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異世界で勇者をやることになりました  作者: 陽山純樹
覇者と勇者編

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覇者の狙い

 俺が足を前に踏み出すより先に、セシルが仕掛ける。双剣に対し俺は『時雨』を起動し、さらに一瞬の内に左手へ氷の盾を生み出す。

 完全に戦闘態勢へと転じた瞬間、セシルが剣を放つ。それを俺は『時雨』による自動防御で難なく弾く。すると、


「なるほど……間近で改めて見ると、厄介だ。けど――」


 セシルの声。俺の技を直に見て何かを察したらしい。

 この技に対しセシルは策があるのかどうか……とはいえ俺の意志とは異なる動きをするものであるため、癖を見抜くという『神眼』も使えないはず。


 これまでセシルが見せてきた技法についての対策は、ある程度なされていると思っていいはず。とはいえ彼の成長速度という観点から見ればこれを潜り抜ける可能性はゼロではないため――

 思考する間に再度セシルが攻撃。俺はそれもまた易々と弾き、セシルと目を合わせる。


 その顔には必死さなどは見受けられない。まだ様子見の段階と言えるようだが……ここから、どう動く?


「ふむ……」


 二度攻撃した後、セシルは突如立ち止まり、なおかつ半歩距離を置く。俺は相手を注視しながら攻撃に転じようか一瞬考え、


「そういうことか……とすれば、実行できそうだな」


 実行……? こちらが眉根を寄せた瞬間、セシルが動く。先ほど以上に鋭い剣戟を放つが、俺はそれも『時雨』で防いだ。


「確かにその技は強力だ。僕でも潜り抜けるのは至難だろう」


 剣が交差する間に彼の言葉が。


「だけど……どうやら、弱点を見つけてしまったようだ」


 ――弱点。俺がその言葉に対しほんの僅か反応し、同時にセシルが攻撃を開始する。


 何か攻撃を潜り抜ける策があるのか……などと思いつつも、セシルの剣はとにかく真っ直ぐであり、それまでと同様簡単に攻撃を叩き落とすことができる。ただ先ほど発した言葉の真意を掴むことができないため、迂闊に攻撃できないと悟る。

 ハッタリという可能性もゼロではないのだが……どう受け取るかで戦況が大きく変わりそうだ。ここはまだ様子見で防戦を継続してもいいのか――


 さらにセシルが踏み込んでくる。一気に押し進む彼の剣戟は、観客から見れば短期決戦を狙ったものに見えるかもしれない。しかし俺には通用しない。

 剣と盾でセシルの剣を受け流していく。しかし一つ変化が――時折明らかに体から外れた斬撃が放たれる。けれどそれも上手く(さば)いて見せる。


 フェイントなどを駆使して攻撃を届かせようとしているのだろうか? けれど俺に向けられたものに対してはどんな軌跡を描こうとも確実に防ぐ。今のところこちらに落ち度はない……はずだ。


 多少ながら不安を感じつつも、攻撃は決して届いてはいない。双方打ち合っているような状況であるため歓声も生じているが、膠着状態と何ら変わらないと思った。それはセシルもわかっているはずだが、弱点を利用しその内攻めてくるのだろうか?


 そこで、カウンター狙いなのかと思った――刹那、セシルは突如足を後方に移し、またも距離を置こうとした。先ほどの異なるのは半歩どころではなく一気に間合いの外へ出ようとする所作。それを見て、俺は――


 半ば無意識に、セシルへ剣を放つ。


「っ……!」


 反撃に転じた俺に対し、彼は剣を注視しながらどうにか防いだ。やや危なっかしい動きで、もう少し勢いがあったなら掠めたくらいはしたかもしれない。


「弱点を、見つけたんじゃなかったのか?」


 俺は少しばかり挑発的にセシルへと投げかける。けれど相手は苦笑を示し、


「そうなんだけどね……やっぱり、この状況だと無理かな」


 そう呟く……俺の能力を把握はして弱点も見つけたが、それを利用して攻撃はできない、とでも言いたいのだろうか?

