因縁の決着
使う技は先ほどと同様乱撃技の『吹雪』……ただ少しばかり仕掛けをねじ込んだため先ほどよりも魔力を込める。
やがて痛みにも構わず、剣が意思を持ったかのように攻撃を開始する。セシルは怪我にも負けず平然と薙ぐ姿を見て、僅かばかり感嘆の視線を投げたが――それもすぐに収まり、迎撃を開始した。
防いだのはやはり右手。左手で受け流すのは、おそらく俺が全力攻撃した時に限定しているのかもしれない……こちらとしてはそうさせるのが目的であるため、さらに腕の振りを速くする。
先ほどと同様、全力で注いだ剣戟はリデスの剣を突破しようとする。このまま連撃を重ねれば確実に抜ける。それはセシルも同じように思っているらしく、
「さて……これが最後の勝負だね」
決然と俺に告げた――確かにこれが失敗すれば、間違いなく俺に勝機がなくなるだろう。
成功するかどうかもわからないが……いや、ここは俺が推測したことが正解だと信じ、やり切るしかない――!
痛みを無視するようにさらに剣を振る。結果、とうとうリデスの剣を抜け――セシルは左手の魔力吸収の剣で防御した。
こちらは全力での一撃。それによって剣に発露した魔力を介し、ほんの僅かだが魔力を奪う――そして奪った分だけ魔力が鈍りこちらの動きが遅くなる――ならば!
剣が噛み合った瞬間俺は腕に眠らせていた魔力を全開放した。それは刀身へと一気に凝縮し、受け切ったセシルの顔に驚愕を与える。
「それは――!」
俺が使ったのは一撃必殺の剣技『桜花』だ。通常こんな大振りの技がセシルに当たるとは思っていない。しかし、
「剣を噛み合わせた状態で、押し切る気か!」
セシルはこちらの策を読んだと思ったか声を上げ、すぐさま右の剣を引き戻し剣をクロスさせて押し留めようとする。
けれど――それよりも前に、俺はさらに魔力を増加させた。次の瞬間、
「っ――!?」
セシルの表情が変化する。今度こそこちらの魂胆を悟ったようだが、
すべては遅く――俺が全身全霊で放った一撃が、吸収しようとする剣へ一気に注がれ、
凄まじい魔力を伴った衝撃波と共に、俺達は双方弾き飛ばされた。
「ぐっ……!」
腕に神経を集中させていたため、俺は背中から闘技場に倒れ込む。けれど数秒経たずして起き上がると、真正面にいるセシルを見据えた。
距離はあったのだが、彼もまた倒れたらしく立ち上がるところだった。そこで左腕を注視する。そこで、
「……まったく、予測できなかったのが最悪だね」
衝撃波によってあちこちから出血した左腕を見つつ、彼は呟いた。
「なるほどね。魔力を吸収する剣なら逆に多量に流し込めば暴発すると思ったのか。そしてそれは、見事正解だった」
「ああ」
頷いた俺に対し、セシルは愉快そうに笑った。
――吸収する魔力量くらいはきっと任意にできるだろうと思ったが、仮に俺が無理矢理魔力を注いだとしたら、という可能性を考え策を実行した。
左手に握っていた剣は折れていないが……一気に吸収した魔力を無理矢理排出したため無事だったということだろう。そして注いで吸収しきれなかった魔力は衝撃波となってセシルに届き、左腕に重い傷を与えた。
いや、それだけじゃない。よくよく見ると衣服のあちこちから出血している。衝撃波が暴発したといっても俺に傷は無いことから考えると、セシルを覆うように衝撃波は生じ、彼を飲み込んだようだ。
で、こちらはその余波によって吹き飛ばされた……相当距離を置いた以上暴発した衝撃波の威力もかなりのものだったはずだが、セシルは負傷しながらも立ち上がっている。
とはいえ、こちらも一気に魔力を注いだためそれだけ消耗した。あまり余裕もない。
「さらに形勢は、逆転……かな?」
