……」
と、そこで感情によって結界の強度が弱まったということを告げると、
「そんなことができるのは、正直アクアくらいだと思うわ」
呆れを含んだロサナの声。
「感情による変化といっても、リミナにしてみたらそれまでと変わらない結界の維持をしたことでしょう……けれど、アクアから見れば穴だらけに見えた、と。こう考えると結界で完全にガードするという戦法は普通の人じゃ無理そうね。リミナだってドラゴンの魔力を保有していたからこそ使えたわけで」
「あの人にとっては、僕達ではわからないレベルまで魔力を知覚することができるというわけか」
セシルが言った時、リミナ達の姿が消えた。これで午前は終了……激闘だった。
「さて、午後からはラキの試合だけど……当然、見るんだろ?」
「ああ」
セシルの質問に対し俺は強く頷く。明日におけるアクアとの戦いに備えるというのも一つの手だが、ラキとの戦いもしっかり見ておかなければならない。
「相手はあのコレイズだから、それなりに戦えると思うけれど」
ロサナが言う。それに同調したのは、リュハン。
「腕はこのベルファトラスでさらに磨きを掛けたはずだ。技量的にはルルーナやカインにも劣らない」
「となれば、本気を出してくる可能性も十分にあるな……」
思えば、俺は直接ラキの全力を見たことが無い……いや、そういえばカインがラキから物を奪った時、そうした動きを見せたのかもしれない。けれど一瞬のことなので皆無と言っていいだろう。
だとすれば、ここで観戦しておくことは大きな情報となるだろう……俺がラキと戦う可能性がある以上、備えておかないと。
「それじゃあ昼食はここで……と、レン。リミナさんが帰ってくるのを待つ?」
「……たぶん医務室に行っていると思うから、一度様子を見に行こうかな」
大丈夫だとは思うけど……俺は言うと部屋を出るべく移動を開始。
「レン達の分も頼んでおくよ」
「ああ、わかった」
俺は承諾と共に部屋を出る。そして一つ息をついて、
「……リミナ、落ち込んでいるのかな」
戦うと決意を表明していたからな……胸中思いながら歩み出す。そこへ――
「お、丁度良かった」
声が――そしてそれは、聞き覚えのあるものであり、
「……え?」
正面から人影。俺は現れた人物を見定め、思わず警戒する。
その人物は――まさかの、ラキ。
「そう警戒しないでくれよ」
肩をすくめる彼は、俺に笑い掛ける。
「準決勝まで到達したから、少しばかり話そうかと思ったんだよ。いいかい?」
「……何が目的だ?」
「話そうかと思っただけ……ただ、それだけさ」
俺としては唐突な申し出に何を考えているのか理解できなかったのだが……けれどここで押し問答していても仕方ないかと思い、
「いいぞ、場所は?」
「さっき見晴らしのいい場所を見つけたから、そこにしよう」
言って、一方的に歩き出す。それに俺は険しい顔をしながら……予定を変更し、ラキを追随することにした。




