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闘士からの難問

 熱狂が残る闘技場から控室へと戻ると、アクアがニコニコしながら出迎えてくれた。


「おめでとう」

「……どうも」


 俺が返事をすると、アクアは次に手を差し出した。


「レン君、右手」

「え?」

「怪我をしているでしょう?」


 せっつくアクア……俺は促されるままに右手を差し出すと彼女は突然何やら呟き始め、

 患部に手をかざした。結果、痛みが和らいでいく。


「アクアさん、治癒魔法使えるんですか」

「ほんの初歩だけどね。医務室行くより早いでしょう?」

「……ありがとうございます」


 礼を述べるとアクアは「どういたしまして」と答え、


「さて、次の試合についてレン君はリミナさんに勝って欲しいと思っているところでしょうけど」

「そうですね」

「本人を目の前にしているのだから、少しは否定してくれてもいいじゃない」


 なんだか拗ねるアクア……それに俺は苦笑し、


「……正直、リミナが勝てる可能性は低いとは思っているんですけどね」

「あら、そう?」


 にこやかに答えるアクア。そういうコメントで嬉しい、というわけじゃないな。まるで俺の言葉に疑問を抱いている様子。


「確かに多くの人は、私が勝つと思っているようだけど……」

「……何か懸念が?」


 まさかリミナ相手に苦戦を予想しているとは思えないのだが……そんな風に考えた時、


「この闘技場という舞台限定だけど、私はリミナさんに負ける可能性がある」


 そんなアクアの発言が飛びだした。俺としては、驚く他ない。


「え……?」

「思えば、シュウはだからこそミーシャという存在を私に当てようとしたのでしょう」


 アクアは言うと近くに置いてあった椅子に座る。試合開始前で準備を進めている状況なので、直前までゆっくりするつもりなのだろう。


「シュウなら私の弱点を知っていてもおかしくないから……一歩闘技場に出れば使えない手ではあるけれど」

「それは……?」


 俺は気になって問い掛けるのだが、アクアは含みを持たせた笑みを浮かべる。


「教えるのは……別にいいけど、できればレン君が自分自身で気付いてほしいなぁ」

「リミナとの戦いを通して?」

「ええ。この戦いは私にとっても大変なものになるでしょうし、推測できるはず」


 大変――俺としては首を傾げる他なかったが、少し考えてみる。先ほどの口上から、この闘技場の範囲内で弱点が露見するということらしいが、それは闘技大会におけるルールが関係しているのだろうな。


 俺は依然として笑みを見せるアクアと視線を重ねる。けれど、今の状況では一切弱点は見受けられない。

 ヒントは、リミナと戦うこと自体が大変なものになるという彼女の言葉……武器を扱う技量はたぶん関係ないだろう。そしてミーシャの戦法を理解した上で、アクア自身懸念を告げた……となれば彼女はおそらく、ミーシャと当たれば負けるという可能性も考えていたのだろう。


 ミーシャの戦法は未来予知だが……それと関係あるのか? いや、そうだとするとリミナと戦う場合に大変などと発言はしないだろう。となると、二人に共通点があるということになるのだが――


「リミナが魔法使いということですか?」

「はずれ」


 即答。となると俺には思いつかないのだが。


「実際試合が始まればわかることだけどね」

「……気になりますね。そこまで言われるのならここで答えを出して驚く顔が見たい」

「お、言うわね」


 面白おかしくアクアは再度笑う……こちらは必死に考えてみるが、やっぱりリミナ達に他の共通点は見いだせない。

 かなりの難問だなと思いつつ無意識に頭をかいていると、アクアからさらに提言がやってきた。


「もし、私が勝ったらの話だけど」

「……ええ」

「おそらくレン君は勇者グレンも見せたあの技法が届くか届かないか……それで、勝負が決まると思っている」

「そう、ですね」

「私と戦う場合はきっとそうでしょう。けれど、もし決勝でラキと当たるようなことがあれば、もう一歩さらに成長する必要がある」

「成長……ですか?」


 明確な根拠がある様子だが……視線を送っていると、アクアから続きがやってくた。


「私のことは誰かから聞いているかもしれないけど……私はよく、魔力制御に優れた戦士だと言われることがある」

「はい、ロサナさんから聞きました」

「それは確かに言葉で端的に表現するならそういうことになるのだけれど……実際は、少し違う」

「違う?」

「ええ……それを踏まえた上で聞いて欲しいのだけど」


 そう言って、アクアは自身の胸に手を当てた。


「決勝は、私の技法を使えるかどうかで勝敗が変わってくるかもしれない」

「それは……どういう根拠で?」

「勘なのだけど、きっとあなたは私と同じ技法が使えると思うの」


 勘という言葉が引っ掛かったのだが、目の前で話すのは伝説的な闘士。妙な説得力がある。


「私から口で説明すると変に意識し始めると思うからあえて言わないけれど……そういう技法を、英雄アレスから小さい頃より教え込まれているのが、なんとなくわかる」

「英雄アレスから……?」


 ということは、勇者レンの記憶の中に眠っているということか。魔王を滅する力以降、記憶から新たに得られたことはないのだが、アクアの言うそれが残っていたということなのか。


「けれど、一つ疑問がある。私はレン君に対してはそうした予感を抱いたのだけど、同じ英雄の弟子であるラキからはまったく感じられなかった……これに関して、何か心当たりはある?」

「いえ、何も……」


 首を振る以外になかったが、俺はアクアに言われたことを頭の中で反芻(はんすう)する。

 目の前の戦士が言っている以上、勇者レンの記憶の中にまだ学ぶべきことがある。そしてそれは、ラキを倒す切り札となるかもしれない。


「……それはどうすれば見つけられますか?」

「何かとっかかりがあると良いのだけれど……これについては意識して習得できるものじゃないから」

「他の方達は習得できないと?」

「これには条件がいるの……おそらくその条件を満たしているのは、私とレン君だけ」

「英雄アレスと共に戦った他の英雄も持っていない?」

「ええ。きっと英雄アレスだけが所持していたのではないかしら……ちなみに私は独自でその技法を手に入れたのだけれど」


 さらにわけがわからなくなったが……とりあえず、そのことについては頭に留めておくことにする。


「わかりました……勇者レンの記憶を色々と思い出し、考えてみます」

「そうするといいわ……あ、それとレン君」

「はい」

「私の戦いもじっくりと見て置いた方が良いと思うわ。私の弱点に対することもあるし、何より――」


 そこでアクアは笑みを薄くした。


「私が戦っている時はずっとその技法を使っている。だから、私を観察することでもヒントになると思う」

「……わかりました」


 難題を立て続けに出され、俺としては困惑する他なかったが……いや、教えられただけ幸いだったのかもしれない。


 もしアクアやラキと戦う場合……逆を言えばそうした技法が必須となってくるということだ。本来それは自分自身で見出さなければならないはずのものなのだが、それをアクアは不利になるとわかってアドバイスをしてくれた。


 やっぱり魔王を倒すことができる存在として期待されているのだろう……だから俺はそれに応じるべく深く頷き、


「試合、じっと見ています」

「ええ」


 俺の言葉にアクアは最後に綺麗な笑みを見せる。とてもこれから試合に赴くとは思えない、屈託のない表情だった。


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