セシルは言いながら剣を構える。特にその左腕は痛々しいものであったが、彼は戦うのをやめるつもりはなさそうだった。
だから俺は――応じるべく疾駆する。そしてこれで決めるという気概を持ち、セシルと剣を合わせた。
右手は『吹雪』で左手の盾は『時雨』――二つの技によりセシルの剣を完全に制圧。彼に反撃する隙を与えないようにする。
セシルもどうにか応戦するが、やはり怪我により動きが相当鈍り、こちらの剣戟を弾くだけで精一杯。そして長い時間もつはずもなく、
ギィン――聖剣を防いだリデスの剣が、とうとう弾かれ手から離れる。けれど彼は最後の抵抗とばかりに無謀な突撃を敢行。残された左の剣を両手に構え、俺に踏み込んだ。
それをこちらは左手の盾でしっかりと防ぎ――彼の首筋に、剣を突きつけた。
途端、沈黙が生じる。気付けば観客も固唾を飲んで見守っていたのか無言であり、風の音さえ容易に聞こえる。
「……セシル」
その中で俺は声を上げようとした。けれど、
「……見事だ、レン」
宣言した直後、俺を勝利者とする実況の声が上がり、観客は沸き拍手が生じた。
声は俺とセシル両方に降り注ぐ……どうやら激戦を評価し、勝者も敗者も関係なく称えているようだった。
「最後は君の読み勝ちといったところかな。魔力で力押しかと思った時、魔力吸収の特性まで考慮に入れるべきだったよ」
「……大丈夫か?」
あちこち出血しているセシルは悠長に話しているのだが……早く医務室に行った方がいいんじゃないか?
「いや、この程度の怪我別に平気だよ」
「……そう、か」
「そして準決勝進出おめでとう。ついでに有名人にもなったし、結果としては上々じゃない?」
「……お前」
そうだった。こいつに聖剣を公にされてしまったのだ。俺は憂鬱げにため息を吐くと、セシルは子供のように笑う。
「その顔を見て、少し溜飲を下げることにするよ」
こいつは……恨むような視線を送ると彼は肩をすくめた後表情を戻し、
「ま……話は変わるけど、副リーダー云々は誰か決めておいた方が良いと思うよ」
「ん、そうだな……」
と、俺はセシルに改めて視線を送る。あちこちから出血しているため見るからに痛々しい。しかし、その雰囲気は威風堂々としており、
「じゃあ副リーダー、頼んだ」
「……はい?」
俺の発言に、セシルは間の抜けた声を上げた。
「は、え?」
「ルルーナを倒し、なおかつ俺とここまで激闘を繰り広げた……副リーダーに任命するのは当然と言えないか?」
俺の言葉に硬直するセシル……そんなに予想外だったのか?
「……何でそこまで驚くんだ?」
「いや、唐突だったし、僕としてはリミナさんあたりが妥当じゃないかなと思っていたんだけど」
「リミナはどちらかというと参謀的なものが向いていそうな気もするけどな……ま、ともかく、俺としては副リーダーというのはセシルが適任だと思った。それはこの戦いでより確信的なものに変わった。以上、頼む」
そう言って俺は剣を鞘にしまうと右手を差し出し握手を求める。観客から見れば健闘を称え合うような感じに見えることだろう。
セシルは差し出された手を見てなおも硬直。けれど俺と視線を交わし、やがて、
「……わかった。宣言通り勝てないままこうなるのはちょっとばかり不服だけど、レンの頼みだから仕方ないな」
握手を交わす。さらに観客から拍手が強く鳴り響く。
「セシル、今後長い付き合いになるだろうけど……改めてよろしく」
「ああ。そしてレンは明日の戦いに備えないといけないね」
「そうだな……勝てるかな」
苦笑すると、セシルは満面の笑みで俺に応じた。不安なども一切取り払われた雰囲気であり、さらに副リーダーの責を全うしてくれそうな、強い雰囲気も窺えた。