一方的攻防と圧倒的能力
広間に戻ると、セシルは既に戻って来ており、
「遅かったじゃないか」
「……アクアさんと話し込んでいたんだ」
告げると、俺は周囲に目を向ける。全員何も言わず俺を一瞥しただけなのだが……まあ、仲間内で戦った以上余計な言葉は必要ない、といったところか。
「セシル、ちなみに話したのか?」
俺はなんとなく問い掛ける。一応副リーダーの件のつもりだったのだが、
「いや、何も」
首を振るセシル。まあリミナもいないし、今日の夕食時にでも話すか。
「何の話?」
それにノディは食いついてこちらに問い掛けるのだが、俺は「後で話す」とだけ答えて、イヤホンをつけながら会場が一望できる窓へと近寄った。
会場のボルテージも上がっており、それに準じた実況の声も聞こえる。どうやらいよいよ二人が出てくる段階らしい。
そうして高らかに名を呼ぶ掛け声が耳に入り――リミナとアクアが同時に闘技場へと出てきた。
「さあて、どこまで戦えるのかな」
フィクハが椅子から立ち上がり身を乗り出しながら呟く。リミナがどこまで戦えるのかという意味だろうな。
グレンの時と同様、広間にいる面々は全員アクアが優勢だと思っていることだろう……いや、ロサナなんかは彼女の弱点を知っている様子なので、苦戦を予想しているかもしれない。
ともあれ、先ほどアクアから言われたことを思い出しつつ、注視。この戦いがラキと戦うための突破口となるのなら……どういう結末になろうとも、見続けなければならない。
「……どうも、アクアさん」
両者が対峙した時、イヤホンから声が聞こえた。口を開いたのはリミナ。
「まさかこうした舞台で戦うことになるとは、思いもよりませんでした」
「そうね……自信は、ついたみたいね」
「一応は、ですけど……まだまだだと思います」
「謙遜、と言っておこうかな」
会話はこれから戦い始めるものとは思えないくらい、穏やかなもの。
「……納得できない部分もあるけど、この戦いは対戦表を組み替えられたから実現した。私は精一杯応じるつもりでいるから、よろしく」
「……こちらこそ」
告げると同時にリミナは槍を構えた。それと共にアクアも構え、
『――始め!』
戦いの宣言。同時にアクアが跳んだ。
リミナも応じようとしたのだが、初動は圧倒的にアクアが早かった。リミナは先手必勝とはならず、半ば必然的に守勢に回る。
アクアは挨拶代わりに突きを一発。それをリミナは槍でどうにか防ぎ、後退しようとする。
しかし――アクアの動きが圧倒的で、距離をとるよりも早く懐まで潜り込む。
「いきなり――」
フィクハの声。おそらく決まったかなどと呟きたかったはず。
同時にアクアの拳がリミナに打ち込まれた。衝撃で後退し距離をとるリミナ。ダメージはどうなのか……内心思っていると、
「確かに、私はアクアさんの動きをほとんど追えません」
彼女は一切ダメージを受けていないような声音で語る。
「だから、方法は一つしかない」
「結界、ね。ドラゴンの魔力に物を言わせた物量作戦」
アクアが告げる……リミナは後天的であれドラゴンの力を得ている以上、魔力も相応に増大している――その魔力の高さとそれに付随する魔法の威力を生かし、絶対的な防御能力を誇る騎士オルバンを倒した。
今回はそれを防御に転用し、避けられないのならダメージを受けない強固な結界を張ることを選択したようだ。
けれど、アクアの腕をもってすればそれを突き崩すことは難しくないのでは……考える間にアクアがさらに疾駆する。一気に接近し、リミナへ拳を見舞う。
「――光よ!」
刹那、リミナが槍先に光を生み出す。まさか、これは――
悟った瞬間爆音と爆煙が二人を包む。ミーシャにやろうと思っていたはずの、自爆戦術。
「確かに、捨て身じゃないと彼女に攻撃は通らないだろうね」
セシルが一連の光景を見て意見する……強固な結界を張っている以上、自身を巻き込みながらの攻撃だってできる。しかし、これが果たして通用するのか。
思考する間にまず、リミナが飛び出してくる……いや、吹き飛ばされていると言った方が正しいか。彼女はおそらく拳を身に受けその衝撃で大きく後退しているようだった。
さらにアクアが追撃するべく煙の中から現れる。そうしてまたも拳と槍が合わさり、両者は一時せめぎ合う。
とはいえ、リミナは槍である以上踏み込まれれば柄部分で受けるしかなく、満足に攻撃できない様子。
「くっ……!」
リミナは呻き、魔法を受けたアクアは無傷。さすがにこの戦法は通用しないか。
「今の魔法は、私に効かなかった……次はどうするの?」
アクアは問いながら槍を弾き、突破した右の拳をリミナの胸部に打ち据える。それにまたも数歩後退するリミナ。体勢を立て直す間にアクアはさらに間合いを詰め、
――リミナは突撃するアクアに対し槍を薙ぎ払った。しかし彼女はあっさりとかわしたかと思うと、今度は背後に回り込む。
次いで背中へ拳が突き刺さる。容赦のない一撃だが、吹き飛び体勢を整えるリミナはダメージが一切ない様子。グレンとの試合でロサナが解説したように、この戦いも最初は様子見らしい。
「……ふむ」
するとアクアは動きを止めた。動きについていけないリミナに対し一気に畳み掛けてもいい場面のはずだが――
その間にリミナは槍を構え直す。切っ先を相手へ向けるが、槍の刃を当てることはできないように思える。
となれば無詠唱魔法……だが、先ほどの光弾をしかと防いだアクアにそれが通用するとは――
「さて、正念場ね」
そこで、アクアの呟きが確かに聞こえた……おそらくリミナには聞こえていない。イヤホンにより闘技場内全ての音を拾うということによって、聞きとることのできた言葉。
正念場……? 圧倒的有利に立つ彼女から予想外の一言。となれば、この状況がまさしくアクアの述べた弱点に直結する場面なのだろう。
それは一体――じっと注視していると変化が起こる。アクアは突如右手を突き出し、その拳が、淡く発光し始めた。
「魔力を凝縮させますか」
リミナは言うと同時に槍を少し前に出す。もし来れば反撃するという構えだが、
「さて……いきますか」
アクアはどこか陽気に告げ――走る。リミナの槍を無視するかのように突撃を行い、迫る。
速さはまるで弾丸のようであり――眼で追い切れず、気付けばリミナの槍の先をすり抜けていた。
「っ……!」
リミナは反応したが、時すでに遅し。彼女の突きがまっすぐリミナの胸部に突きこまれ――そして、
直撃。同時にこれまでにないくらい、リミナは吹き飛んだ。
踏ん張りがまともに効かないためか、一度足で止めようとしたところ逆に地面から離れ、一回転すら決めてしまう。それでも止まれず何度か地面に衝突し、どうにか静止。気付けば反対側の壁際まで到達していた。
「……ふむ」
歓声が生じる中、アクアは右手を軽く振った後リミナへ歩み寄っていく。その間に、
「……本当に、その結界は強固みたいね」
告げたと同時に、リミナはゆっくりと起き上がる。
「奥の手を出したつもりだったのだけど、文字通りリミナの結界は全身をあますところなく強化している……いや、ドラゴンの力があるため強化できているというわけか」
そう述べた瞬間――俺は、遠目であるためよく見えないアクアの表情をなんとなく悟る。
間違いなく今の彼女は――苦笑を浮かべているに違いなかった。