技の欠点
何が起こったのか理解できず、周囲を見て戸惑う。するとセシルは、
「ほら、そこ」
そう言って、右手の柄で自身の腰を示す。それがどういう意味を込めているのか最初わからなかったのだが……俺は自分の腰部分を確認する。そこで、
「――へ?」
腰に差していた英雄アレスの聖剣を収める鞘――本来布の包帯と革製の鞘によって隠されていたそれが、見事に破壊されて半透明な緑の鞘が白日の下に晒されてしまっていた。
――結果、これこそがセシルの目論見だと確信し、慌てて声を上げる。
「お、お前……!」
「ま、そういうことだよ……いやあ、苦労した」
そう言ってはっはっはと笑うセシル……こ、こいつ。やりやがった……!
つまり、元から俺を狙って攻撃していたわけではないのだろう。先ほど言った弱点というのは――おそらく、この鞘を狙うための一撃に対する事。つまり、俺を攻撃するのとは別の目的を持った攻撃に対しては、技が発動しないことに気付いたのだ。
もしかすると彼は『時雨』が発動する効果範囲を見極めていたのかもしれない……結果として俺は、セシルの目的が何なのか理解できないまま策を成功されてしまった。
「ま、決勝戦で戦うというのはできないから、せめてこのくらいはと思ったわけだよ。同じ英雄の剣を持つ人間同士とくれば、準々決勝だとしても箔がつくだろ?」
ペラペラと目的を喋るセシル……この場が大舞台でなければ、間違いなく頭を抱えていた。
はっきりいって決勝戦で戦う以上に最悪だった。これはもう、満足に出歩くこともできなくなるんじゃないか?
俺の想像が的中しているのは、周囲の歓声が物語っている。さすがに英雄アレスがどのような武器を使っていたかくらいは観客も認識しているようで、声が止まない。となれば、俺は間違いなく『英雄アレスの聖剣を握る勇者』として、噂に上ることになる。
「……偽物とかで、誤魔化せないかな?」
「そんなこと僕がするわけないじゃないか」
胸を張って答えるセシル……先ほどまでの神妙な顔つきとは一変、晴々しい笑顔を振りまいており、俺としては飛び蹴りの一つでもかましたくなる。
とはいえ――試合の途中である以上、冷静にならないといけない。確かに動揺はしたがそれをどうにか抑え俺は呼吸を整える。
「……やってくれたのはムカつくが、とりあえず目的も果たしたし、これで仕切り直しだな?」
「ああ、そうだね」
途端、セシルは笑みを消す。今度こそ――俺を倒すために、鋭い眼差しを向けてきた。
こちらも思考を戦闘モードにシフトさせる……とりあえず、聖剣のことは後回しだ。
次からは間違いなく本気で来る……ただこちらは最初から全力なのだが――
考える間にセシルが走り、剣を振る。先ほどとは比べ物にならない速度であったが、俺は『時雨』で叩き落す。
やはり、通用する……断じると共に反撃に転じるべく魔力を右手に込めようとする。『時雨』は以前として解除していないのだが……まず、発動状態で攻撃できるかをやってみる。
それに対し、魔力の反応は鈍い……さらにはあやうく『時雨』を解除しそうになる。少し手元の動きが鈍り、セシルの攻撃に対し一度だけやや無理な体勢で受け流した。
同時併用は相当難しいようだ……というか、体の中にいくつも魔力の流れを作る以上当然なのだが――
考える間にセシルがさらに攻勢をかける。剣の動きは激しくなり、両腕もそれ相応に速くなる。
今の所はどうにかしのいでいる……現状すぐに技を両立させるのは難しいため、ひとまず反撃に転じる機会を攻撃を防ぎつつ見極めるしかないか。
一際大ぶりなセシルの剣を勢いよく弾くと、攻撃が止まる。そして俺と視線を重ね、
「さすが……と言いたいところだけど、攻撃と防御の両立はできないみたいだね」
「まあな」
俺は同意する……隠していてもいいのだが、どうせ答えなくともセシルならすぐに気付くだろう。
「ただ僕としては、その防御技で対抗されると厳しいのも事実……となれば」
セシルは一歩引き下がる。間合いギリギリの場所に立ち、剣は切っ先を下にして自然体となる。
「さて、どうする?」
そうして質問する彼……魂胆がわかった。攻めても意味がないのなら、待ち構えてこっちが攻撃するのを待てばいいというわけだ。
こうなると、俺も『時雨』を使わず攻撃に転じる必要がある……もし、俺が技を両立できるならセシルの行動に対して即座に応じることもできるのだが、現状そうはいかない。
「そっちが攻撃してこないのなら、やはり僕からいくしかない」
ふいに彼が口を開く。同時に意味深な笑みを見せ、
「けどいつまでもずっと防御だけしていては勝てるものも勝てないし……何より、それでレンは納得するの?」
挑発的な言動……通常なら乗る必要のない言葉だったが、この大舞台では違った。
一騎打ちである以上、こちらから仕掛けないと勝つのは無理。そして、セシルの言う通りでもある。消極的な戦法をとって、成長なんてできるはずがない。
俺は彼に笑い返すと――刹那、走る。一歩で間合いを詰め、右手に握る聖剣に魔力を込め、一撃を加える。
それに対しセシルは右の剣――つまり、リデスの剣で応じた。双方の剣が激突し、激しい金属音と共に鍔迫り合いが始まる。
次第に熱狂も聞こえなくなり、俺はセシルと刃越しに目を合わせたまま動かなくなる……魔力強化を含めた総合的な力は互角のようだ。剣は僅かに揺れつつも、それ以上動く気配がない。
「……さっきの約束もそうだけど、ここで負けるわけにはいかないんだよ」
セシルがふいに口を開く。その瞳は俺を見ているようであり……また、俺を通して何かを見ているような気もする。
「この闘技場で……観客の期待に応えないといけないからね」
覇者として――言うと同時に左腕が動く。せめぎ合う中で彼はもう一方の剣で攻撃を行おうとする。
それにこちらは聖剣の軸を僅かにずらし――さらに横へ移動し、力を逃がしながら回避する。当然セシルは追撃の一撃を放つが、それは盾で防御。さらに彼が攻撃を行おうするのを見て取った俺は、『時雨』を発動するべく魔力を体に込めようとする。
けれど、その瞬間――セシルが動いた。追撃の動作であるのは間違いなかったが、それまでの速さとは違う……言ってみれば、そう。
魔力を全て足に込め、飛ぶような動き。
「――っ!」
刹那、目論見を理解する。一瞬で接近し、俺に『時雨』を発動させる暇もなく一気に仕留める気だ。
放たれた一発目の剣を、俺は自身が持つ反応速度で捌いた。けれど技を使う暇なく、さらにセシルは踏み込んで剣を見舞おうとする。
――ここで、俺は『時雨』の弱点というか、問題点を悟る。一瞬ではあるが技の起動には時間が必要。けれどその時間は、今セシルが見せているように捨て身で攻撃してくるような相手に対しては命取りとなる。
なおかつ――俺は、この技の便利さにやや甘えて戦っていたと確信する。便利な技であるが故に、これを発動していれば大丈夫だという変な安心感があった。けれど鞘を破壊されたことや、今こうして発動できない状況に追い込まれている実情。
技に慢心してはいけない――今更ながら事実に気付き、俺は気を引き締め直す。そして『時雨』を起動できないまま眼前に迫るセシルの剣戟を、再度自分の意思で叩き落した。