進化する――
立て続けに放たれるセシルの剣戟を、俺は自身の集中力と反応速度だけで応じ――気付いたことがある。自分の体に眠る勘に任せた方が、より素早く攻撃を防ぐことができている。
癖を見極められる『神眼』が懸念だが……彼はただ押し潰すが如くこちらに攻勢を仕掛けている。覇者としての力を使わず、力押しでいくべきだと判断したのかもしれない。
自動防御も完全に効率が良いというわけではないらしい……心のどこかで勉強になったなどと思いつつ、勢いよく剣を弾いた。
それにセシルは僅かながら身じろぎする――けれど、俺は攻撃しなかった。直感的に誘いだと思ったためだ。その証拠にセシルはこちらを一瞥した後、再度攻撃して見せた。
自分の動きで対応しているせいなのか。感覚も研ぎ澄まされ勘もかなり働くようになっている……考えながら俺はさらにセシルの剣を受けた。
それも完璧に防ぎながら――俺は、一瞬の隙を突いて剣を振る。途端セシルは防御に転じ、双剣でこちらの斬撃を防いだ。
俺も無理はせず一撃だけ与えて距離をとる。そこでようやく攻勢がやみ、俺も『時雨』を起動させるだけの時間を得たのだが――
「……厄介な方向に事態が進んでしまったようだね」
セシルが言う――俺が防御技を起動していないと悟ったことにより発した言葉。
「攻撃できたということは、防御技は使っていない……その状態の方がどうも、レンの剣も激しくなっている」
「それは俺も剣を振っていて気付いた」
淡々と述べると――今度は、俺が仕掛ける。間合いを詰め一閃すると、セシルは右手の剣で防いだ。
続けざまに二発目。それもまた右の剣で防ぎ――ここで、一つ推測をした。
セシルの持つ右の剣はリデスの剣であり、おそらく損傷することもないだろう。しかし左はどうか。聖剣と正面から相対した時、もし破損したら――
俺は狙いを、左手に変える。それにセシルは一歩後退しつつ右で防ぎ……これはいくらなんでも、あからさま過ぎじゃないだろうか。
さすがにそこまでやられると、誘われているような気がしないでもない。まあわざとこちらに疑義を持たせるためにそういうことをやっているという可能性もなくはない。
そちらを狙ってよいものか――思考する間に体は動き、リデスの剣によって防がれる。
罠だとするならリデスの剣と相対するより厄介かもしれない……そう思うと再度方針を転換し、セシルへ真正面から剣を薙ぐ。斬撃が変化したのをセシルは察したのか、僅かに笑みを浮かべ、
「――その気なのか」
主語のない言葉だったが、俺は胸中でそうだと答えつつ刺突を放つ。セシルは剣の腹で器用に受けた後、さらに後退。
気付けばセシルは何度も下がり劣勢という雰囲気。とはいえこちらは有利に事が進んでいるとは思っていない。誘い、一瞬の隙を突いてカウンター狙いか。
思っている間にさらに剣戟を決める。セシルはなおもそれを防ぎつつ――ふいに、
彼の瞳が、揺らいだ気がした。それが一体どういう意味を持っているのかほんの僅かな時間考えた。刹那、
セシルのカウンターが、リデスの剣によって放たれる。
しまった――と思ったが後の祭り。攻守が逆転すると理解しつつどうにか剣を捌き、
セシルによる怒涛の攻撃が始まる。
俺は意識を剣戟にのみ集中させ応じる。それまでよりも鋭く、かつ魔力を強化した斬撃が襲来。こちらはそれも『時雨』を使わず反応速度によって応じた。それが功を奏したかどうかはわからないが……体を掠めるようなこともなかった。
双方の攻撃が当たらないような状況。いや、正確に言えば俺は鞘を破壊されてしまったので向こうの攻撃が一回入ったと解釈しても良い気がする……ともかく、鞘を狙っていた時とは異なりこれは紛れもない膠着状態だろう。とはいえ集中力を先に切らした方が負けるのは必定であり、何かをきっかけにして均衡が崩れてもおかしくない。