 ただ先ほどの剣筋を考えるに、弱点を狙って攻撃をしていたようには思えないのだが……ともあれ、油断は一切できない。気を引き締め直し、間合いから外れたセシルを観察。


「……とはいえ、まだあきらめるには早いよね」


 どこか――自分に言い聞かせるようにセシルが言う。すると、

 前に、足を出す。再び俺へと攻撃を仕掛ける。


 こちらはそれに応じ全てを防御する。こちらを狙う斬撃は正確無比だがやはり届かず……しかし、

 その剣戟に、違和感を感じ取った。明らかに先ほどと比べ、俺の体の中心から外れた攻撃が多くなっている。


「……どういうつもりだ?」


 それに気付いた瞬間セシルへ問い掛ける。けれど彼は応じず、代わりにさらにこちらを掠めるような一撃を放った。


 当然、それも『時雨』で弾く……もしかして、わざと掠めるような攻撃で『時雨』を反応させ隙を見出し攻撃する、ということなのか? けれど『時雨』の反応速度はカインなどの剣戟も見事防いだ程……それに、動き自体は自動防御でも無駄がなく隙も少ないとリュハンから聞いている……そういった間隙を縫うような攻撃は、通用しないと思うのだが――


 その時、一際大きな金属音が生じた。それと同時に俺の盾とセシルの左手の剣が合わさり、しばしせめぎ合う。


「……正攻法で上手くいかないのはどうやら、間違いないみたいだな」


 さらにセシルは独り言のように呟く……口調からして、何かやっているのは間違いなさそうだが――

 刹那、彼が剣を振り双方が距離をとった。再び来るかと俺は待ち構えたのだが……セシルは、来なかった。


「……さすがに、難儀するなぁ」


 セシルはボヤくように言う……言葉だけとれば攻めあぐねているような感じだが、それとは違うと俺は心の中で断言する。


「お前……何をやっている?」


 問い掛けに、セシルは小さく肩をすくめた。質問には答えない様子だが、やはり何かしているのは間違いなさそうだ。

 だとすれば、一体――考えられる可能性を頭に浮かべてみるが……これまでの戦いを振り返っても彼は、奇策をとるようなことはしていない。


 そもそも彼は覇者としての立ち位置があり、基本的に正面突破が望ましいとも聞いている。だから搦め手と使う可能性は低いだろう……そもそも、ルルーナにすら使わなかったそうした手を、俺に使うというのも考えにくい。

 だとすれば……候補が上がらず顔をしかめるしかないのだが、彼はそれについて何一つ言及せず、


「……次で、最後だ」


 小さく――聞き取れるギリギリの言葉を、俺は確かに聞いた。同時に彼は走り出す。

 最後……これで決めにかかる、などということではないと思う。だとすれば一体何をするつもりなのか――


 気味悪く思う中でセシルが再度攻撃を行う。俺は彼の目論見が何なのかを掴むべく攻撃に応じ、

 一太刀目を防いだ次の斬撃――それを、『時雨』が見逃した。


「っ――!?」


 左から来る剣であったため俺は咄嗟に自分の意志で盾を構えたのだが、すぐ体にギリギリ当たらない軌道を描くものだと悟る。だからこそ彼の攻撃は空振りに終わり、なおも続くセシルの剣を、今度こそ『時雨』で捌いた。


 一体何が――多少混乱しながらも体は動き、俺は魔力を強くこめて大きくセシルを弾き飛ばした。そして彼が間合いから脱したのを見て、


「……一体、お前は」


 セシルに問うと……気付いた。

 彼が、笑っている。曇りが一片もない、それでいて満足した子供のような愛嬌のある笑み。


「……さすがに、苦労したよ」


 俺としては何が言いたいのかわからず首を傾げる他なく、ただ混乱するばかりだった。

 しかし、それもすぐに改められた――なぜか。


 次の瞬間、凄まじい歓声が俺達へ降り注いだためだ。


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