罠か否か
『時雨』を発動させながら攻撃も――頭が改めて理解すると共に、俺はセシルへ駆けた。
彼もそれに応じるべく剣を構え、俺は『吹雪』を発動。乱撃がセシルへ迫り、彼はそれを双剣でいなす。
やはり防御は右手がメインであり、左手の剣で直接的に受けるような真似はしていない。そちらを狙ってみたい気持ちに一瞬かられたが……いったん保留にして、さらに剣を放つ。
時折セシルが反撃に転じるのだが、それを左手に発動した『時雨』によって見事防ぐ。両腕で別系統の技を発動しながらセシルと戦う……俺が当初考えた理想形そのものなのだが、これでもすぐに決着はつきそうにない。
いや、より正確に言えばこれでようやくセシルに勝てる材料が揃ったと考えるべきか……ここから注意しなければならないのは、癖を見抜く『神眼』だろうか。ただ防御は自動である以上隙を見出すのは難しいと思うし、かといって『吹雪』も魔力を用いて起動する攻撃であるため、捕捉されにくいとは思うのだが――
待った……先ほど『時雨』に対して色々と問題があったように思わぬ落とし穴があるかもしれない。ここは隙を突かれても問題がないよう備えておくべきだろう。
頭の中で考えをまとめる間にセシルがまたも後方に下がる。現状、新たな技法を手にした俺の方が多少ながら勢いがあるだろうか。そしてそれは彼も気付いたようで、
「……どうも、新たに技術を見出したみたいだね」
口から確信した声音がこちらへ向けられた。
「そういう成長というのはこっちの専売特許だと思っていたんだけど……こっちの立つ瀬がないな」
「だったらそっちもやったらどうだ?」
なんとなく話を向けてみる……というより、俺はそういう展開も予想の一つに入っていた。
俺が戦いの中で成長し、セシルがそれに合わせるように成長していく……いずれそんな行為も限界はくるだろうと思ったが、戦いの開始から中盤くらいまではそういう展開になるという可能性は考慮していた。
しかし、彼の言葉は予想外のものだった。
「レンと僕は技量的に互角に近い。そういう相手とやりあっても、ほとんど成果を得られないんだよ」
「……何?」
「これは僕の成長能力がどういった仕組みなのかを考えてみればわかるよ」
仕組み……? 俺は首を傾げしばし思考する。セシルは律儀にそれを待ってくれるようで、静観の構えを示す。
そんな時間は、およそ一分程だっただろうか……観客からすれば長いにらみ合いだと思うくらいの沈黙。きっと次仕掛ける時決まるのではと考える人もいるかもしれない。
そのような状況下で、俺は口を開く。
「……成長にも『神眼』を使うのか?」
「正解。というか、それは異名であって能力じゃないよ」
苦笑するセシル。どうやら答えを導き出せたようだ。
つまり彼の成長速度というのは、あくまで強者に対し行われるもの。『神眼』で癖を見抜くように、何をすれば自分が相手と同じように素早く剣を振れるのか。はたまた防御できるのかを彼自身見抜き、それを利用して相手に打ち勝つというわけだ。
そう考えると、彼の能力は基本的に『眼』に特化したものだと言える。そして仕組みがわかれば、彼が先ほど言ったことも理解できる。
「つまり、俺の技はセシルと同等くらいだから参考にできるものがない。だから成長できないと言いたいわけだな?」
「そういうこと……レンにとっては不服かもしれないけど」
「いや、俺も道半ばだと思っているし、不快には思わないよ」
とはいえそれは、双方の技量が互角だという何よりの証拠……そこで、セシルはため息一つ。
「けれど、レン。そっちにはまだ成長できる機会があった。実際さっきから防御しながら平然と攻撃もしている。最初剣を合わせた時とは大違いであり、確実に僕の上をいく準備を整えている」
「……不利になっていると思っているわけだな。で、そっちはどうするんだ?」
尋ねると、セシルは肩をすくめる。
「実際、僕は君の太刀筋なんかを注視しているわけだけど、魔法と組み合わせた技であるためか、癖なんかを見抜くのが難しくなっている……僕の『眼』は基本、肉体的な技術を見抜くためのものだからね。レンの場合は非常にやりにくい」
セシルにとって俺の戦法は苦手としているわけか。持ち得る手札なんかもこちらが有利というのはこれでわかった。けれど、
セシルの目は、強い輝きを放つ。
「だからこそ、戦い甲斐のある相手だというわけだけど」
腰を低く構える。突撃する姿勢にも見えるが、軽々しく動くようなことはしない。
今度こそ――完璧な膠着状態。俺がセシルに呼応するように構えて以後、双方動かない。観客もそういった所作に反応し、静まっていく。
それでも少しばかり話し声は聞こえていたのだが――やがて雑音も耳に入らなくなり、ただ目の前の相手だけを見据える。状況的には有利な材料が揃っている。しかしそれは戦いを有利に進められるだけで、切り札とはならない。迂闊に攻めることができないのは、俺自身よくわかっている。
勝者は――先に攻撃を決めた方になるだろう。技量的に互角という状況で怪我を負えば、それだけ動きが鈍り対応できなくなるのは間違いない。俺は自動防御である『時雨』があるので、攻撃を捌くくらいは怪我を負ってもできるかもしれないが……出血すれば状況は悪化の一途を辿る。たとえ攻撃を防げるといっても、いずれ限界が来るのは確定的。
ならこちらとしても無謀な特攻はできない。セシルも同じように考えているはずで、だからこそ現在無闇な攻撃は行っていない。
その中で……俺は、セシルの握る左手の剣を一瞥する。猛攻を仕掛ければリデスの剣で対応するのは難しくなる。『吹雪』に対し限界まで魔力を込めれば、リデスの剣だけでは追いつかなくなるはず。
そうなればセシルは左手の剣で攻撃を弾くだろう。それを幾度となく繰り返せば、いくら強固な剣であろうと聖剣には耐えられないはず……というのは、あくまでこちらが考える理想的な展開。
これまで、明らかに彼は左の剣を聖剣に直接当てないように動いていた。そんなことをすれば俺だって気付くのは彼だって予想しているだろう。罠である可能性は十分あるし、実際俺は先ほどそういうことを可能性を考慮し狙わないことを決めた。
不確定な手段であったためさっきは却下した……のだが、こうして膠着状態に陥ったのであれば、それを利用するのも一つの手ではないかと思う。
果たして罠か、それとも聖剣に対する警戒なのか――
「どうした?」
セシルが問う。俺の視線の先に何があるのか気付いているはずだが、彼は一切表情を変えないまま問う。
――彼からボロを出すことは決してないだろう。そして、これは俺が決断しなければならない。
果たして、俺の考えで正しいのかどうか。
「――行くぞ」
宣言。それをどういう意図で俺は述べたのか一瞬自分でもわからなかったが――構わず、足を踏み出す。
そして自分を鼓舞するためだと頭の中で回答が返ってきた時、セシルと剣を合わせた。
罠か、それとも警戒だけか。俺はセシルの動向を見ながら『吹雪』を仕掛ける。彼はそれに応じつつ、俺と目を合わせこちらの策を読もうとする。
そうした中で俺は剣を握り締め――断じた策を実行するべく、剣を振った。