戦いの日
以後の戦いも順当にコレイズとマクロイドが勝ち残り……翌日、いよいよセシルと戦う日がやって来た。
朝食堂に行くと、俺とセシル以外は集まっていた。彼について訊くと、
「先に行っているってさ」
ノディが呑気に答えた……なるほど、朝から戦闘モードに入ったわけか。
俺はどうしようか一瞬考えたが……今更バタバタしても仕方ないと割り切り、いつものように朝食をすます。それから準備をして皆と一緒に会場へ。俺は最後尾を歩いていたのだが、その途中、
「セシルと戦うということだけど、あんまり緊張していないみたいね」
フィクハが接近して言う。俺は小さく頷いた後、
「最初が最初だったからな」
「それもそうか。で、何か思いついた感じだったけど、勝機は?」
「こればっかりは、戦ってみないことにはわからないな」
「後腐れないようにしときなよー」
ノディが言う……これから共に戦う中で、こういう形で決着をつけるのは、まあ節目と言えるのかもしれないな。
ようやくここにきて因縁めいた戦いが一つ終わるわけだが……というか、そもそもセシルとは最初の争奪戦の時から完全な敵というわけではなかったし、そう重く受け止めるものでもないか……それ以降も基本仲間だったしなぁ。
事あるごとに闘技大会決勝云々言っていたから、なんだかライバルみたいな感じにも思えてしまうのだが……あながち間違ってはいないか。
ともかく、色々と縁のあった人物との戦いが今から行われるわけだ……決勝戦でないことがセシルとしては心残りかもしれないけど、こればかりは仕方がない。
戦う際懸念があるとすれば、英雄リデスの剣を握っていることだろうか……俺だって英雄アレスの聖剣を所持している以上武器については互角といったところだが、あの剣で全力攻撃を受ければ相当なダメージのはず。
そして、短期決戦になるのか長期戦になるのか……どちらでも応じれるような心構えはしておくべきだろう。
「ちなみに思いついた案というのは、私達の目から見てすぐにわかることなの?」
ノディがさらに問う。俺は一度彼女と目を合わせ、
「……わからないかもしれないな。見た目の変化はほとんどないから」
「そう。でもまあ、セシルに対抗できたらその戦法が成功している、ということだよね?」
「まあ、たぶん……」
「歯切れ悪いわね」
「そうだな……俺がセシルの剣を防ぎながら上手く反撃できれば、戦法が通用したと言ってもよいと思う」
述べた瞬間――前を歩くリュハンやロサナが俺を一瞥した。リュハンはどこか納得の表情。そしてロサナは感心するような顔つき。
会話を聞いていたらしいが……二人には俺の言わんとすることがわかったはずだ。
俺が思いついた技法……それはひどく単純だが難しいこと。セシルの剣速に応じるためには『時雨』が必要なのは間違いない。しかし攻撃に転じる場合は必然的に解除しなければならない……今のところは。
つまり攻撃に転じても『時雨』を維持する……というか、極端な話氷の盾だけ『時雨』を発動させ、剣を握る右手で『吹雪』を発動させればいいのではという、ある意味安直な発想に基づいたものだ。
現時点で俺は、技を同時に複数使えない。それを解消すれば攻撃も防御も思いのまま……というわけだが、果たしてそれが上手くいくのか。
ただ一つ言えるのは、これを成功させることがセシルとの戦いを有利に進める材料になる。俺が実戦で成長するタイプだというのなら、このセシルの戦いでそれを習得すればいい――と、思い導き出した結論だった。
それに……そういうことができなければきっと、アクアに対抗できないだろうと思う。技術的な面で圧倒的に優位な彼女に対抗するには、扱える手段をいくつも保有していないとキツイ。もし成長しないままセシルを倒せたとしても……アクアで止まるだろう。つまり、この成長は優勝する上では必須のはずだ。
「……私も、気合を入れます」
そして前を歩くリミナが誰にいうわけでもなくポツリと呟いた……準々決勝は今日一日で消化する。俺の試合が終われば当然、次はリミナの試合だ。
さらに今日はラキやマクロイドの試合もある……次で準決勝になるわけだから、いよいよ統一闘技大会も佳境に入って来たというわけだ。
「しかし、こんな展開を予想した人間がどの程度いただろうな」
ふいにグレンが告げる……展開というのは、闘技大会の内容のことだな。
「観客にとっては最初から大番狂わせ……なおかつルルーナ殿も敗れ、現世代の戦士の二人が消えている状況は予想できなかっただろう」
「反面、闘技大会の覇者が残るというのは順当な結果だな」
今度は俺が口を開く。結構驚く展開もあったはずだが、セシルとマクロイドはここまできちんと勝ち残っている。
マクロイドについては、おそらく準決勝にコマを進めるのは間違いない。そしてその相手となるのはラキか、それともコレイズか。
「敵の優勝を止めるということ自体は、今の所順調と考えてもいいでしょう」
次にロサナが言う。確かにラキを阻むことはできていないが、対戦相手を考えればどうしようもなかった。けれどエンスとミーシャを打ち破ったのは非常に大きい。
「そして残るはラキ一人……ここが一番大きな障害なわけだけど、マクロイドもずいぶん張り切っていたから、倒せると信じましょう」
――もしこの場にセシルがいたなら「無理だろ」とか言っていたかもしれない……俺としてはマクロイドに勝って欲しいという心情はあるのだが……どうなることやら。
会話をしている間に闘技場に到着。裏口から入りいつもの広間に入るとと、俺はまだ人のいない闘技場を見下ろし、深呼吸をする。
今から少しして、あの場所でセシルと戦うことになる……これまでもカインやアキといった見知った相手が多かったが、セシルとなると変な感情を抱く。やっぱり因縁……というか、腐れ縁が原因だろうか。
「正直、どちらが勝ってもおかしくないと思うわ」
唐突に横からロサナが声を掛けてくる。
「技量はほぼ互角と言っていいし、武器の能力も似たり寄ったり。聖剣を持っているレンにやや分がある気もするけど、正直立ち回りでいくらでもひっくり返せるくらいの差しかないと思う」
「俺も、同感です」
頷く俺。それにロサナは満足げに頷き、
「レンはカインを。そしてセシルはルルーナを倒したのだから……二人は間違いなく、本日大一番だと観客も思っていることでしょう。沸かせられるよう頑張りなさい」
「……ええ」
俺が応じた直後、部屋の扉が開き俺とリミナに控室へ行くよう運営の人間が告げる。こちらはそれに応じゆっくりと歩き出す。
部屋を出る前に一応装備を確認。いつもの衣服にいつもの剣。最後に包帯と革によって鞘部分の見えない聖剣を確認し、俺は広間にいる面々に声を掛ける。
「いってきます」
皆に背を向けつつ、歩き出す。部屋を出た直後リミナはどうも反対側で、俺達は互いに背を向け進むことになったのだが、
「――勇者様」
リミナの声が、俺の耳に届いた。
「私も、必ず勝ち上がります」
強い言葉。一度振り向くと、槍を握り締め微笑を向ける彼女の姿。
……リミナもまた、俺が勇者レンでないにしろ、以前の決着をつけたいのだと思った。だから、
「……ああ。俺も絶対勝ち上がる」
そう宣言して――静かに控室へと向かった。