そうか――と、俺はまたも気付く。現在俺は神経を研ぎ澄ましセシルの剣に対応しているのだが、それが長時間維持できるかと言えば、無理だ。こういう場合に必要なのは『時雨』のような、持続力のある技。つまり長期戦に持ち込みたいのならば、あれを使えばいい。
セシルとの対戦を通して色々と気付いていく事実……ここで、俺は再度『時雨』を発動させるべきか迷った。現在対戦する前に考えていた目論見は達成していない。だからこそこのまま『時雨』を発動すれば、再び防御のみとなる。そうなればセシルも気付くだろうし、それでは勝てない。
となれば――俺は再度足を前に出し、『吹雪』を発動。命令を受けた剣先が僅かに揺れたかと思うと――セシルへ、斬撃の雨を降らせる。
乱舞技にセシルの目は多少驚きに染まりつつ――彼はリデスの剣で防いだ。相手の剣がこちらに通用しないのと同様、こちらの剣も相手には届かない……このまま長期戦に持ち込むべきかと俺は僅かに思案し、そのプランを実行するべく足を後退させようとした。
その時――ふいに、セシルの目が光った。その気配を感じた俺は、すぐに察する。
まずい……もしや、俺がそう思うのを待っていたのか!?
足は寸前のところで踏みとどまった。けれど『吹雪』の攻撃はまだ終わっておらず、その状況下でセシルは反撃に転じる。左の剣による刺突――それをどうにか盾で防いだのだが、ここではたと気付いた。
動きが鈍い――それはコンマ数秒という程度のレベルであったのは間違いないし、通常ならば特に気にするべき事柄ではないだろう。けれど今目の前にいる相手は闘技大会覇者。その相手に対し、この時間は大きなロスとなる。
おそらく『吹雪』によって攻勢に転じているため、他の部分について動きが鈍くなっているに違いない。俺はからくもセシルの刺突を剣で防いだ。けれど彼は、さらに刺突を繰り出す。
それも盾で防げばよかったはず――しかし、その狙いがこちらの足だと悟ると、盾の反応が間に合わないと直感した。
攻撃に転じた分だけ防御がおろそかになる……俺はそこで、思考がまとまらない中どうすればいいのか――考えた瞬間、
体が、反応した。
左腕に魔力が集まる……と思ったのは一瞬。きっと無意識の内に『時雨』と使おうとしたのだとわかったのは、全ての行動が終わってからのことだった。本来ならばセシルの刺突に対し『時雨』を起動させるだけの時間は、なかったはずだ。しかし、
足に剣が突き刺さろうとする寸前、左手が勝手に動き弾いた――彼から距離を置いた俺は、剣を握り締め構え直しながらそんな風に思った。
そしてセシルは憮然顔。おそらく攻撃が成功しなかったためだ。
「……今のは、いけたと思ったんだけどね」
セシルは言うと、右肩を軽く回した後双剣を構える。
「それがまぐれだったのか、それとも故意にやったのか――見せてもらおうか」
宣言した直後、駆ける。俺もそれに応じるべく、ほとんど感覚的に魔力を両腕に集めた。
使用したのは『時雨』であり、最初の剣戟を的確に捌く。けれど俺の行動には続きがあった。先ほど窮地に陥ろうとしたことを思い返し、
右腕に魔力を生み出す。それは防御ではなく、攻撃に転じるための魔力。
次の瞬間、右腕が左手とは異なりセシルへと振り下ろされる。それは相手によって軽く弾かれてしまったが、今度こそ確信した。
「……やっぱり、俺はそういうタイプなのか」
土壇場で、新たな手法を習得する……はっきり言ってこんな運任せの方法をとりたくはなかったが、それでもできてしまった以上、実戦で成長するタイプなのだと――認めるしかなかった。