最後の策
全力の連撃がセシルへと降り注ぐ。彼はそれを右手に握るリデスの剣によって防ぐのだが、俺は構わず速度を上げた。
さらに、左手に力を集中させセシルがどう来てもいいように『時雨』を発動。これでこちらの体勢は整った。その状況で、
俺の剣がリデスの剣を突破しそうになる。このまま押し込めば、体に攻撃が入る――!
「そうか」
セシルの声が聞こえた。けれど構わず聖剣を一気に振り抜く。そして、
セシルは右腕で対応できず、左で握る剣で防御した。
刹那、耳をつんだくような金属音がこだまする。左の剣であったため魔力を大いに収束し、破壊する勢いで振り下ろした一撃だった。しかし、
「けど……残念だった」
罠――俺は断じると共に一度剣を弾き後退しようとした。その時、
突如、右腕の動きが――鈍くなった。
「っ……!?」
即座に危険だと悟り後退したが、間に合わなかった。次の瞬間後退するよりも速く俺の眼前にリデスの剣が到達し――こちらは盾で回避。しかし、
一歩遅れ、慌てて右腕で庇ったのだが――衝撃が、一部こちらに届く。
「ぐっ……!?」
呻いたと同時にセシルの間合いから大きく脱した。そして、気付く。
右腕に、傷……肘から先にかけて、衣服を越えほんの僅かだが切傷ができていた。
「決まったとは言えない浅さだね」
セシルは歎息すると共に、改めて剣を構える。
「本来は、今ので決めないとまずいところだったんだけど……さて、どう転ぶか」
セシルは語りながら油断なく見据える。反面、俺は最悪だと思った。確かに動きを大きく鈍らせるだけの怪我ではない。けれど剣を握る腕である以上、戦闘に支障が出るのは間違いない。
そこで、俺は先ほどの剣戟について考える。突然右腕の動きが鈍くなったと肌で感じ取ったのだが……再考すると、それは少し違うと思った。
言うなれば、そう――剣を通して少しばかり右腕の魔力が薄くなり、それだけ強化を施していた腕の動きが遅くなった、といったところ。
そう理解したと同時に、俺はセシルへ口を開く。
「その剣……魔力を奪うのか?」
「ご名答。ま、タネがわかったからといって防げるものでもないけどね」
あっさりと俺の質問に答えるセシル。
「この左手の剣は、威力を優先としたものではなく……相手の魔力を捕捉し、その一部分を吸収する特性がある。とはいっても、できることはそれほど多くない。相手と打ち合っている間の接触程度では、魔力を捕捉することも難しいから……レンが剣を打ち砕くつもりで放った剣戟に対して、ようやく効果が現れた程度。さらに言えば」
と、セシルは肩をすくめる。
「相手の魔力練度によって通用するかどうかは変わる。ということで、ジオやルルーナには一切通用しなかった。けどまあ、魔力の塊である魔族に対して通用すると話には聞いているから、本来はそれ対策だったんだけどね」
「なんだよ、きっちり対応策はしているんじゃないか」
「誰もまったくしていないなんて言っていないだろ? ま、この闘技大会に対する策じゃないから黙っていたわけだけど――」
説明する間に腕から少しばかり痛みが生まれ始める。斬られた瞬間は麻痺してどうとでもなったが、いよいよ本格的にまずくなってきた。
「で、レンに対してもこの剣はほんの一瞬、動きを鈍らせる程度だった。けど、その一瞬の隙を突いてダメージを負わせることはできた」
セシルは言うと構える。おそらく――次で決着をつけるつもりだ。
「情勢は逆転したとみていいだろう……ここで、決める」
セシルは断じると共に剣を左右に広げ攻撃を開始。俺は両腕に『時雨』を発動し、打開策を考えながら彼の剣を受け始める。
正直、こちらに打てる手はほとんどない。実際『時雨』は問題なく発動しているが、右腕を振る度にほんの少しばかり痛みが走る。
攻撃に転じた場合、これはかなりの枷となるだろう。かといって長期戦はますます腕の痛みが強くなるだろうし、いずれ『時雨』の動きも鈍くなってくるかもしれない。
だからこそ、俺はセシルの猛攻を防ぎながら取るべき策を考える。けれど、
セシルの剣を対し、一瞬右腕全体に痛みが走った。それほど深い傷ではないはずだが、これだけ全力戦闘をしている以上、傷自体が広がっているのかもしれない。
彼はそういったことも考慮して、突撃を行っているのだろうか――そんな考えも頭に浮かび、絶対的な劣勢に陥ったと確信する。
だが――俺は気を奮い立たせ全力でセシルの一撃を払った。それは思った以上に衝撃が大きかったのか、セシルは僅かに動きを止め、こちらの追撃を警戒してか間合いを脱した。
「そんな一撃をまだ打てるか……痛みが強くなっているはずだけど」
セシルは悠然と告げると、改めて構える。第二波の猛攻が来ると思ったのだが、彼は仕掛けない。
どういうつもりなのか――考えていると、右腕の痛みを意識し始める。戦いが長引けば傷はさらに痛みを増してくることだろう。彼はそれを待っているのかもしれない。
そして推測通りに、セシルは告げる。
「魔力でコーティングして痛みを誤魔化すなんて方法もあるけど、それをしただけ攻防に使える魔力量が減るだけだから、こちらが有利になる。かといってこのままにらみ合っていれば出血し続けるだろう。情勢は悪くなるばかりだよ?」
そこまで言うと僅かな間を置く……そして鋭い視線を向けたまま続ける。
「つまり、今レンが仕掛けなければ敗北の可能性がより近づく……さて、どうする?」
――こちらを挑発するような意図がありそうだが、俺は動かなかった。
成長し、先ほどまでは俺が優勢だった……が、怪我を負い一転してセシル有利に。状況がコロコロ変わる戦いである以上、負傷している状況でもセシルは決して警戒を怠らない。もしかすると隙を突かれ俺以上の怪我を負うことになるかもしれないから。
とはいえ、現在俺が危機的状況にあるのは変わらない……何度も思考するが、良い案は浮かばない。かといって無策で突撃して通用する相手でもない。
またも膠着状態に陥り、観客も静まり返る。ただ終わりが近いことは予期しているだろう……俺もそれには同意だ。おそらく一度か二度衝突して、決まる。
その打ち合いで、どう逆転するのか――ふと、俺の頭には試していないもう一つの技が思い浮かんだ。
アクア対策とも言われている『暁』だが……内心で首を左右に振る。セシルに通用するとは思うが、この怪我を負っている状態で魔力を維持しながら当てるというのは、相当な芸当であり……いや、待った。別のことが思い浮かぶ。
攻撃が当たらない……加えふと、先ほど言われた言葉を思い返す――魔力を吸収するという剣。
そこで俺は一度呼吸を整えた。それを見て取ったセシルの目が、鋭くなるのをこちらは認める。
「何か思いついたか」
セシルが言う。確かにそうだが……これもまた、賭けに近い。
先ほど左手の剣に攻撃を仕掛けた際は、見事罠にはまり傷を負ってしまった。そして今回はどうなのか……おそらく頭に浮かんでいる手はセシルの意表を突くのは間違いない。けれど通用するかは別だ。
だが――あまり時間もない。他に策が無い以上、例え賭けであっても無謀な突進よりは遥かに可能性があるだろう。
失敗すれば敗北は確実――いや、どちらにせよこのまま戦っていっても順当にいけば彼の勝ちになる。
なら――俺は決し、走る。それにセシルは防御の姿勢を取り、
俺は全力で魔力を収束させ、攻撃を始めた。